第22話 宇宙要塞完成

 内装の工事が終わると、とうとう宇宙要塞が完成した。


 時間も金もなかったため魔法による処置は一切施していないが、今の規模で使う分には問題ない。


「こんないい部屋をくれるなんて……!」

「ありがとうございやす、旦那!」


 広さとしては格安ホテルくらいの規模だが、それでも自分の部屋を持てることが嬉しかったらしい。

 海賊たちがしきりに礼を言ってきた。


 それを見ていたエクリが、ひそひそと耳打ちした。


「……ねえ、なんでこんなに海賊と仲良くなってるのよ。無理やり言うこと聞かせたんだから、恨まれてもおかしくないと思ってたんだけど」


「始めは嫌々やってたとしても、自分の頑張りが評価されて、待遇が良くなったんだ。悪い気はしないだろ」


 一瞬納得しかけ、エクリが首を傾げた。


「……その割にはあたしの扱い酷くない? 一応、あたしも頑張ってるんだけど……」


「なんだ、お前も自分の部屋が欲しかったのか?」


「べっ、別にそういうわけじゃ……」


 もじもじとエクリが落ち着かなくなる。


「心配しなくても、エクリの部屋は確保してある。内装の工事は既に完了してるから、すぐにでも使えるぞ」


「カイル……!」


 目を輝かせ、目尻に涙を浮かべながらエクリが俺の手を握った。


「ありがとう! うう……ほんとうにありがとう……!」


 エクリを部屋まで案内すると、どこからかライが現れた。


 一部始終を見ていたのか、ニヤニヤしながら歩み寄る。


「ンだよ、お前。最初から全部計算していたのか? 部屋をエサに人心掌握しようって……」


「別におかしなことじゃないだろ。頑張ってるやつらに報いてやりたいってのは」


 会社員時代、俺はどれだけ仕事をこなし、業務を効率化しても評価をされず報われないことが多かった。


 人をまとめ上げる立場になった以上、あの時の自分と同じ状況は作りたくない。


 そういした想いがあったからこそ、立場はどうであれ報いてやりたいと思ったのだ。


 俺は涼しい顔をしているライに向き直った。


「そういうお前はどうなんだよ。海賊たちが言うには、全然働いていないって聞いてるぞ」


「いーんだよ、オレは。名義貸しだけで十分働いたし」


「どうでもいいが、お前も自分の部屋が欲しかったら、額に汗流して働くことだな」


「オイオイオイ、オレの部屋は確保してくれていないのかよ!?」


「言っただろ、頑張ったやつらに報いてやりたいって。頑張ってないやつに、どうして報いる必要がある」


 俺の言葉を聞いて、ライがこの世の終わりのような顔をした。


 当然である。働かないやつの部屋まで用意してやるほど、俺もヒマではない。


「後悔するからな!? オレに部屋を用意しなかったことを!」


「言ってろ」


 こののち、ライが共同スペースやサロンを占領し、自室同然に使いだしたことで、渋々部屋を与えることになるのであった。






 宇宙要塞の内装が完成するに従って、俺たちの活動場所は自然と要塞に集中するようになった。


 終業時間となると、海賊たちが食堂に集まり始める。


「飯ができたぞ」


 湯気の立ち昇る白米やハンバーグを見て、海賊たちが歓声を挙げた。


「うひょー、飯だぁ!」

「旦那の作る飯は美味いからなあ!」

「このために腹ァ空かせた甲斐があったぜ!」


 舌なめずりする海賊たちを見て、エクリが呆れた様子でつぶやいた。


「いつの間にか馴染んでるし……」


 厨房で鍋を振るう俺を見て、エクリが尋ねる。


「ていうか、アンタ料理もできたの?」


「悪いか?」


「じゃなくて、なんか意外っていうか……。ほら、アンタってなんでも合理的、効率的にやらないと気が済まないタイプだと思ってたから、食事もレーションかサプリかなって……。味とか気にするようには見えなかったし……」


「なんだ。お前は味とか気にしにないタイプか?」


「まあ、お腹に入れば同じかなって……」


「覚えておけ。無駄は人生を豊かにする。多少遊びがあった方が、心にゆとりができるってもんだ」


 一瞬エクリが納得しかけ、首を傾げた。


(多少……?)


エクリの脳裏に、これまでのことが蘇る。


 宇宙船のハッキングに始まり、海賊を事実上奴隷にし、果ては詐欺師を味方につけ冒険者ギルドを欺いてみせた。


(アイツのやることが“多少”で済んだ試しがないんだけど……)




エクリの隣に腰を降ろすと、ちょうど俺が作ったハンバーグを食べているところだった。


エクリが感心した様子で、


「ふうん……案外おいしいじゃない。なんの肉かわからないけど」


「宇宙怪獣の肉だ」


「え”っ!?」


 フォークを掴んでいたエクリの手が止まる。


「あいつらには言うなよ。言わなきゃ安肉だってバレないからな」


「じゃなくて、ヤバいでしょ! 宇宙怪獣の肉なんて……。ヘタしたら毒が入ってるのよ!?」


 人類の宇宙進出には様々な課題があるが、現在最も人類の脅威となっているのは宇宙怪獣の存在だ。


 時に星域航路を破壊し、時にコロニーを脅かし、酷いときには惑星そのものをエサにするモノもいるという。


 そのため、帝国軍や冒険者ギルドは発見し次第躍起になって怪獣駆除に明け暮れているが、その副産物として怪獣の肉が手に入るのだ。


 通常なら有機肥料か産業廃棄物として処理されるものだが、毒性さえ目を瞑れば食用にできないこともない。


「問題ない。毒を中和する薬草も入れたし、あいつらには<解毒>のスキルをインストールさせた。遠隔操作で発動させてるから、バレないだろ。たぶん」


 ちらりと海賊たちに目を向けると、何も知らない様子で食事を楽しんでいた。


 エクリが引きつった顔を浮かべる。


「アンタ、そのうち刺されるわよ……」


 一方その頃、食堂にやってきたライが海賊たちの食事に目を向けた。


「おっ、今日のメシはハンバーグか」


 何も知らない様子で席に着くと、ハンバーグに口を舌鼓をうつのだった。




食事が終わり、海賊たちが酒盛りを始めようとしたところで、俺は一堂に宣言した。


「今日はお前たちに大事な話がある」


 宴会ムードだった海賊たちの声が萎んでいく。


「いま、お前たちの前には二つの道がある。

 一つは、ここでの暮らしをすべて忘れて、自由となる道だ。

 お前らが海賊だったと口外しないし、もうハッキングで脅しはしない。お前たちは完全に自由の身となる」


 次の言葉を待つように、海賊たちの視線が俺に集まった。


「もう一つは、海賊であったことを忘れ、完全に俺の配下となる道だ。正式に部下にするんだ。ハッキングはもちろん解除するし、給料も出す」


 しんと静まり返る食堂。


 そんな中、海賊の一人が手を挙げた。


「……オレは自由になる」


「……そうか」


 予想はしていたが、いざ別れの日が来ると、なんとなく寂しい。


 俺が感傷に浸る中、海賊が続けた。


「自由になって、また旦那のところで働きてェ!」


「……!」


 見れば、他の海賊たちもうんうんと頷いている。


「今さら水臭いぜ、旦那!」

「旦那は海賊しか生きる道のなかったオレたちに、でっかい夢を見させてくれたんだ」

「それに、ここを出たところで、他に行くところもねぇしな」


「お前たち……!」


 海賊たちを見回し、俺は高らかに宣言した。


「お前たちの決意、よくわかった。今日からお前らは、正式に俺の部下にする」


 海賊たちが歓声を上げる中、ライは思った。


(オレは1秒でも早くコイツから自由になりたいんだが、言い出せる空気じゃねぇな……)


 とはいえ、海賊たちから畏怖されるというのも、満更悪い気はしないのだが。


「そういえば、結局なんて名前にするのよ、この宇宙要塞」


エクリの質問に、シシーが答えた。


『名称の登録はすでに完了しています』


「えっ!?」


 エクリだけではない。海賊――部下たちが寝耳に水といった顔で俺を見つめる。


「“アナザーヘブン”それがこの宇宙要塞の名前だ」


 驚いた様子もなく、ライがつぶやいた。


「まあ、冒険者ギルドで手続きするときにチラっと見えたからな……」


「ここは俺の――いや、俺たちの新天地となる場所だ。生まれ変わった気持ちで生きるという意味を込めて、この名前にした」


「アナザーヘブン……!」

「新天地、か……」

「へへ、悪くねェな……!」


部下たちの反応も悪くない。

部下たちがざわめくのを無視して、俺は続けた。


「生まれ変わったつもりで、これからは俺に尽くしてくれ」


グラスを掲げると、部下たちも応える。


「俺たちの前途に」


「「「カンパーイ!!!!!」」」



あとがき

いま盲腸で入院してるので、執筆がわりと滞っています

退院したら、おそらくもう少し更新頻度が上がるかと思います

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