2‐4 ゲイル・ゾイローズ


「おやっさん、何なんだよ…話って」


ディークは移動用のホバーバイクの調子が悪かったので呼ばれたのをついでにジャンク屋の知り合いのところを訪れていた

正式名称・ライディングホバーバイクとは移動用に良く使われるツールである。全盛期でよく使われていた二輪バイクからタイヤを無くし

これは疑似的なホバリングを可能とする簡易モジュールを取り付けた事で、タイヤ無しで砂漠でも装甲できるように設計されている

それでも荒野を抜けた向こう側の砂漠では砂が入ると機械は故障しやすいので、あまり過信は出来ないのだが

これもかつて存在していた技術の賜物でホバーバイク自体はそこまで安価ではない者の、水準以上の資産を持つ人間からすれば決して手が出ない逸品ではなかった。

更に大型車両としてホバートラックも存在するのだが、そちらは流石に生半可なカネを持っているだけの人間が手を出せるほど安価ではなかった


「ガハハ! よく来たなディーク。三ヶ月ぶりか?」


口髭を生やした体格の良い熊のような中年男が、陽気に笑いながらディークに手を振った

彼の名前はゲイル・ゾイローズ。ジャンク屋として、そして…スガベンジャーとして隠遁生活を送っている

ちなみに元凄腕のハンターで、シベリアで人を襲う巨大変異種と道具を駆使して戦っていたらしい

そして彼の右腕は謹製の義手になっている。本人はアタッチメントの取替えで作業が捗ると喜んではいたが


「正確には87日ぶりだけどな…仕事ははかどってる?」


ゲイルは義手じゃない左手を差し出してくる。ディークもその手を握って握手する

作業中だったのか、軍手を脱いだ手は少し油くさかった。仕事に生きる男の手だ、ディークはそれが羨ましかった


「ああ、この前でかいジャンクを砂漠の手前で拾ったんでな。こいつをどう使おうか、考えているところだ」


「そいつは…後で見てみたいな」


どことなく嫌な予感がしたディークだったが、ゲイルがあまりにも嬉しそうなので断れなかった

まるで古い骨董品の玩具を与えられた子供のように彼は無邪気である


「で、なんなんだ? 用事って」


「ちょっとお前さんのアイデアが聞きたくてな。新装備とかいろいろのな」


「はぁ…」


「それにどうだ? メシもあるぞ。今日は食っていけ! 少しは太れ!

どうせ、またやせ我慢して不味くて期限が切れたレーションばかり食べておったのだろう?」


「やっぱ嘘はつけないな」


ディークは苦笑しながら言う。ゲイルの言った事は間違うことのない事実だったのだ

息子同然歳をした青年の反応を見てゲイルは豪快に笑う。してやったりといった感じだ


「ガハハ! どうやら図星のようだな。まぁ、家の中に入れ。娘も待っている」


「リベアか! あいつは元気なのか?」


「おうよ、お前が来るのを首を長くして待っていたぞ! そのために料理や家事洗濯もいろいろ勉強してな」


「オヤジ、そこまでにしなよ。あんま喋りずぎ!」


倉庫の隣にある簡素なつくりの家から、日焼け気味に焼けた娘が出てきた

熊のような体格のゲイルとは似ても似つかない女性らしい丸みと細さが同居した体型

臍を出した薄着の服装からは出るところは出たくっきりとしたグラマラスなプロポーションが伺える

少女らしい清楚さと大人になる前の未成熟ながらも豊満な胸のラインが酷くアンバランスではあるが

しかし化粧っ気がない顔ときつめの釣り目と、への字に結んだ口元が彼女を必要以上に男前に見せていた

短く切った上に針葉樹の葉のように立てた髪型と額に巻いた青色の鉢巻が更に彼女から色気を排除しているのだ

二、三年前ディークがもっと女らしい格好をすればいいと口走った時、レンチ片手に追い回してきたのは彼女である事を彼は覚えている


「よう、リベア! 元気だったか?」


「ディーク。あんた、まだ情報屋なんていう食えない商売続けてたのかい?」


「情報屋だけじゃ食っていけないから何でもやってるよ」


リベアは久しぶりに見るディークを見て呆れた様だった


「まぁな。レオスさんがここを紹介してくれて、一時期機械弄りに精を出していたときも悪くなかったけどさ…」


「ハンターなんて、上がコロニーのセブンズとかいう連中と談合やって飛行機とばさせてる連中だろ?」


「それは誤解だよ。ハンターの組織はアウターの人間を守ろうとしている」


「ディーク。お人好しなあんたに情報屋なんて向いてないよ! あんな汚い連中に加担するなんて…辞めちまいな」


「……俺は」


速射砲のようなリベアの言葉攻めにディークが黙りかけた時だった。ゲイルが二人の間に割って入ったのは


「もういいだろう、リベア」


「オヤジ…」


「オレの腕の事はなるべくしてなったわけだ。それにマーガレットだって…事故なんだよ」


いきり立つリベアにゲイルは静かに、諭すように告げた

巌のような顔には先ほどの気の良い中年男ではなく、父親としての威厳を秘めていた

さすがに気の強い彼女もここまで言われては引き下がるしかない


「でもさ…」


「せっかくお客さんが来たんだ。向こうにも立場ってモンがある、あいつを立ててやれ

兄貴分のディークにお前の料理をご馳走してやれ。年長者を困らせるな、それが年下の人間の義務だ」


「…わかったよ」


唇を尖らせて不満そうにすごすごと引き下がるリベア。ディークは彼女の言いたいことが理解できた

確かにハンターは発足から百年近く経った息が長い組織だ。それに、柄の悪い人間も非常に多い

ダイキンを見ているとハンターに属する人間が全員清廉潔白で、正しい信念の元にアウターを守る正義の集団とはとても言い切れない

それに奴のような人物はダイキン一人ではない。本部から承認を得て強大な武力を持つ人間は

奢り高ぶって盗賊のような行為を行う人間もいる。ハンターギルドの庇護に入らずマフィアに保護されている地域もある

だからといってハンターギルドが存在しなければ良いという訳ではない。少なくても悪質で強力な武装を持つターロンや時折、町に入り込んでいる凶悪な変異種からアウターの住民を守っているのだ

組織力と団結力は有効な力である。ハンターギルドが強大な組織であるためにコロニー側も中々手出ししてこないのだ


(そう、だから俺はその中で生きていくと決めたんだ。なるべくたくさんの人間を守るために…)



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