第18話 好きなものと嫌いなもの
カラス自体は嫌いじゃないんだけどねえ。
例えばこの黒い羽。世の中の羽ってのは艶やかなのがいいとされてるけど、中々羽が艶やかなカラスってのはいないよねえ。でも私は好きだよ。このマットなカラスの羽が。ベタッとした黒色。どの角度から見ても全然キラキラしてない。何もかもを飲み込んだような黒。なんていうんだろうねえ。私のころは黒の絵の具なんて無かったから、赤とか青とか黄色とか混ぜて黒を作ったものだよ。うん、そんな色に見えるんだよ。
それにさあ、この動き方。ぴょんぴょん跳ねたりとことこ歩いたり。スズメはぴょんぴょん、ハトはとことこ。その両方をこの子たちはできるんだよ。その恰好がかわいくてねえ。人に嫌われている鳥の代表だけど私は嫌いじゃないよ。あと眼のギラギラした感じ。生に貪欲な雰囲気。こっちをじろっと見てくるあの眼。まあ眼を合わせてくれることはないんだけど。
っといけないねえ。こんな道の真ん中で、ぼおっと立ち止まっちゃ。怪しいおばあさんになっちゃうよ。うんうん、今からどこうかね。じゃあ、あんたたちもがんばるんだよ。私はそこのお店で色々買ってくるからね。
おお、峰さん、元気かい。
ああお陰様でね。
そりゃそりゃ。
あんたほどの元気はないけどねえ。
褒めてくれてんのかい。
まあ、そういうことにしてやるよ。
峰さん、ありがとうね、今日は何にしやしょ。
ああ、そうだったね。えっとね、鯖でいいの、あるかい。
はいはい、鯖はねえ、ちょっと待ってなよ。
威勢のいいおっちゃんが店の奥の方にちょっと入ったかと思うと徐にしゃがみ込んで何やらごそごそしている。そこにはどうやら発泡スチロールの箱がいくつか置いてあったようで、その中の一つを手に抱えて戻ってきた。
はいよ、これなんてどうだい。
左手で箱を持ったまま右手で蓋を外すとそこには色のいい鯖が鎮座していた。
おお、たしかにこりゃいいねえ。きらきらしとる。
そうでしょう、お目が高い。
でもさあ、のぶちゃん。私もう一人なんだよ。こんなおっきいのはちょっとねえ。
うーん、確かにそうか。
残念だけどねえ。
じゃあ、こうしよう、特別だ。
ありゃ、女は特別なんて言葉に弱いよ。
はっはっはっ、面白いこと言うねえ。今から捌くよ。何にしたいんだい。
味噌煮もいいかと思ってたんだけど、この感じだと勿体ないから、塩焼きだねえ。
じゃあ、一番いいところを一切れ切り身にしとくよ。特別だからさ。
ふふふ、そんなこと言ってもなんも出ないよ。
じゃっ、ちょっと待っててな峰さん。
あいよ。いつも悪いねえ。
この日の明子さんの晩ご飯はそりゃあ、おいしそうな塩焼きだったよ。わしも食いたいねえ。というか明子さんとまたご飯が食べたいねえ。でも、早くこっちに来いとは言えないし、そんなことは望んでない。
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