第39話 怪異改善




 しゃく、しゃく、と鋏の刃が擦れる。

 音が鳴る度、足元に髪の束が落ちる。


「……風見。お前、除霊が出来る霊能者は国内に数える程しか居ないって言っていたよな」

「ああ」

「じゃあ青ヶ幾さんのあれは何だよ。ありゃ、どう見ても霊能者だろ!」

「だから、その数人の内の一人なんだろ」


 風見は欠伸をし、「寝る」と机に突っ伏した。すかさず弥彦が揺り起こす。


「凄い人じゃねェか。どうして最初から力を借りなかった」

「弥彦……」


 風見は眠たそうに顔を上げる。


「年寄りは大切にしろ。老い先短ェんだから」


 風見が寝息を立て始めてしまい、弥彦はそれ以上の追及を諦め、米山から早速回された設備関連の依頼書に目を落とした。

 その隣で、花丸が「よし、出来たわ」と声をあげる。


「ありがとうございます」

「美容室でちゃんと切り直してね」


 元の長さに切り揃えられた髪を手鏡で確認し、花丸の器用さに驚く。花丸は床に敷いた新聞紙を纏め、手際よく片付けた。

 あれからすぐに風見のために呼んだ救急車が到着して、馬榎はそのまま搬送された。それに豊後が同乗し総合棟の小部屋に戻ったのは風見と弥彦、花丸、そして麦野。

 青ヶ幾と仮屋、米山は上の事務所にて各々の仕事に当たっている。花丸はどうしても麦野の髪を切ると言ってきかず、遠慮しながらと甘えて散髪して貰った。内心、奇妙に伸びた髪は気味が悪くて堪らなかったので彼女の申し出は有り難かった。

 満足した様子で花丸が部屋を出て行くと、後には風見の寝息が静かな部屋に聞こえるばかり。嵐は収まって電気も復旧したものの、南渡各所の倒木や飛来物によって交通は阻害され、電車も始発が動くかどうかといった状況だ。

 麦野は総務から借りたノートパソコンで今日の記録を文字に起こし始める。勿論、風見の指示である。

 こんこんとノックされ、扉から杖をついた青ヶ幾が顔を出した。


「青ヶ幾さん。お身体はよろしいのですか」


 キーボードを叩く手を止め、麦野は立ち上がる。


「ええ。この通りぴんぴんしています。心労の源もなくなりましたから。残るは鏡の管理を見直す必要がありますが」

「こんな大事なモンの管理すら杜撰ってのはどうなんだ。入社するのが億劫になるぜ。辞退したくなってきた……」


 いつ目覚めていたのか、むにゃむにゃと愚痴る風見に微笑みを返す青ヶ幾の眼付きはまるで子供を見るようだった。


「いやはや、管理の不行届についてはぐうの音も出ません。心霊マネジメントシステムの後任を捜して数十年、なかなか務まる人材が見つけられずにこの老い耄れが現役で事務局に就いていたのですから。ようやく安心して天寿を全うできそうです」


 青ヶ幾がふう、と息を吐く。


「呪術が成立する前に介入出来て、本当に良かった」


 成立していたらどうなっていたのだろう。あの闇の奥底は、一体どこに繋がっていたのか。麦野はパソコンに背を向けて手帳に文字を連ねながら、それについて尋ねるか迷い、考え直した。起こらなかった『もしも』よりも確かめたい疑問が山程ある。


「どうして大量の魔鏡が工場にあるのですか? あの対の銅鏡は? 馬榎さんは『遠くが見える』と仰っていましたけれど、どうして旧診療所の天井裏に同じ物が? それにあの地下道は何なのですか? 一〇六号室は……」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に、風見は仰け反って苦々しい表情を浮かべる。


「質問が多い」

「ほっほっほ。麦野さんの質問には私が答えましょう。――まず西B工場にある沢山の魔鏡には二つの役割があります。一つは魔除けの道具としての役割、もう一つは木を隠すなら森の中という訳で、囮としての役割」


 囮。

 では真に守りたかったのは、馬榎が持ち出したあの真円の銅鏡ということか。


「あの対の鏡は〈照魔鏡〉と呼んでも構わないでしょう。古代から伝わる対の照魔鏡は、アジロの創立時に預けられた物。本来は二枚とも地下に保管されていました。しかし片方は何者かによって持ち出され紛失。総力を尽くし捜索しましたが見つからず、残念ながら私の力も万能ではありませんので……実害がなければ良しと諦めておりました。しかし最近になって、残った一枚の紛失が発覚したのです。一大事でしたが捜しようにも、もう私の老体は言うことを聞かない。それで風見さんを呼び寄せたという訳です」

「はいはい」と風見は欠伸をした。「こうなる前に俺を呼べば良かったんだ」

「長生きすればする程、意地と責任が苔生すものです。前途ある若者を巻き込むには躊躇がありました。あの地下道はアジロの負の遺産ですから」


 青ヶ幾は顔を曇らせた。


「この土地は、馴染みのある言葉を使えば〈鬼門〉の上に建っています」

「鬼門? 神域ではなく?」


 弥彦が訊く。


「どちらも正しいですな。〈彼ら〉を鬼と見做すか神とするかの違いです。ですから鬼門という表現もまた正しいとは言えません。魔、と呼ぶ者も居ます。アジロが創立間もない頃は土地の掌握が甘く、陣沼さんや馬榎主任のように惑わされる者が沢山おりました。それでも誰かがこの土地を抑えなければ、危険は拡大する。好かない言葉ですが、必要な犠牲だったのです。私もすべてに目が行き届いた訳ではなかった。多くを見逃し、手遅れになりました。例えば常駐の医師が患者を監禁し、非道な扱いをしていたことにも気付けなかった」

「じゃあ」


 旧診療所の怪談は――。


「患者は社員だけでなく勝手に余所から連れて来られていました。不自然な人の出入りを誤魔化すべく、当時まだ更地だった西B工場から診療所まで地下道を堀った。膨大の労力は執念と狂気によってのみ達成されました。とても正常な神経では成し得ません。恐らくは地下に保管された照魔鏡を奪わんとする彼らの意思も働いたのでしょう。診療所の南側は過半が地下に埋まっており窓もなく音も漏れにくく、その非道な行いは長く隠蔽されておりました」


 麦野は、青い顔の弥彦と顔を見合わせる。そんな場所をうろうろしていたのか、自分達は。


「警察沙汰だな」

「ええ。しかし捜査は直ぐに打ち切られました。閉じ込められていた筈の患者は全員消えてしまったからです」

「消えた?」

「跡形もなく。主犯の医師は証拠を隠滅した後に自殺しました。本当に主犯だったのかもわかりません。この事件は、私にこの土地の恐ろしさを再認識させるのに十分な出来事でした」


 室内が静まり返った。

 診療所にて行われた非人道的な監禁、集団失踪事件、主犯の自殺……。そんな忌まわしい事件の現場を診療所として維持し、今もなお社員寮となって存在する事実に身の毛がよだつ思いがする。


「診療所及び地下道をそのまま使用すると決めた当初、今の一○六号室がある部分は封鎖されていました。それが診療所が閉所し社員寮として改装された後、いつの間にか部屋として、そして直近では寮生の溜まり場になっていたようですね」

「そっか。寮生達がノック音だと思ったのは、地下道から反響する音だった可能性もありますね」

「どちらでしょうなあ。両方かもしれません。地下音と、霊の。そういう事情で以前から西B工場には目を光らせておりました。面接での馬榎主任が逃げ出した様子に、もしや……と思った次第。まさか久方ぶりに対の鏡が揃うとは嬉しい誤算でした。麦野さん、見つけてくださりありがとうございます」

「ぐ、偶然ですよ」

「いいえ。これは偶然ではなく必然……縁が引き寄せたに違いありませんよ。ほっほっほ」


 ひと通りの質問に答えたと判断したのか、青ヶ幾は笑いながら部屋を退出した。彼の語った話は、まるで今日見聞きした怪談を一つの因果に纏めてしまうようで何とも言い難い不快感を覚えてしまう。

 湿った雰囲気に包まれた中、弥彦が「換気しよう」と窓を開けた。


「麦野、大体で構わないから記録が仕上がったら見せてくれ」

「わかりました。もうすぐ終わりますよ」

「よし。じゃあ貸せ」


 風見がパソコンを掴んだ。すかさず麦野が奪い返す。


「『もうすぐ』だと言いましたよ。それは現時点では未完成という意味なのですけれど……」


 弥彦が横で吹き出した。


「麦野ちゃんも言うようになったね」

「そうですか?」


 風見はつんと澄まし顔で椅子に座り直した。


「早くしろよ」


 言われなくても、と心の中で言い返す。第一、こんな深夜に報告書を纏めさせるなど横暴にも程がある。こちらはつい数時間前、身体を奪われて死体になっていたと言うのに。

 ……助けて貰った恩はあるけど。



 ようやく書き上り風見が確認を終えたとき、すでに時刻は深夜零時。

 ぐうぐうと鼾をかく弥彦を揺り起こし、風見は「行くぞ」と声を掛ける。麦野も眠い目を擦って風見に続いた。

 二階の事務所にはまだ電気が点っていた。米山はパソコンに向かい、花丸は夜食のドーナツを食べ、その隣に青ヶ幾が座り、少し離れた机で仮屋はうつらうつらと船を漕いでいる。


「また探偵の真似事か」


 三人の入室に気付いた仮屋が、欠伸を噛み殺して言った。


「探偵じゃない。心霊マネジメントシステムの事務局から監査報告だ」

「まだ入社していないから正式な事務局じゃない」


 どんなに眠くても厭味は忘れないのは感心する。「まあまあ」と弥彦が仲介に入った。


「じゃあ、あたしから、風見君に依頼されていた件だけど――」


 花丸がドーナツを片手に挙手をした。


「――西B工場の一階倉庫が、以前は施錠されていなかったという話の真偽について。結論から言うと事実だったわ。あの倉庫は出入り自由だった。総務では把握していないけれど、西B工場の社員が当番制で鏡を拭いていたというのも本当じゃないかしら」

「それでどうして今は施錠されている?」「約十五年前、電子錠の設備とそれに付随する警備システムが導入されているの。どうやらその際に、西B工場の施錠箇所が変わったみたい。元々は倉庫の奥にある扉……つまり地下道の扉が施錠されていたのに、前室の倉庫に新しく電子錠が付けられた。警備範囲が広がったのね」


 あの倉庫が禁足地となったのは十五年前からだったのか。それを大昔と思うか最近のことと捉えるかは難しい。


「警備範囲の変更理由は?」

「記録が見あたらないのよ。設備部にも無かった」

「情報システム部には? システム管理には携わっている筈だ」

「当時はまだ発足したての部署で、設備関連には殆ど携わっていないみたいね」


 風見が呆れて首を振った。


「成程ね。これではっきりした。一連の怪異の原因は、十五年前の電子錠及び警備システムの導入時に発生した警備範囲の誤認によるものだ。つまり総務部と設備部を主管に行った業務に落ち度があった」

「落ち度だってェ?」


 むっとした口調で仮屋が言う。


「どこかの部署に責任を擦り付けたいから適当に言っているだけじゃないだろうねェ?」


 仮屋の横槍に風見は、ふんと鼻を鳴らした。二人の様子を麦野はハラハラして見つめる。


「そんなつもりはない。ただ、どんな些細な決まり事にも理由があるという至極当たり前のことを指摘しているのさ。仮屋課長。お尋ねしますが、現場でいちいち指差し呼称をするのはなぜでしょうか?」


 わざとらしい敬語だ。


「……常識だ。ヒューマンエラーを防ぐため、安全衛生管理の一環だ」

「口五月蠅く整理整頓を命じるのは?」

「それも安全の面から怪我防止、それに品質的に製品へのコンタミを防ぐ意味もある」

「大雨のときに門や雨水口を閉じるのは?」

「万が一油や溶剤が零れたときに雨水が溜まっていると外への流出速度が上がって、環境法の基準に違反する可能性があるからだ――って何が言いたい?」

「うんうん。心霊マネジメント的にも災害時はすべての出入口を閉ざすのがお約束だね。悪霊から守るには結界を張るものだし、ゾンビにはバリケードがある程度は有効だし、吸血鬼は招かれないと入れない」

「ああもう……まともに答えた俺が莫迦だったねェ……」

「俺は至って真面目だぜ。マネジメントシステムの仕組みはどれも概ね同じだし、その仕組みを動かすために様々な規則が定められている。アジロの奇妙な風習も規則の一つ――超自然的なリスクを小さくし、危険を防ぐために定められている」


 六人の視線を集め、風見は事務室を練り歩く。


「魔鏡は神器であり、呪物だ。そういう道具は厳重に仕舞っておくという管理方法もあるが、誤って誰かが触った場合に封印が解かれるリスクを内包することになる。呪物と知らずに触れてしまって呪われるとかいう怪談を聞くだろ。だからアジロの場合、その対象を隔離するのではなく、日常の中に取り込むことで中和する手法を取ったんだ。そうだな?」


 青ヶ幾は深く、ゆっくりと頷く。


「風見さんの推測は正しい。人間の営み――〈生〉は常に〈死〉より優位にあります。この禍々しい土地の上に村のような会社を興したのと同じ思想ですな」


 それでは、つまり……。


「倉庫が警備されてしまったことで、知らず知らずに管理方法が中和から隔離に変わってしまったということですか」


 麦野は手帳に書き込む手を止めないまま尋ねた。


「そう。そして誰にも使われず、磨かれることもなくなった鏡はやがて穢れを集め雲外鏡と化した頃合いに、馬榎がたまたま非常用鍵を入手して倉庫に立ち入り、陣沼まで招き入れてしまった。尤もその偶然すら呪いの一端だったのかもしれないな。それが呪術の発端だ」


 管理職候補となった馬榎が非常用鍵を与えられたとき、それまで立ち入らなかった倉庫の存在が目について確認したとしてもおかしいことではない。


「じゃあ僕が目撃した馬榎主任と陣沼さんは」

「すでに魔に憑かれていた状態だったのだと思います。最初に馬榎さんが各所に鏡を配置したのは、陣沼さんの症状を慮ってのことでした。それなのに……」


 麦野は唇を噛む。二人の関係性は、魔によって歪められてしまった。


「けれど、わからないわ。どうして麦野さんが狙われたのかしら」

「面影が少し自分に似ていたとか、そんなところだろ」


 その点においてのみ風見は適当に濁した。麦野には薄らとその理由がわかる。陣沼と麦野は、恐らくどちらがどちらの立場でも成立したのだ。鏡に映った像のように、同じで、けれど同じではない……凹凸が嵌ったように。

 花丸達は麦野のことを呪いに巻き込まれた被害者と思ってくれているけれど、麦野自身は、自分が完全な被害者とは思えずにいた。


「何にせよ陣沼が麦野を『自分の正しい形』と思い込み、鏡を通じて麦野を監視出来るまでになったのは、すべて鏡の効力……魔の暴走だ。そして麦野を乗っ取る最後の仕上げとして、一○六号室の鏡の前で自殺した」


 彼女を一○六号室に導いたのは、消えた患者達なのか、それともこの土地に棲まう〈彼ら〉なのか。


「陣沼の死後も、麦野ちゃんは陣沼を鏡に見続けた訳だよな……。今日、麦野ちゃんがアジロに来なかったらどうなっていたんだ?」

「この呪術は物理的な距離を超える。いずれ陣沼に乗っ取られていただろう」


 ぞわりと、本能的に肌が粟立った。


「ここまでの被害が出た以上、アジロは心霊マネジメントシステムの有効性を保てているとは言えない――つまり〈不適合〉の状態だ」


 その言葉を聞いた仮屋は、うっと露骨に厭な顔をした。


「厭な単語を持ち出すじゃないか。何を言い出すつもりだろうねェ……」

「事務局からの具体的な指示は三つだ。一つ目は西B工場の施錠箇所が変わってしまった原因の追及と、次回電子錠を取り替える際に同じことが再発しないよう手順を定めること。

 二つ目は、施錠箇所の変更及びそれに伴い当番制の規則が消滅したのについて西B工場の誰も指摘しなかった原因の調査。

 最後に水平展開として、同じようなことが西B工場以外で起こっていないかの確認。これは施錠箇所だけでなく他の規律や習わしが自然消滅していないかも含めて調査するように。以上――」


 風見はすうと息を吸った。


「――改善の余地あり」


 仮屋は苦虫を潰したような顔で「指摘事項は書面でも寄越すように」と呻いた。


「指摘は理解したわ。でも各工場の風習に関しては総務もすべて把握している訳じゃないから難しいわね。仮屋課長は――」

「俺も把握していない」

「――ですって」と花丸が困って眉を寄せる。


「簡単だろ。内部監査を行えばいい。心霊マネジメントシステムの内部監査を」

「誰が?」


 全員が風見を見る。青ヶ幾も。


「……俺だろうな」

「自分で指摘を出しておいて、自分で後始末するのか。まァ、仕事ってのはそんなモンだよな」


 弥彦が風見の肩を叩いて笑う。

 頭を掻く風見の後ろ姿を見て、麦野はふと彼を遠く感じた。風見はいよいよアジロの一員なのだ。明日から、風見は西B工場を始めアジロ全体を是正し改善していくのだろう。今日一日を通して彼がそうしたように。怪異も、怪異ではないことも。

 そこに自分はいない。自分は部外者だ。夜が明ければアジロを出て、願ってやまなかった普通の日常に戻る。……そんな当たり前の事実に、胸がぎゅっと苦しくなった。


「では今後の方針が決まったところで、皆さんにはもう一仕事お願いします」


 全員、驚いて青ヶ幾の顔を見る。


「こんな深夜に、他に何の仕事を?」と仮屋が尋ねる。


「約束は守らなくてはね。ほっほっほっ」



   *



「じゃあそろそろ」と花丸は腕時計を見た。

「面接の準備は整っていますからノックをして入室してください」


 花丸は指を三本立てた。その隣で弥彦が「頑張れよ」と微笑む。

 麦野は会議室の扉に腕を伸ばす。入室時のノックは三回、就職活動の基本だ。


 こん、こん、こん。


 麦野が入室すると、長机に並ぶ四人の面接官が各々の反応を示した。仮屋は欠伸を嚙み殺せずに口を開けて頷き、その隣の青ヶ幾はにこにこと笑みを浮かべ、米山は緊張した面持ちで眼鏡を掛け直し、風見は机に突っ伏して寝息をたてている。


「今夜面接をやらなくても良いのでは……青ヶ幾参与。ふわあ」


 仮屋は欠伸が止まらないようだ。


「麦野さんはわざわざ遠くから来られているのですよ。何度もご足労いただくのは失礼です」

「風見さん、起きてよ」


 米山が小突くと、寝息が一層深くなった。

 一番端の席は――空だ。

 すべてが丸く収まった訳ではない。しかし、もうここに会議室の幽霊は居ない。その代わりに露わになった悪質な魔も、遠い彼方へ帰された。

 麦野自身、憑き物が落ちたように視界が拓けていた。実際に憑かれていたのだから半年ぶりに自分を取り戻せたと言える。

 重ねた両手をきゅっと握り、麦野は明るく声を上げた。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。改めまして、麦野日和と申します。よろしくお願いいたします!」

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