2‐3 砂漠の風

「これ、よくデートする子にもらったんだ」


「ふーん。アジア風のお菓子…ねぇ」


ゴルド金貨に似たその菓子は平べったくて円盤のような形で小麦を焼いたような褐色色をしていた

少し齧ってみると食感は錠剤型の栄養剤に近く、割と馴染みがあったが味はとてつもなくディークの想像した物とはかけ離れていた

なんというか…とてつもなく甘いのだ、甘すぎる。糖分の含有量が多すぎて健康を損なわないか心配になってしまうほどに

以前サトウキビの茎を齧った事のあるディークだがそれに近いのかもしれない。甘味は若干マイルドであったが


「うまいな…向こうの人間は毎日こんなものを食べてるのか?」


「さぁな、ミルクと一緒に食べると喉越しがいいらしいぜ」


「ミルク…か」


少し前にレオスの酒場で温めたミルクを分けてもらったことがある

原生種の牛から取れた貴重なミルクだ。あれも悪いものではなかったが腹越しが悪くあまり飲みたいとは思わない

牛といえば肉も食べられるのだと聞いたが、合成肉さえ貧乏なディークには縁の無い話だ

第一食べる為に一年以上も牛に膨大な量の餌を与えたり世話をしなければならないのだ。

それを商売にしてコストに見合う成果が生まれるはずもない。ほとほと趣味の範疇だろう。

そんなものがかつて庶民でも買えるほど安価で市場に溢れかえっていた時代があったこと自体が信じられない。

ゲイルの高祖父が幼少期の孫にそんなことを話していたと聞く。


「やっぱり贅沢なんだよな、こんなのは」


「まぁ、みんな生きていくのに必死だからな」


サウロはヘアスタイルを軽く直しながら笑った。軽い口調だったが、言葉には不思議と重みがあった

彼はある意味達観しているのだとディークは思っている。全てを俯瞰的に見ていると

ある意味でサウロは荒廃した世界に絶望しているのだ。そしていつ死ぬか分からないからこそ楽観的かつ享楽的に生きている

彼が幾人モノ女の子と逢瀬しようが、自分が必死で情報屋をやっていくのにも変わらない


レオスやダイキンだってそうだ。それなりに皆が皆、良かれ悪かれ世界に向き直って生きている

前向きであれ、後ろ向きであれ見苦しくも生にしがみ付けばいつかは良い事がやってくる。それはディークの持論だった

だが、そんな考えを自分がもって良いのか分からない。彼には昔に侵した罪がある…決して許されない過去の贖罪が

それを晴らす為に、罪滅ぼしの為に自分はこうして人の為になるようにハンターをしているのかもしれない


「でもなディーク、お前馬鹿だろ」


「なんでさ?」


「この前の仕事断ったんだっけ?」


「…ああ」


この前の仕事とは、無論あの肥満気味の東洋人―――クム・ジョウグンの依頼である

彼の持ち込んだ写真に写った人物を探す依頼。あの少女の捜索をディークは断ってしまったのだ

勿論、報酬の払いが悪かったわけではない。前金として50ゴルド金貨…細々と生活するならば三年、豪勢に遊び倒すならば半年程度の過ごせる金額だった。更にあの少女を探しだせば200ゴルド金貨を支払うらしい

正直に言うと金額に目が眩みそうになった。十年間面白おかしく過ごせるどころかレオスのように店を開けるだろう

いつになるか分からないが情報屋を引退した後は、映画みたいなものを撮ってみたいという夢もある。といっても現状では機器もかなり高額で現状の収入では夢のまた夢であると言えよう

それはディークの一つの夢である。しかし引っかかることがあった


(何故、アジアンマフィアの連中があの子を探してるんだ?)


あの連中はどう見ても堅気ではなかった。実際に調べてみるとあの男は西側の貧民街マフィアの元締めらしかった

古くから住むアジアンマフィアは砂漠化していくアジア東部からの移民を受け入れて勢力を増しているらしい。恐らくは【ターロン】の下部組織だろう

そんな胡散臭い連中に手を貸したくはなかった。東洋人が指揮するマフィアは抗争を繰り返して周辺地域の住民を追い出している

東洋人自体に偏見があるわけではない。サウロはクォーターであるし、あの少女も東洋の顔立ちが濃い容貌をしていた

しかし、無秩序に暴力を古いハンターギルドでさえ手を拱いている連中に素直に協力する気になれないのが理由の一つ

もう一つはディーク個人の感傷だった。金の為に自分の品性を売りたくなかったのと、彼女への恩義を感じていたからだ


(俺もあの子がどこに行ったのか知らない。しかし無事であって欲しいとは思う)


黒い外套を着た黒髪を持つ少女。彼女がいなければ自分達はダイキンのエクステンダーに潰され命を落とし、こうして友人が差し入れた贅沢品の菓子折りに舌鼓を打つことも出来なかったかもしれない

つまり、こうして自分が生きていられるのは恩人である彼女のお陰なのだ

何か困っていたら恩を返したい、礼を言っておきたいという気持ちがある。あのまま別れたのではあまりに呆気ない


「やっぱ甘いよ。お前」


「うーん…やっぱりそうなのかもしれないな」


「でも、お前のいい所で煮えきれないのは嫌いじゃないぜ」


友人の言葉を素直に受け取れない自分がいることを自覚しながら、彼は円盤型の菓子を一気に頬張る

甘さ感じつつ口の中にあるそれをもぐもぐと噛み砕く。自分はこの【クッキー】という食べ物みたいなのかもしれないと思った







ここはあの街から離れた荒野。向こう側は既に砂漠と化していて風に揺られた砂の波濤が様々な文様を描く

それはまるで天然のオブジェであった。死を司る灼熱の午後の太陽が砂に照り返し砂漠全体が黄金のように輝いていた

裕福で上の心配が無い人間が見れば、何か胸に来る思いを抱くかもしれない。それほどまでにこの光景は感動的に見える

しかし、この砂漠は地球上に広がり今もなお人類の生存権を脅かしているのだ。アウターに砂漠化を防ぐ具体策は基本的にノープランである


「……」


その人類の脅威となる毒素を含んだ砂で構成された、黄金の絨毯を近くから見下ろす影があった

外套はすっかりと頭まで被さられており、明確にその人影の正体は判別が付かない

フードは直射日光から肌を守る目的の他に、本人の顔を隠す意味もある

表向きでは彼女は既に『死んだ』人間であるのだ。いや、実際には本当に死んでいて体だけ動いているのかも知れない

自分が生きているのは、ある目的の為だった。そのために今は黙している訳にはいかないのだ


皮で作られたブーツが砂地に足跡を刻む、そして風に運ばれた砂がそれを消していく

その様子はまるで自然さえもが彼女の存在を忌み嫌い、痕跡すら残さないように抹消しているようでもある

人類は自然と共に共生していた筈だった。しかし地球にとってほんの僅かな時間で彼らはそれを壊していったのだ




―――――ブウウウウウウウウウン




はるか上空を鉄の翼を持つ巨大な飛行艇がエンジンの唸りをかすかに響かせ、青い空に漆黒に染められたシルエットを晒す

それはインナー…つまりコロニー側の人間が送り込んでいる偵察機ドローンである

アウターのハンターギルドにセブンズが伝えた条件はこうである。

砂漠化の原因の調査目的で街の近くに着陸しないことを条件にこうして人里離れた空域に飛行艇を飛ばしているのだと

しかし、それは建前でありこうしてアウターに攻め込むための地形調査を行っていると市民の間では噂されている

彼女はフードの奥から遠くに過ぎ去っていく黒い翼を見つめた。何かをじっと観察するように

あの機体と同じ色の瞳に一瞬だけ様々な感情があぶくの様に浮かび上がるが、それもすぐに消えてしまう


「…」


無言で彼女は踵を返した。今はここにこうしている時間は無いのだから

まずは手がかりを探すことが先決だった。彼女から全てを奪った人間に対する決定的な証拠を――――


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