第20話 夜は静かか
お前、それは――
何だよ――そんなこと――
でも――
そういえばさ――だっけ?
うんっ。もう朝かい。いや、まだ暗いねえ。月明りくらいかしら。でも、うるさいねえ。寝られないよ、これじゃあ。多分、あれだねえ。最近、特に酷いねえ。ちょっと、言わないとね。あんまり、そういうことはしたくないんだけど仕方ないねえ。うっ、寒い。春のはずなのにねえ。目をこすりながら電気をつける。
たしか、先週のサタデーに広告出でたかしら。まだ机の上に置いていたはず。あ、あったあった。居酒屋ゑがを。小さな字で書いてある番号を固定電話に打ち込む。何て言えばいいかしらねえ。こういうのやったことないから分からないねえ。まだ出ないわねえ。こういう飲食店はすぐに出るように教育されてると思うんだけど。もしかして私、かけ間違えた――あ、つながったわ。
あのねえ、通りでうるさいのがたむろってるのよ。多分、そちらのお客さんだと思うから、ちゃんと言ってくださいね。うるさいったらありゃしない。
ふぅ、最近こんな風に文句みたいなこと言ってなかったから、よく分かんないけれどこんなんでよかったのかしらねえ。まあ、伝わったと思うしいいですかね。あ、店員さんが何かおっしゃるかもしれないのに切ってしまったねえ。まあいまさら言ったところでどうにもならないねえ。仕方ないね。寝るとしましょう。
めずらしいことだ、明子さんがあんな風にまくし立ててしゃべるのは。わしもあまり聞いたことがない。よほどうるさいのが嫌いなのかねえ。そんなことなかったはずじゃけど。どちらかと言えばにぎやかな方が好きな人だったと思うがねえ。たしかに寝るときに騒がしいのは嫌だけれど。あそこまで強く言うほどかねえ。
政人はもちろん自分の最期をあまり明確には覚えていない。病院で最期を迎えるよりは慣れ親しんだ自分の家で、という要望は伝えていて、実際そうなったのだが死に際は意識が混濁していて隣に座っていた明子の手を握り返すので精いっぱいだった。あの日から明子は騒音というのがダメになった。特に静かなときの騒音が。お祭りのときのガヤガヤなどは問題なかったのだけれど。
明子は必死に政人に話しかけていた。そばには医者も控えていた。何度も名前を呼び、手を強く握ったりしながら。そんなことを繰り返しているうち、一回だけ政人は目を開けた。彼の口が動いたとき、道路を複数台のバイクが駆け抜けた。政人の顔は笑っており何やら満足気だった。明子はバイクに腹を立てそうになったが、それよりも大切なことがあったし、バイクで音を出すのは楽しいもんだと若かりし頃の政人が言っていたことも同時に思い出した。
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