第17話 うるさいのがどうにも

 今日の夕飯は何にしようかねえ。お魚が食べたいわね。魚八に行っていいのが無いか見てきましょ。鯖があれば味噌煮にしようかしらねえ。それともシンプルに塩焼きにしようかねえ。鍵はかけなくていいね。ここ田舎だしねえ。野菜でいいのが売ってたら付け合わせにしましょ。味噌煮にいいのがあるかもしれないし。


 そのまま本当に鍵をかけずに家を出ていってしまった。服を着替えることこそしないが、薄汚れたりはしていなくてまったく嫌な感じがしない。服装全体というか身のこなしから上品さを感じさせるのである。歩道を一人で歩いて行くさまは決して寂しそうでもないし、上の空という感じでもない。ただ、地に足をつけて前に進んでいるという感じだ。でも、その歩みは決してただの移動手段ではない。目的地はある

がそこまでの道のりもまた同じように目的なのだ。現に今だって公園の藤棚のようなところに咲いている花に目を留め公園の中に入っていった。


 はぁ、きれいだねえ、このむらさき色は。きつすぎないけど菫色とはまた違うねえ。芯のある感じがする。淡いのだけれど周りに埋もれることはない。埋もれまいという気概すら感じられる。いいねえ。こういう色の服好きだったわねえ。


「おやまあ、かわいいワンちゃんだこと」

「だって、マロン。ねえ、よかったねえ」

「マロンちゃんっていうの」

「ええ、この色がかわいくて」

「そうだねえ、たしかに栗みたいにいい色だよ」

「じゃあねえ、バイバイはマロン」

「きゃんっ」

「はあい、ばいばいねえ」


 いやあ、かわいいねえ。うちではワンちゃんは飼わなかったからねえ。でもあの子はおとなしそうだったねえ。まあ、いまさら飼い始めても私が責任もって最後まで見てやれないかもしれないからねえ。えっと、何だっけな。そうそう、お買い物、お買い物。おや、にぎやかな声がするねえ。黄色い帽子が並んで信号待ちをしているじゃないの。子どもたちがわちゃわちゃしてるのを眺めることほど和やかなことはないねえ。お、信号が青になったよ。みんな真っすぐに手を上げててえらいねえ。こっちまで背筋が伸びるよ。


カア、カアカア カアカアカア


 あらま、商店街の入り口でカラスが鳴いてるじゃない。最近見ないと思ったらこんなところにいたのねえ。家の周りが静かなのはいいんだけど、ここじゃ店の人たちがかわいそうだねえ。どうにかならないのかしら。


カアカア カアカア カアカア


 ありゃ、私のことに気づいたのかしら。急にせわしく鳴いて。ああ、やっぱりうるさいねえ。こりゃだめだよ。

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