4‐11 ジルベルの最期

「く・・・ッ。私は・・・こんな場所で死ぬ人間ではない!」


怜から逃れたジルベルが辿り着いた場所はシール・ザ・ゲイトの下層最深部のある部屋だった。

まだ。イディオすらも知らない秘密の場所だ。ジルベルは定期的にこの場所を訪れ『ある人物』とコンタクトを取っていたのだ。

この超巨大コロニー型シェルタのシール・ザ・ゲイトにはまだまだ明らかにされていない場所がある

怜の追跡すら隠し通路を使って撒いたのだ。今、彼以上にこのシール・ザ・ゲイトを知り尽くしている人間はいないだろう


(そうだ・・・私にはこのシール・ザ・ゲイトがある

この設備の情報や秘匿されたあの『物体』の存在はあのお方がうまく活用してくれるはずだ

私はここにあるミーレス・ギアを総動員し甲田怜を捕らえ、あのハンターは抹殺する。あの女さえ献上できれば失態の穴埋めには十分なのだ!)


失われたはずの過去のテクノロジーもまた封印される形で眠っており、あの物質も自分が極秘裏に調査していたのだ

自分の功績は『あの御方』に十分に評価されたはずだった。だからこそ、ここでの所業がコロニー本国に漏洩するのはまずい

ジルベルは自らの事を『選ばれし者』だと思っていた。だからこそあの女に及ばないとはいえナノマシンによる肉体改造にも耐え切ったのだ

自分はコーヴやイディオ、そしてディークの様に利用されて捨てられるだけの人間とは違う

依然としてシール・ザ・ゲイトの戦力は自分の手中にある。すべての情報は自分に届けられるように人員に配置している。あの世間知らずの若造は所詮、傀儡に過ぎないのだ

それこそあの、イディオ家の重鎮・コーヴですら把握できないほどに・・・そして数千体もの自律ロボットは自らの手の内にある

施設内の資源をすべて兵器に転用すれば、コロニー本国が保有する兵器郡にも渡り合える目算はあった


(あのお方のお怒りを受けるのは仕方ない…場合によっては私の命で責を補う事もあろう

甲田怜の確保は無理かもしれないが、このシール・ザ・ゲイトさえあれば!)


しかし、ジルベルの死神の影はすぐそばに寄り添っていた事を彼は知らなかった。

気配に気付き、振り返って驚愕する。長い髪を揺らす死神は美しく妖艶な女の形をしていた

影が人間の形を取ったような黒い女。甲田怜に匹敵・・・いや、それ以上に冷たい凍るような眼差し

その顔にジルベルが引っかかることがあった。工作員としてシール・ザ・ゲイトの中枢に潜り込んでいた彼の記憶能力は伊達ではなかった


「馬鹿な…何故、貴様が此処にいる?」


その女は彼の知る人間・・・いや、顔は見たことがある

正確に言えば直接会った事は無かった。そうだ、確かにこの女の顔は――――


「貴方こそ、こんなところで何をしていたの? イディオ・ウルワでさえ知らなかった場所でしょう?

コロニーですらうかつに手出しできない場所を仕切っておいて、一体何を企んでいたのやら・・・」


その女は彼にとって亡霊だった。だからこそ恐ろしい、まるで死人が自分を迎えに来たような錯覚を覚えてしまって

過去の人間が実体を得て、怨念となって復讐に訪れたような恐ろしさ。

これまで【あのお方】の命令で散々敵を貶めたり、命を奪ったりしていた。

その事について後悔は無い。彼等は来るべき新しい世界の為の礎となったのだから。

謝罪か、それとも弁解か・・・ジルベルは声を荒げて反論する。認めるわけにはいかなかった、最後の一手で躓くような事は・・・


「これは裏切りではない! 私はあの小僧ではなくコロニーの為に私は行動していたのだ!

あの小僧を裏から操って…シール・ザ・ゲイトのテクノロジーを意図的に電子暗号化して本部に送っていた・・・

全てはコロニーの為なのだ。私はその為に身を磨り潰してきた、自分の体を使って実験してもだ!」


焦りは、いらぬ事をジルベルに口走らせてしまう。彼らしくない失態である。

そんな精神状態にあっても『あの方』の事について一言も口に出さなかったのはひとえに忠誠心のなせる業であった。

だが、彼は今仰天していた。目の前にいる女はこの世には存在しない人間だったはずなのだから。


「なるほど、例の技術の流出先は…ふーん。我が主の言うとおりね」


「主…だと? ま、まさか…貴様ッ、何処まで知っている?」


「あなた方のすぐそばにいる老人の事よ」


老人。その言葉に何人かの人物像が浮かび上がるが、いずれもシール・ザ・ゲイトの秘密を知っている人間はいないと思われた。

しかし、どれも当て嵌まるような人間がいない。いや、もしかすると『あの方』に頻繁に会っていたあの男こそが・・・


「エレオス・ソイルのハッキングも貴方の差し金でしょう? 

もしかしてすべてをアウターに擦り付けて、セブンズの承認から武力による介入を招きたかった筋書きかしら?

陰謀劇の演出としてはなんの捻りも無く、面白くないけどそれも『あの方』のシナリオなの?

エレオス・ソイルⅢを改造した大量破壊兵器というのも恐らくブラフ…

建造当時の月面政府が何らかの信号を送ることでマイクロウェーブの出力を戦略兵器レベルにまで高めた衛星砲に変形させるように密かに設計した痕跡が見られるのだけれども実際には工事は中断され、特異な構造だけが残った…当時の『月』の人間も流石に地球側とは本気で戦争を起こすつもりはなかったようね…

あなた方はその信号の波長を突き止めてエレオスソイルⅢの構造を利用して今回の三文芝居をでっち上げた。セブンスの危機意識を煽る為に…違う?」


女は赤い唇を歪めて笑った。妖艶の中に侮蔑を入れ混ぜた嘲笑が神経を逆なでさせる


(この女風情が…!)


滑らかな黒髪が今しがた辛酸を舐めさせた『奴』を連想させて腹立たしい。

あの女も小さくてか弱く見えるくせに眼光は何処の誰よりも鋭かった。

奴が『あの方』の命を狙っているのは知っている。だからこそ捕らえて、人体実験を施した後に殺してやろうと考えていたのに

簡単に指の間をすり抜けてしまった。最早当初の目論見通りに事は運ばないだろう。


「わかった・・・投降する」


女は自分の殺気に気付いていないようで、武器も持っていないように見える。

ジルベルは腹の中で笑った。主導権を握っているのは自分の方なのだと。


(バカめ…死ね!)


「遅いわ」


ジルベルが隠し持った銃が撃たれる前に銀光が五条、薄暗い部屋の中で煌いた。

それはまるで蜘蛛の糸のようにしなやかで、ジルベルの体を絡め取っていく。

何が起こったのかわからない・・・顔面を切り裂かれた彼の表情はそう訴えている。


「私がこんな所で…ありえない……貴様は…何…だ…?」


「今は拾ってくれた方が主…あなたと違って私は必要とされているのよ

さぁ、惨めな姿になってしまったのだけれど…何か話す気にはなってくれたかしら?

早く治療して機械の手足を付ければ、普通に生活する程度には戻れるわよ」


絶体絶命の危機にありながらジルベルは笑みを浮かべた。慇懃無礼な仮面がはずれ侮蔑と憎悪に満ちた視線が女に向けられた。


「…ふん。貴様たちはこれで勝ったつもりでいるのか? 最後に勝利するのはあのお方だ…

私もまたあの方の手足の一つに…過ぎない。既に始動した計画は止められん…」



(だが…惨めなる…失敗者には…死……ある…のみ………)


ジルベルの瞳から光が消えていく。あらかじめ口のなかに服毒用のカプセルを仕込んでおいたのだろう

彼の方が一枚上手だったというわけだ。これで一年近くかけた機会が失われてしまったことになる。

彼女の苛立ちに反応するように、鋼線が幾重も空間を薙いだ。

縦からスーツごと鱠切りにされ、かつてジルベルだった肉片が湿った音を立てながら、ばらばらに灰色の床に落ちた。

血溜りが徐々に広がり、それと同時に生臭い血の臭いも部屋を満たしていく。

これが十数年に渡って、スパイ活動を続けていたジルベルと呼ばれた男の最後であった。

彼の本名を知るものは居ない。彼はただ役割を与えられ、ここに派遣されてきただけだ。名前は個人を区別する記号であり仮初の物に過ぎない…自分も同じだ

霧のようにむせ返るような死臭の中でそれでもなお黒い衣を纏った女は嫣然と微笑み、血のように赤い唇に白い指を添えて呟いた


「さて…色々と後始末をしなければね」








丁度ジルベルが黒衣の女と対峙し、物言わぬ躯となっている頃にイディオとディークは飛行場の通路に向かって駆け抜けていた。

行く手を塞ぐのは、アーマーを着た戦闘員達と自律騎兵ミーレス・ギアの群れであった。

彼等は自分の主君のはずのイディオを見てもためらい無く銃撃を仕掛けてくる。機械であるミーレス・ギアはともかく、

武装しただけの戦闘員にとっては、最早ジルベルこそが王でありイディオは仮初の主に過ぎないのかも知れない。

もしかするとコーヴ以外にも、イディオに味方する人間がジルベルの手によって消されているかもしれない。

あの冷酷な男なら眉も動かさずに命令するだろう。ジルベルにとって他人とは只の駒に過ぎないのだ。


「おい!急げっ、イディオ!!」


「は、はい・・・」


イディオに案内された道を辿って、飛行船の格納庫に着いたものの

既に周りには兵を置かれていて、一歩も近づく事が出来ない。

それに、飛行艇の格納庫には不必要に物が置かれていないので、身を隠す障害物がほぼ皆無であり、

ハディード・フリューゲルの傍まで気付かれずに近づく事は難しいのだ。

ジルベルはそれをしっかり把握しているのだろう。それで逃がさないように


(く・・・考えろ。何かいい手があるはずなんだ・・・・・)


完全武装した十数名もの戦闘員に、さらに倍の数のミーレス・ギアの突破。

そして自分はコーヴから渡された銃一丁と、自前のナイフが一本。加えて右腕は完全に折れてしまっており、痛みはなおも続いている。

この状況で無傷で飛行艇ハディード・フリュ―ゲルの傍まで接近するのは無謀であるだろう。

せめて、怜さえいればどうにかなるのかもしれない。しかし彼女は逃げたジルベルを追ってこの場にいない上に、

いつ合流できるとも限らない。それに包囲網は時間が経つにつれて確実に狭まってくる、状況は最悪に近かった。


「おい、イディオ」


「・・・どうかしましたか?」


イディオもこの状況を見て半分諦めているようだった。せめて、彼だけは逃がしてやりたい。

この場所からイディオを救ってやる事は、ディークの命を救ったコーヴとの約束でもある筈なのだ。

だが、頭にアイディアが浮かばない。自分ごときでは目の前の状況をひっくり返す事が出来ない。


「俺が囮になって連中を惹きつける。その隙にお前は飛行艇を奪取してくれ」


「無茶です。そんな事をしたらあなたの命が・・・」


「俺のことは心配しなくていい。それより、あんたを助けるように俺の恩人に言われたんだ

あの人がいなければ俺はとっくの昔に死んでいた。恩を返すのは当然だろう」


「もしかして・・・コーヴが?」


覚悟を決めた顔でディークは言った。男には命を捨ててまで守らないといけない約束がある。


「銃声の跡切れを見計らって機に走るんだ。今はこれしか方法がない」


「ちょっと待って下さい!」


「・・・じゃあな」


ディークはイディオの静止も聞かず、物陰から走り出した。

格納庫の奥にコンテナが置いてある。それもハディード・フリューゲルの進路上の邪魔にならない位置に。

まずはそこに飛び込む事が先立った。撃たれて止まった時の事は考えず、体の痛みさえも無視して全力で走る。

乾いた銃声が断続的に鳴り響き。まるで弾丸の雨がコーラスを奏でているようだ。

死の女神が歌うそれに捕まってしまったらおしまいである。ディークは目的地に着く事だけを考えて足を酷使した。

銃弾が周囲を掠める、死の咆哮ディークの服を裂いてぼろぼろにする。後、10メートル・・・5メートル・・・3・・2・・・・1――――――、


(よしっ。何とか凌げた様だな・・・)


コンテナの影に飛び込むと同時に、ディークの左足首を銃弾が掠めた。

それ自体は軽症であり、命に全く別状はない。しかし、体力の消耗もあってかこれ以上体を動かす事は不可能だ。

文字通り、彼は詰んでしまった。だが、ディークの心は晴れやかだった。コーヴとの約束を果たせそうだったから。

自分の命はどうでもよかった。むしろイディオの方が心配だった。しかし、きっと上手くいくのだろう。

あの時、あいつを救えなかった事が今ここでやり直しになったのだ。満足感を抱いて死ねるのも悪くない。

唐突に、銃声が止んだ。その代わりに足音が近づいてくる。恐らく、無駄弾を使わず逃亡者ディークを仕留める為だろう。

だが、ディークの前に現れたのはジルベルの尖兵でも、命令を無慈悲に実行するミーレス・ギアでもなかった。


「・・・・・」


目の前で冷めた眼差しで自分を見下ろしていたのは、あの少女――――甲田怜であった。

思わずディークは大笑いしてしまいそうになった。命が助かるからではなく、大昔の三文映画のような展開を体感するとは思わなかったのだ。

絶体絶命の中で機を見計らったように助けがくる…なんてこんな可笑しな事があってたまるか――――彼の心境はまさしくそれである。まるで感動のラストシーンを約束された物語の主人公のようだと。


「へっ、あんたの事が死神から天使に思えてきたよ」


「・・・本当に天国に行きたいの?」


何時もの様に、抑揚の無い発音で怜が告げる。その声さえも徐々に遠くから聞こえてくるようだ。


「ははっ、あんたみたいなのが何人もいるんだったら、それは地獄と変わらないかもしれないぜ・・・」


「…」


ディークは体中を蝕む疲労と激痛の中で、辛うじてそれだけを怜に言い残し意識を手放した。






「全く…この期に及んで軍の派遣を拒むとは。あの老人方の事なかれ主義もいい加減にして欲しいものだ」


コロニー内部ののとある場所の施設。内部に居るのは二つの人影

片方はコロニー政府の中でもかなりの権力を持つ人間であり、もう片方は部下であった

だからこそ極秘裏に、ある程度の設備と技術力があるこのような場所を用意できたのだし、

自分達の主導で兵器の政策に注力出来るのだろう。それも【セブンズ】としての権限と予算に裏打ちされた贅沢な環境で

彼らには目的があった。そして少なくともそれは彼等からすればこれからの時代も導いていく所業でもあるのだ


「…良いではありませぬか。ジルベルめが送ったデータは04、05の開発に生かされておりますぞ

そもそも例の金属をあそこから持ち出せれば更に有用なテクノロジィが得られたのでしょうが、物事にアクシデントと言うものは付き物ですからなぁ

上手く事が運んだとしてあれの扱いを他のセブンズの方々が黙っていますまい

いま強引に手に入れても、今度は貴方様が審問にかけられ罰せられることでしょう」


「フン、忌々しい過去の亡霊共はさっさと棺桶に引きこもってしまえば良いものを…

それにしてもシール・ザ・ゲイトから送られてきたミーレス・ギアは中々興味深い

旧時代の失われたロボット技術か、あれがあれば大分こちらの手駒が増える」


老人の瞼がピクリと一瞬動いたのに気付いたが男は何も言わなかった


「ミーレス・ギアには旧時代のテクノロジーが詰め込まれていますのじゃ・・・私としても研究の甲斐はありますな」


ふぉふぉふぉ…と不気味な笑い声を漏らすフードを被った猫背の老人に男は怪訝な視線を向けた

この老いた男が何を考えているのかは分からなかったが笑い声に若干の悪意が混じっていることからして、もしかしたら彼が【シール・ザ・ゲイト】という【過去の亡霊】を利用しようとしていた事に皮肉を覚えたのかもしれない

あるいは、それ以外の意図があるのかはわからない。そして今最もがかりなのは表立った行動を取らない『奴』の存在である。

若輩者と侮るのは簡単だが、あの男の後継者と目されている人間だ。動向に注視せねばなるまい

それにしてもジルベルの途中報告にあった『成功体』のデータは興味深いものだった。出来れば検体として入手したかったが奴は失敗したらしい

思えば、過去に死んだと思っていた人間が生きていた。それそのものが自分へ送られた天恵と思えなくも無い

『成功体』に関しては、数ヶ月前の報告から情報を集めている。もし、手の内に落ちれば例の研究が格段に進歩するだろう

それにあの成功体に関しては後で調べてみると出身コロニーなどのプロフィール等のデータに手が加えられていた痕跡があった。その犯人の目星は…


「如何いたしましたかな?」


「貴様が心配する事ではない」


「・・そうですか。では、お耳に入れたい案があるのですが、完成した試作機の性能を見ておきたくて存じ上げますぞ・・・

できれば人口が密集するような市街地で、性能の検証を行いたいのです。実戦に近ければ近いほど貴重なデータが得られますからな」


それを聞いて端正な男の唇が吊り上がる


「03か…なるほど【F】をあの作戦に使うのか」


【F】、それは男が命じて作らせている新型ギガント・フレームの試作三号機である

量産化を視野に入れた各種部品との流用を考慮した設計だが、実際の所はシール・ザ・ゲイトから手に入れたテクノロジーを試すための試金石でしかない

作業機械と認知さえている大型人型兵器エクステンダーだが、アウターでは武装化によって大型の変異種に対する有効な手段とされている

旧時代に生産されたGFの簡易量産型ではあるが、兵器として運用するとなるとそのスペックは未知数であり計り知れない

膨大なコストを払って他のプロジェクトと平行して行っているが、もうすぐ日の目を見る機会は近い

今後の動きをバックアップするための法案も準備にかけ、例の件で他のセブンズ達も説得し易くはなる筈だ

何者かによってジルベルは失ったが、役目ははっきり果たしたということだ。彼も本望だったに違いない


「…コードネーム03はコンセプトの実現に成功したものの、規定値のスペックを満たせなかった欠陥機です

シール・ザ・ゲイトのデータが足りず要求されたスペックに及ばなかった01、02よりはマシでしょうが…開発中の04、05のスペックには遠く及びませぬ

そもそも参考にするデータが不足していましたので、こちら側の技術との折中に苦悩していた時期もありましたがな

限定的な飛行試験しか行っていませんので、実弾装備の限りなく実戦に近いテストはまだですがの」


「まぁ、十分だろう。それに相応しい舞台も用意している。4、5号機の完成に間に合わないのがネックだが」


「…4号機【Ψ】ならばすでに素体は完成しているようですぞ。ただ、武装は調整が上手くいっておりませんのでいくつもの試作装備を用意しているらしいですじゃ

之もまた、場所を用意していただければ5号機【Ω】の調整作業も速く終わりますな。あの二体は共通のフレームを使用しておりますゆえ…

しかしながらコロニーの内部での動作試験ばかりですとシール・ザ・ゲートから得た技術の実証は難しく

可能な限り実弾を使った試験…過酷な実戦に近いデータがありましたら完成が近いのですがのぉ…」


大柄の男は顎に手を当てて思案するような仕草をした。確かに老人の言うことももっともだ

実戦のデータが足りなかったから03…Fは既存の武装を改造して取り付けることしかできず、ゆえに飛行能力にも制限がついてしまう形になってしまった。試作用の武装を最適化するには一対多数における実戦のデータが欲しい

【Ψ】は完成が近いが、【Ω】は武装や外部装甲こそそれこそ形状の試作はあるものの最終的な仕様にはまだ遠い

だが、調整に時間を費やしただけあってΨ…4号機の完成度は03をはるかに上回るものとなっており、同機は秘密裏に『あるパイロット』に与えて任務に就かせることにする

本当ならばジルベルを使ってアウターを巻き込んだ反乱でそのスペックを実証したかったのだが、計画は頓挫してしまった


「ふむ…実戦に近いデータか。わかった、善処しよう。

既存機の部品で偽装さえすれば余計な連中からの追及も逃れられるからな

しかし、気になるのは他のセブンズの人間だ。奴等は旧世界の技術の再生を極端に恐れている。大戦の再来は招きたくないのだろう」


「愚かな事ですな」


「二ヵ月後、ブリテン・コロニーに出向く。私は不在ではあるが段階を踏んで計画を実行するつもりだ

そして最終調整を控えた04、05のロールアウトが目前となった今、欠陥機03の処分はお前に任せる。証拠が残らないようにな」


「ふぉふぉふぉ、了解いたしましたぞ・・・・・」


そして老人に釘をさすように男は告げた


「ΨとΩ…本当は自分が設計したかったのだろう。だがあいにくと若い優秀な技師が育っていてな。Fの設計はよくやってくれた、あれのお陰でリグシリーズは早い段階で量産にこじつけられた」


「滅相もないですじゃ…若い方々に任せられるのであればそれに越したことはありませぬ

この棺桶の心配をしているような老体風情がいつまでも若く才能のある方々の活躍の場を奪うのも申し訳ないですからなぁ…」


男の疑問をはぐらかすようにガネフは不気味に笑い、二人の間に緊張が走る

枯れた喉から無理やり搾り出しているような低い声は、聞くものに嫌悪感を抱かせる響きを含んでいる

邪推すると何かの事情を知っていて、それを知らない他者を嘲笑し侮蔑しているかのような声

風貌通りの不気味さを秘める老人に対して、悪寒を覚えずには居られない

この男を専ら信用しているわけではない。そもそも仲間意識や義理立てというものは組織の運用に不要だ

駒はただ従順であればいい。利と利が結びついた計算越しの関係こそが最も理想的であるのだから

それは男が政治家の資質を多分に備えているからこその思考なのかもしれないが、あながち間違っているわけでもなかろう


(この老人もどこまで信用できることか分からんが…)


不気味な笑い声を響かせる老人を何処までも冷徹な眼差しで男は眺めた。

何がどうがあれ、「計画」はすでに動き始めている多少の壁は立ち塞がるが大勢に影響は無い筈だ

ゆっくりと、だが着実に歴史の歯車は動き始めている。多くの人の意思を飲み込み時代は大きな転換を迎えようとしていた

その終着点が男の望む結末になるかどうかは誰にもわからなかったが





「ん・・・ここは?」


ディークは目を覚ました。最初に目に入った光景は天井、体を起こして周囲を見渡すとそこは蝋燭の明かりにほんのりと照らされた部屋だった。

自分がこの場所にいる事の意味がディークには最初解らなかった。前に目が覚めたときは航空機の中にいた。

甲田怜が助けてくれたのだ。そしてこの見覚えのある部屋はノエルの家だった。


「あいつは・・・?」


ハッとなってベッドから出て立ち上がると、右腕の鈍痛が響いた。見ると手には当て木がしてある。

その処置を行ったのは怜だった。骨折している彼女が提案してきて力押しで繋ぎ合わせたのだ。

ジルベルに折られた腕は、手加減されていたせいかそこまで複雑に砕かれてはいないらしかった。

しかし治療が遅れるとなると、これから情報屋やハンターとしての活動に支障が出ると思ったので彼女の提案を呑んだのだ。


『悲鳴を上げた方が楽になる』


『ああ、俺だって我慢強いんでね・・・頑張って悲鳴は上げないようにするさ』


『…』



それから怜の処置で無理やり骨をつなげ、激痛に耐えた後にディークはまた気を失ってしまったのだ。

あの力押しでまさに甲田怜にしか出来ないであろう荒療治である。

しかし、腕が使えなくなっていたとしたら自分はどうするつもりだったのだろう?


(ま、ハンター引退してマスターのところで手伝いするってのも悪くないかもな)


一人で苦笑していると、扉が開くとノエルが心配そうに顔を出した。

憧れの人で姉同然の彼女の表情は、美貌にやや陰りが増し疲れているのが見て取れたので罪悪感を抱いてしまう。

恐らく、リベアやゲイル達も同様だろう。あの時と同じように自分のせいで心配をかけたことをディークは後悔する。


「ディーク・・大丈夫? あなたともう一人をあの子が連れて帰ってきたのだけれども一体何があったの?」


「それは・・・・」


ディークは話すべきかどうか迷った。【シール・ザ・ゲイト】の件は底知れぬ裏がある

それはハンター評議会が統治する政府であっても対処できない闇なのかもしれない。そして、ジルベルのいっていたことも気になる

奴の言ったことを推測すれば、あの騒動は更に黒幕が潜んでいる事になる。

エレオス・ソイルというコロニー所有の人工衛星をハッキング可能なほどの技術力、死を恐れぬ無数の自律騎兵ミーレス・ギア…ジルベルに付き従う多数の兵士達、コロニーの警戒網を掻い潜るステルス能力を持った航空兵力・・・あの男は更に隠し玉を持っているはずだ



「ごめん・・・ちょっと頭打っちゃってさ、記憶が曖昧で・・・あまり覚えていないんだ」


「ディーク・・・・・」


ノエルが憂いに満ちた表情に悲しみの色を混ぜる。ディークは彼女を信用していないのではない

巻き込んでしまうのが怖かったのだ。ジルベルのような悪党はどんな手段を使って自分達を追い詰めてくるのか解らない

下手な嘘だと言うのも、それをノエルが既に見破っているであろう事も知っている。

だが、今は話すわけにはいかないのだ。みんなの為にも口を錠前のように閉じておかなければならない

下手をすれば、死ぬまで・・・。しかし、自分の身近な人間を守るためには仕方の無い事なのだろう


「そうだ!姉さん・・・イディオはどうしたんだ? それに、あいつは?」


「・・イディオさんなら隣の部屋で寝かせているけど、あの子は・・・・・」


やはり、怜は自分達二人をここに預けてしまった後に何処へなりとも消えてしまったのだろう。

彼女らしいと言えば彼女らしいとも言えるのだが、ディークとしては礼も言いたかったし色々聞きたい事もあった。

ジルベルの言っていた彼女の目的・・・それが何であるのか。少なくともコロニーに恨みを抱いているらしい事はわかる。

だが、今となっては聞き出す手段がない。しかしディークは自然と落ち着いた気持ちで怜の出奔を受け止めていた。

もしかしたら、甲田怜とは再度会いまみえるような気がしてならない。それも・・・そう遠くない未来に―――――


「今、話せるのか?」


ディークの質問に、ノエルは頷く。彼女もまた何か知りたがっているようだった。

しかし、ノエルはディークの表情から何かを読み取ったのかどうかは知らないが、本能的に自分の立ち位置を察してくれたようだ。

弟分が自身を巻き添えにしたくないことを、それを少なからず彼女は不満に感じている事を。


「二人だけで話させてくれ」


ディークは心の中でノエルに謝罪する。今の自分に出来るのはそれくらいしかなかった。






イディオ・ウルワ・アリ・ムドーはディークが自分の下を訪れる事を事前に察していたようだった。

彼の目にも疲労の光は宿っていたが、瞳の力強さは始めてあったときとは段違いなほど意思が宿っている。

シール・ザ・ゲイトにおけるジルベルの裏切り、そしてコーヴの死・・・・一連の騒動が彼の内面を短期間で鍛え上げたのかわからない。

しかしイディオもまた怜やノエルと同じように、自分の役割を理解したようにも見える。


「イディオ・・・これからどうするんだ?」


「僕は、ここにはいられない。すぐに出て行くことにするよ

あまり長居すると、貴方の姉上や他の人達に迷惑が掛かる。彼女も直に出て行った」


『彼女』とはもちろんあいつの事なのだろうと、ディークは確信した。

怜はこの砂漠にまみれた大地の中で今はどうしているのかわからない。しかし、それはディークの心配するところではないだろう。


「・・・・・そうか、何か目的はあるのか?」


予想通りの返答にディークは頷くしかなかった。


「ジルベルはコロニーの人間と繋がっていたらしい。それで僕の目的もはっきりした

彼女と同じようにどんな手段を使っても北米のコロニーに行く。まだあそこには母上と妹が残っている・・二人を助けたい」


「俺は・・・何も手伝えない。だけど、無責任になるかもしれないが言わせてくれ・・絶対に挫けるな、前だけを見て進め」


「その言葉、忘れないようにするよ。コーヴも似たようなことを昔・・言っていたからね」


イディオは微かに笑った。彼は今、コロニーに残っている家族の事やコーヴのことを考えているのだろうか?

だから、あえてディークは言葉を挟まなかったし、彼を引き止めるようなこともしなかった。

彼にははっきりとした目的が出来たのだ。コロニーから家族を救い出すという動機が・・・

ジルベルはもしかしたらそこを付け込んで彼を操っていたのかもしれない。奴がどのようにしてシール・ザ・ゲイトに潜り込んだかは解らない。

ただ、ジルベルの背後にいるのがコロニーだとしたら怜もまた、関わって来る可能性もあった。

その時には、再び彼女は力を貸してくれるのだろうか? ディークにはまだ解らなかったが。


「ディーク、もう会えないかもしれない。コロニーはまた何らかの手はずを打って来る筈なんだ

だが、あなたのことは良く覚えておくよ。僕を救ってくれた戦友の一人として」


「ああ、俺も忘れたりしないよ。それと・・・」


ディークは包みを一つ取り出していた。それは彼がイディオの渡すように託されたものだった。

きょとんとそれを受け取りイディオは年相応に幼く見えなくもない。

少しだけ笑いをこらえてディークは言った。今の心境はびっくり箱を他人に開けさせるものに近いのかもしれない。


「姉さんの手作り弁当だ。日持ちするもので作られてるけど早い内に食べたほうが美味しいぜ」


「ありがとう、ディーク。僕はあなたになんて礼を言えば・・・・・」


「へっ、そんなの良いってことよ。助け合うのが人間ってモンだからさ」


月明かりだけが照らす砂漠の中でイディオは一礼し、歩き去っていく。

後ろからノエルが出てくるが彼女も何も言わなかった。姉と弟、二人で去り行く旅人の安全を願うのみ。

その影が砂丘の向こうに消えて見えなくなるまで、ディークは彼の無事を祈るように見守っていた


「姉さん。帰ろう」


「ええ、帰ったら夕食にしましょう。ミシェイルの好きなチーズシチュー…あまり具はないけど」


「あぁ。楽しみだぜ」


ノエルの笑顔がまぶしい。彼女とリベア、そしてゲイルやレオス達でこうした生活がずっと続いていくことを信じたい。

何気ない日常を大切な人たちと笑顔で迎えられる。それこそが何物にも代えがたい幸福なのだとディークは考えていた。

彼女の顔を見て、ふと脳裏にあの言葉がよみがえってきた。


『自らの無力さを嘆きいずれ力を求めることになる…大切な誰かを失ったときに』


ふと、あの男の言葉が不意に頭に浮かんだ。それを振り払うようにディークは首を振った。


「どうしたの?ディーク…」


「いや、目に砂が入っただけだ。しかし今日の天気も荒れてるな」


「そうね…」


ディークはイディオが去ったあたりの方角を見たが、

そこはもう砂が風で強く渦巻き殺風景な景色以外は何も見えなかった。










ここはセブンズの本拠地でもあるワシントン・コロニーのある人物の部屋である

それなりの地位を持つ彼であったが、部屋には机とベッドくらいしかなく監視カメラも置いていない

彼は指定の時間通りにここにきてある者を待っていた。そして部屋に到着して数秒後に明かりが消えて闇が部屋を覆いつくす

そして薄暗い空間の中で彼は部屋の一角に顔を向けると。そこに闇がまるで人型を形作ったような影が立っていた

その人影の顔に当たる部分から赤い光が爛々と輝き、静かにこちらを見据えていた。

『影』の存在を認めると、彼は口を開いた


「エレオス・ソイルⅢの件。システム全体を掌握していなかったジルベルその傀儡に過ぎないイディオ・ウルワ如きにハッキングが出来るとは思えない。やはりアナタが絡んでいたのですか」


『くくく…だとしたらどうする?』


まるで地の底から響くような不気味な声は複数の男性の声を合成させてノイズをかけたかのように不気味で不明瞭なものだった。


「現状であまり事が目立ち過ぎると察知される恐れがあります。彼は思った以上に勘が鋭い。シール・ザ・ゲイトに狙いを定めている今ならなおさら慎重になっています

今回の件は下手をするとセブンズが団結して一枚岩になる可能性もありました。

そうなるとアナタの存在も補足される危険性が増します

それに、エレオス・ソイルの件も仮にもし地球に落下でもしたら今度こそ人類は壊滅的なダメージを負う可能性が高い。こうも独断で動かれるのなら…」


『だからあの場所に【人形】を派遣しておいた。そして思い通りに動いてくれた

このワシがいる限りどのみち結果は変わらぬ。不服だとでもいうのか?』


「だとしてもエレオス・ソイルⅢを使うのはやりすぎでは?」


『あの人工衛星にハッキングしたのは理由がある。それに疑問など持たず、貴様はワシの言う通りに動いていればいい。

それにあの人形。戦闘能力は心もとないが潜入用としてかなり仕上がっている

容姿、身体能力、頭脳…総合的にあれに敵う人間などそう多くはあるまい

数々の失敗はあったが、人形が量産されれば貴様もさらに動きやすくなるだろう』


あの趣味の悪い人形か、と彼は思った。少なくとも「彼女」に接触させるのにあの容姿は嫌がらせにもほどがあるとは非難の気持ちもあったが、それを直訴したとしてもこの存在がその意見を汲むことはないだろう

傲慢そのものの他者の意見など聞く気はないと言わんばかりの『影』の言葉

世界を覆いつくすほどの悪意の権現、全ての人類の敵足りうる災厄、過去で根絶し損ねた戦争の欠片…そんな存在に自分は手を貸してしまっている

生まれこそ恵まれていたが自分の運命は呪われていると彼は感じていた。だからこそ多少の嫌味でもこぼすように言った


「私に貴方を止める力はありませんよ」


『そうだ、貴様は黙って協力すればいいのだ。父親の様に無残な末路を迎えたくなければな…』


「…わかっております」


男は表情の伺えない声色で返事するとその言葉の後に、部屋に明かりが灯り『影』の存在など始めからなかったかのように姿が消えていた

影が消えた後も男の眼差しは思惑に耽っているかのように不穏な輝きを宿していた。


(過去の亡霊め…)


男は胸中でそう吐き捨てた

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