第19話 おやすみなさい

 うーん、自分で言うのもなんだけど美味しかったねえ。味付けがよかった。濃すぎず薄すぎずって感じかねえ。でも、多分薄いんだろうねえ。前、あの子たちに食べさせたときも薄いって言ってたからねえ。年寄りには分からないんだねえ。というか、これくらいがおいしいと思うようになるのよ。あの人もそうだったから。二人でもうちょっと薄くてもいいかなあ、なんて晩ご飯のたびに言ってましたね。


 さて、お皿を洗うことにしましょうか。あれだねえ。一組か二組かで洗う手間ってのも全然違うものなんだよ。こうやって流しに立つ時間も短くなったしねえ。それは洗うものが少なくなったからだけじゃないんだろう。あの人がいたときは、こうやって洗ってるときも色々と話をしたものだから。どこに生えてる花がきれいだったとか、逆にあっちの花が枯れてしまっていたとか、あそこにビルが建ったとか、新しい花屋ができたとか、そんなことを言っていた。体調が悪くなってからは椅子に座りっぱなしだったりしたけれどね。


 夜ご飯って言っても年寄りの朝は早くて、夜も早いものだからどちらかと言えば夕ご飯っていう感じだったねえ。それは今もそうだけれど。今日も七時までにお皿洗い終わったわね。よし、手際よかったね。もう、寝る準備をしようかしらね。じゃあ、ここの電気は消して寝室に行くとしようかね。一人の家はどうにも広くて歩きやすい。誰かとすれ違うこともないんだから。


 年を取ってからはお風呂に毎日入ることはなくなったねえ。危ないからってあの子が許してくれないんだよ。俺が来た時にしろって聞かないのよ。まあ、そうやって言って本当に週に数回来てくれるからありがたいんだけどね。週末には孫たちを連れてきてくれることもあるし。えっと、パジャマはどこにやったっけね。ああ、ここだここだ。座椅子上に干したままになってるよ。それで、この服は明日洗濯しなくちゃいけないねえ。外にも出たことだし。


 あら、今日はちょっと畳み方が雑だったかしら。真っすぐに布団がなってないねえ。何か急いでたかしら。いや、そんなことはなかったと思うけどねえ。まあ、敷くときに直せばいいだけだけどね。あとからでも何とかなるものなのよね。大概。


 じゃあ今日も、これでお終いだね。何も起きませんでしたよ。私は無事です。政人さんのおかげですね。おやすみなさい。


 明子さんはそっと紐を引っ張って電気を消した。そのまま掛け布団をかぶって目をつむった。顔の下まで布団をぎゅっと持ってくるのは変わらないね。じゃあ、おやすみなさい。

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