5‐0 変異種のルーツ

人類の天敵にして地球の真なる支配者…ほんの1世紀以上前に突如地上に姿を現した変異種は海から現れたとされる。

月面や火星進出計画など宇宙開発にリソースを割いていた人類だったが、彼等はもう一つの前人未到の地…海底都市の開発をも行っていた。

月面都市計画がおおむね成功を収めてからというもの、火星移住を視野に入れたプロジェクトが国家間で立ち上げられ宇宙開発が進んだものの、その技術の一部が海底都市の設立に流用されたのである。

地球上のほぼ3分の2以上を占める海の面積は膨大であり、同時にそこに住まう生命体の数もまた未知数であった。

しかし海中での活動は陸上に比べて遥かに困難で、かつ深海ともなれば水圧や酸素濃度の低下など居住環境の悪化も著しい。

その生態を完全に調べつくすには途方もない時間と人員が必要になり、宇宙開発にリソースを割いていた時代には海底探査といった調査にかけられる予算というものは限られていたが、宇宙空間における真空の世界に人類の生活圏を拡張できた今となっては技術の進歩や民間にまで最新のテクノロジーが普及しつつあったこともあってか、コストなどの制約もようやく緩和されつつあった。

宇宙という新たなフロンティアを見出した人類ではあったが、それとは別に海底にも新天地を求める者達が現れ始めたのだ。

それは主に海洋資源に関心のある国家であったり、あるいは未知の領域への冒険心に駆られた無鉄砲な若者達だったり、はたまたはただ単純に金になる仕事だと聞いて投資を決めた大企業群だったりと様々だ。

そういった彼等によって国際的なプロジェクトとして立ち上げられた海底都市計画『プロジェクト・ネプチューン』と呼ばれる計画は、当初は旧時代に廃棄された膨大な廃棄された人工衛星の回収を目的とするメガフロート基地の建造計画として予算が下りスタートしたのだが、それがいつの間にか海底開発へと趣旨が変更されて、そしていつしか海洋国である東アジア関連国家主導で地球規模の国の枠を超えた一大プロジェクトへと変貌を遂げていた。

だが、それは単に海底に人類の生活圏を拡張させるという意味以上に月面都市に移住した人間が第4世代に移行し、彼等は月面人としてのメンタリティを獲得していったが故に地球に対して自分達の主権を確立した独立国家の承認を求める運動が広がったという背景があった。

完全に管理された環境で生まれ育った月をルーツとする彼等からすれば、地球などは曾祖父母が若い頃に住んでいただけの埃と虫まみれで管理が行き届いていない不衛生な土地であり、そんな不潔な場所に住む人間達に支配されるなど我慢ならないというのが本音なのだ。

だからこそ彼等は地球からの独立を求め、それを実現させるために市民運動が広がっていった。民族自決運動というものは人類が新たな生活圏を得たとしても健在であったのだ。

その動きを地球側は警戒し始めていた。だから宇宙と比べると地球上に存在する海底に着目し、生活圏の確保だけではなくメタンハイドレートやレアアース等の鉱物資源の発見を期待して計画を推し進めていった。

月面都市国家の動きと同様の懸念を挙げる者もいたが黙殺された。

その結果、この十数年の開発で人類にとって新たなるフロンティアとなり得る可能性を持ったプロジェクトとして脚光を浴びるようになり、そして第一の海底都市が完成するところまで建造計画は順調に進んでいった。

そこまではこの計画は何の滞りもなく進行しているようには見えた。だが、海底には人類よりはるか以前に住処としていた生命体が存在した。

海底都市に人が移住し始めたとき。都市のレーダーが周辺を巡回する巨大な影を捉えたのだ。最初は何かしらの海洋生物だろうと誰もが思ったし、実際にその通りだった。

50メートルを超える巨大な鯨または鮫に似た生物がそこにはいたのだ。しかしその大きさは異常そのもの。まるで怪獣映画に出てくるような巨大さを誇る怪物のような存在は世間を騒がせたが、当時の人々はそれに恐怖どころか好奇の眼を向けていた。

何せそこは海底都市だ。地上では絶対にあり得ない光景が広がっている。

しかし、その謎の生物は一度観測されてから数年間の間全く姿を現さなかった。そうしているうちに人々の関心は薄れていき、更に十数万人の人々が過ごす『ネプチューンⅠ』の成功を背景に第二、第三の海底都市が建造されつつあるときだった。

突然として計画の名を関した海底都市『ネプチューンⅠ』が突如となく音信不通となったのだ。

原因は分からないまま、調査の為に各国が共同で潜水艇を派遣することになった。そしてそこで見たものは都市だったものの残骸、もちろん生存者は存在せず、変わり果てた姿になった廃墟の果てがあっただけだった。

これの報告を受け原因の解明がなされるまでほぼ完成していた『ネプチューンⅡ』の建造移住計画は中断され、残骸の調査は数年にわたって続けられた。

そして調査が進むと建造物の一部に刻まれた大きな傷跡が巨大な鮫の歯のような物によって削り取れらていたことが分かったのだ。

つまりあの巨体を持つ生物の食事の痕跡だったということだ。

それが分かった瞬間、世界各国の首脳部は事の大きさを認識し始めた。このまま放置しておけばまた同じような被害が出るかもしれない。ならば早急に手を打つべきだという意見が吹き上がり、巨大生物の討伐も視野に入れた軍事力を背景にした計画が立ち上がったが実際にそれが実行されることがなかった。

月面都市国家と地球側の武力衝突…のちに『第一次地月戦争』と呼ばれる戦いが勃発したからだ。

その対応に追われた当時の世界各国は戦争による混乱により疲弊し、いつしか海底都市計画に関する人々の関心は戦争への恐怖と月面都市国家への憎しみで上書きされていき、結果『プロジェクト・ネプチューン』は完全に凍結されたのだ。

それと同時に『ネプチューンⅠ』を襲撃されたとされる巨大生物に関する一切の情報は秘匿され、当時プロジェクトに関わっていた一部の関係者と細々と開発を続けた民間企業を除きその存在すらも徐々に忘れ去られていったのである。


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