4‐12 極秘の研究

輸送機から降りたメディクを迎えたのは義手を右手に付けた大柄な男と銃とアーマーで装備した兵士達だった


「よぉ、あんたがイディオ・ウルワか?」


馴れ馴れしい口調で話しかけてきたプラチナブロンドの髪を持つ大柄な男は無礼にもそんな口を開いた

イディオも確かこの男の顔に見覚えがないでもなかった。だが記憶にある顔立ちはよく似てはいたがもっと知性と気品を感じさせるもので、目の前の男のように下品なものはない

それよりこれはどういうことなのだろうか?自分はコロニーに伝手のある『父の友人』に手配してもらった輸送機でここに来たというのに


「私はかつてセブンズ次席の地位を持ったウルワ家の人間だ。あなた方は我が父の友人から私を迎えに来てくれたのだと聞いている」


「確かにそう聞いているがなぁ…」


ニヤニヤと無礼な態度を崩さないまま大男が言った。その様子に不快感を隠そうともせずイディオは男を見た

そう、この男は明らかに自分を見下している。それは態度や表情から容易に読み取る事が出来た

それにこの男から自分に対する憐みの感情を何故か読み取ることが出来た。なぜ迎えに来た人間がそのような対応を取るのか

不穏な気配を感じる。少なくともまともな人間ではないのは確かだ

この男は父の友人であった人間が送ってきた使者である筈なのだ。損保様な立場の人間がここまで不遜な態度に出れるものなのだろうか?

漠然と父の『友人』だった人物に対して不信感が募る。もしかして自分の父は騙されていたのではないだろうか?そのような思いが頭に浮かぶ

この目の前の男は自分を騙し、なにかを企んでいるのではないか。そんな疑念が胸を締め付ける。だが、とイディオは自分の心に言い聞かせた

アウターの様な僻地でもディーク・シルヴァの様なお人よしは困っている人間に手を差し伸べてしまうのだ


「確かにお前の父親と俺達の親父は親交があったさ、だが俺達ヴィクトレイ家の人間とウルワ家の人間ではセブンズの常任を任された家柄と次席に過ぎない家では圧倒的に立場が違うんだよ」


七人会議セブンズ―――コロニーを統括する7人の代表達の事だ。セブンズのメンバーはコロニーの舵取りを行う権限と義務がある

実質的にコロニーのトップであるセブンズのメンバーであるということは、地球上で最上級の権力を行使する立場にある存在と言っても差し支えない

一つの例えでヴィクトレイ家の人間から見たウルワ家を簡潔に説明すれば、王族とただの地方貴族に過ぎないという事に等しかった

次席の家柄はコロニーでの立場は高いが、よほどのことがなければメンバーに選出されることはないに等しい

そしてセブンズ自体アトラス家、ノルヴァーク家、ヴィクトレイ家の三家が常任の立場にあり、それ以外であっても三家の親戚筋かそれに近い家柄の当主が選出され次席はさらにその下の立場に当たる。要は補欠に近いという事であり、そうした立場にある人間はセブンズの近い人間との政争によって不当に罪を着せられたり、財産を没収され投獄、軟禁の憂き目にあったり『外周』へ放逐されるものが多かった。そうした者達の末路は悲惨であった

そして常任の三家自体が旧時代の『宇宙開拓時代』に財閥を興し、隆盛を極めたルクス一族の出身であった

しかしルクス一族の本家本流は過去に出身者のとある男がきっかけで『大戦』を引き起こす不祥事を冒したことに加え、財閥が開発支援していた月面都市国家が新たなるナショナリズム運動の引き金になり、幾度と続く大戦の引き金を引いてしまった故に一族は名前を封印する羽目に追い込まれてしまった

シヴァ、イマガ一族などルクス本流を継ぐ者達が巻き返し一時は発展するものの彼等もまた、再度引き起こされた大戦の責任を取る形で没落してしまい、さらに数人の末裔がセブンズに登用されている経歴を持つが、現在では次席の立場に落ち着いていた


「ヴィクトレイ…まさか、セブンズのレーヴェロイ殿の親族か?」


「クク…流石に兄貴の名前は憶えていたようだな」


ニヤリと男が笑った。それを見てイディオの胸の内には絶望が広がる


「そしてお前さんは用済みだ。もう少し馬鹿なら生かしてもよかったが、さすがにジルベルも傀儡として操るには素直すぎたな」


男が右腕の義手に備え付けられた銃口を向ける。イディオはもう抵抗する気はなかった

自分はずっと前から騙されていたのだ。最初から父と一緒に…『父の友人』と名乗る人物の都合のいいスケープゴートとして『シール・ザ・ゲイト』を見つける為だけの…

その男は監視役にジルベルと数人を紛れ込ませて、息の掛かった人間を遠ざけたり失脚させたりして自分を神輿にしていたのだ。コーヴの諫言すらも無視した挙句がこの有様なのだ。そう思うと自虐の笑みが浮かんだ


「悪いな」


男の言葉の後に銃声が響いた




「この遺体を丁重に葬ってやれ。家族たちと一緒になれるようにな」


先程の不敵な笑みから一転して、労るように男は部下に命令を下した

そして部下は敬礼をすると遺体を丁重に運び去っていく その後ろ姿を見送ると、男は静かに目を閉じた

神というものを信じたことはないが、この少年の信じる宗教には死後の世界があるのだという。そこでせめて報われなかった現世に変わって思う存分幸福になってほしいと願った

そして数秒の黙とうの後には男は既にイディオの事は頭になく、現れた白衣の男に目を向けた


「獅子の片割れと呼ばれているようですな。リオン様」


「メディクか。なかなかかっこいい通り名だろ?

そんでおめぇは相変わらず辛気そうなツラだぜ。で…例の研究は進んでいるのか?」


「東の連中にはサンプルを集めさせています。が…この動きが他のセブンズに漏れると問題になります

症例が多い【石化病】に関してはもっと多くの検体が欲しいですが表立った動きは出来ませんので」


「監査部隊の連中も思った以上に頑固だからな。まぁ、実際にアウターがシール・ザ・ゲイトを手にすれば間違いなく大慌てになるだろうよ」


そんなことはあり得ないがな、と大男―――リオン・ヴィクトレイはそう続けて笑った


「そういえばお前とジルベルは『スクール』出身だったな。あのガキも同じだろうが」


「そうですが、昔の事はあまり覚えておりませんので…それよりも例の準備は出来ているのでしょうか?」


「あぁ、あれで邪魔なハンター共がある程度一掃される。大して期待はしてねぇが…その後の仕込みは連中がやってくれるさ

ウェルナーの当て馬にするには荷が勝ちすぎているがあの野郎がうまく立ち回ってくれれば、いくらでも内部で潰し合ってくれるだろうぜ…くくく」


「アウターにはいくらでも我々に協力する人間はいますからね。あのセルペンテもAランクのハンターでしたがあそこまで簡単に誘いに乗るとは…」


「あ?…確かにあの野郎そんな名前だったっけな。気持ち悪い野郎だから忘れようと思っていたんだが…サンプルとしてはどうだ?」


「彼はいくつもの毒を研究して己の体で実験をしていました。ある程度肉体に耐性が出来ると、常人のそれとはまったく異なる数値になるかと

あそこまでの毒を体に取り込むなんて常人ではありえない。もしかしたら彼の体も石化病の影響で変異したのかはたまた特異体質の持ち主だったかは死骸を変異種にあさられた今となってはもう確かめようが…」


心なしかメディクが饒舌になっているようになっているように感じる。この手の手合いは話し出すと止まらないので腰を折っておく


「そうか…でも負け組はいらねぇからな。奴が甲田怜を捕らえられたら俺と本気バトルしたかったんだが」


「あなたに勝てる人間なんて5人もいませんよ」


「その中にあいつが入っている…っていうんじゃねぇだろうな?」


「『彼』はあのお方の護衛を務めています。故に優秀な事には変わりませんが」


「…チッ!」


リオンはあからさまに機嫌を悪くしたようだったが、メディクは眉一つ動かさずに沈黙した

やがてリオンはポケットから葉巻を取り出すと、口に咥えて火をつける

非喫煙者のメディクはその臭いに顔をしかめながらも、それがリオンの機嫌を直すものだと知っているので黙っておくことにした

そして紫煙を吐き出すと、リオンは煙を深く味わうように 目を閉じた そして目を開けた後に、リオンは一言告げた


「やはり葉巻はアウターの方が美味い」


メディクはそれに対してただ小さく頷くだけだったが、ふと思い出したように顔を小さく上げリオンが一服を終えるのを待つ


「リオン様。一応研究の成果ですが、ご覧になられますか?」


リオンは無言で頷くと、メディクの後に続いて通路を歩いていく

そして兵士が二人見張りをしている重厚感のある扉が開き、その中に入ると複数人の研究員が振り返った

彼等の目の前には男が拘束されてまるで磔にされたように機器に固定されていた。リオンがそれを見て興味深そうに目を細めた

その横ではメディクがリオンに端末に表示された資料を渡してくる それを受け取り、リオンはデータに目を通し始めた

先程の粗暴さは影を潜め、その眼球は精密なセンサのように細かい文字を追っている

すぐに端末をメディクに押し付けてリオンは笑った。目の前の男を食い入るように見つめている


「ステージ2の患者の中でもここまで投薬に耐えた検体です。それでも求める成果には程遠いのですが…」


そしていきなり男が眼を見開いた。その眼球は血走っていてその眼に狂気を宿している。薬物中毒者のそれとは違った獣の様な凶暴さが覗えた

その口からは血混じりの泡を吹きながら、男は拘束を解こうともがく。だが頑丈な拘束具で固定された男の体は身動き一つ出来ない

男の様子を見てリオンは僅かに憐れむような表情をした。何か喚いているがそれは言葉としての体を保っておらず、まさに咆哮に近い

だがそれでもリオンとメディクの二人は興味深そうにその様子を見つめている。男は暴れるのを止めずに拘束を解こうともがく、器具がギシギシと

音を立てるが壊れる様子はない。それもそうだ、彼を拘束している特殊素材のベルトは小型変異種程度ならば完全に抑え込むほどの剛性を

誇っているからだ。それにすら劣る並の人間程度の力ではどうすることも出来ない

だが、十数秒そうしているうちに男の上半身の筋肉がまるで膨張するように盛り上がっていく

まるで異様な筋繊維が男の筋肉を変質させ、その体積を増やしているようだった

やがて男の体は膨れ上がり、拘束具がギシギシと音を立てる限界が近づいているのだ


「鎮静剤を投与しろ!」


「もう投与しましたが効いていません。これ以上は致死量を超えます!」


「構わん!ここで暴れられたら実験の続行が出来なくなる」


部下が機器を操作して男の体に拘束具から針が打ち込まれ鎮静剤を投与される

だが男は鎮静剤を投与されてなお、拘束具を破壊せんと暴れた その膂力は並の人間には出せないほど強力だ

事実、拘束具はもはや耐えられないほどに歪んでいた。もってあと十数秒だろうそれを見てメディクは諦めたよう兵士達を呼び寄せる

そして暴れる男に銃を向けさせたが、それを手で制する者がいた。リオン・ヴィクトレイである


「まぁ待てよ。こいつは面白そうなことになりそうだ、俺に任せろ」


「しかし、貴方様に何かあればレーヴェロイ様が…」


「俺様が簡単にくたばるかよ」


次の瞬間、バキィッ!と大きな音を立てて、男の拘束具が破壊された

戒めから解き放たれた男の姿は異形そのものだった。上半身の筋肉は異様なまでに膨張し、体のあちこちからは浮き出た血管がグロテスクに脈打っている

そして男の体は拘束していた時よりも巨大化し、その大きさは2メートル近くあるリオンすらも少し超えていた

男は手に残っていた拘束具を破壊すると、唸り声を上げて周囲を見渡す。そしてリオン達を見つけるとその目に狂気を宿したまま襲い掛かってきた

目の前のリオンに対して拳を振るう。その力は並の人間が食らえば頭蓋骨など簡単に砕け散るほどの怪力だ

だがリオンはそれを義手で難なく受け止める。そして軽く握りこむと男の体がビクンッと痙攣した

男は拳を押し込もうと力を籠めるが、リオンは涼しい顔をしている。そのまま膠着状態が数十秒続いた頃に、男はいきなり倒れ込んだ

背後で息を呑み見守っていたメディクたちが思わず目を見開く。先程の緊張がまるで嘘のように静寂に切り替わった


「やっこさん死んだよ」


「バカな…さっきまであんなに」


「確かめてみろよ」


メディクと白衣のスタッフ達が男の脈を取るが、数秒で全員その手を止めた

明らかに生命活動が停止していた、男は死んだのだ。あれだけの怪力を誇っていながら、拘束を抜けた後であっさりと

そのあまりの呆気なさに全員が沈黙する中、リオンは何やら考えているようであった


「実験はまた失敗か…」


気を落としたメディクの声が静かに響いた。それを眺めつつリオンは心の中で思う


(この化け物の研究が甲田怜に繋がるとはねぇ…それとも奴は唯一の成功例なのか?)


甲田怜。資料で見る限りは十代の小柄な東洋人の少女にしか見えなかったが、光剣アーク・ブレードを使役し5メートルサイズのエクステンダーを一撃で両断し、ターロンのジョウグン一派をほぼ不殺で制圧しつつシール・ザ・ゲイトでは多数のミーレス・ギア相手に大立ち回りを演じて輸送機を奪い脱出したのだという

それだけでも信じがたい戦果だが光剣アーク・ブレードは嘗て「大戦期」に十振り程度しか製造されなかった武器の一本とされる

兄のレーヴェロイがほぼ同等品のグラン・サーヴァ、そして『あの方』がフォトン・レイドを保有している

これらの武器は名称や形状、刀身の形や色も異なるが光の剣を扱うデバイスという点については共通していてなぜあの女がそんなものを保有しているかも謎であった

それだけでも不気味だというのに甲田怜を『あのお方』は捕えようとしているのだ。あの女が実験棟から脱出した際はすべてのデータが何者かに書き換えられ死亡扱いとされていた。あの女を逃がした存在こそがシール・ザ・ゲイトで一件に関与している可能性は高い

そしてこの化け物と甲田怜の存在…その関連もまたあの資料の中に記されていた。なぜ成功体をわざわざ逃がすマネをしたのか?

それは後で調べればいい。甲田怜はいずれ必ず自分の前に現れる、その時に叩き潰して捕らえればすべてがわかるだろう

リオン・ヴィクトレイはその顔に獰猛な笑みを浮かベながら、内心では来るべき激闘に備え胸を高鳴らせていたのだった――――

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