第13話 声が明るいっす

店長、遅いっすよ~。

ああ、悪い悪い。道が混んでてな。


 裏口から入るとバイトリーダーの梶が軽くそう言ってきた。こいつはかなりやり手ですぐに仕事は覚えるし人当たりもいいし、厨房でもホールでも大活躍だ。しかもサークルに入ってないとかでシフトに大量に入ってくれるから俺としても大助かりってとこ。とりあえずロッカーに荷物を置いて制服に着替える。居酒屋のいかにもといった感じの黒基調のエプロンだ。


梶ー、仕込みどこまでやった。

ええと、玉ねぎとか切った感じですね。肉はまだっす。

オッケー。

店長、なんかいいことありました?

え、うーん、まああったっちゃあったかも。なんでだ。

だって、なんか機嫌いいんすもん。あっ、いや、別にいつもはぶすっとしてるって言ってるわけじゃないすよ。

ああ、分かってるよ。そんな俺分かりやすいか?

声がなんか明るいって感じですかね。半音高いみたいな。

おー、そうなのか。ま、自分では分かんねえが。今日もがんばるか。

そっすね、土曜ですし。


 ちゃんと土曜だからとかいうことを念頭に動けているのは流石バイトリーダーという感じだ。あと、声から人の調子を推し量るところなんかはやっぱり人当たりがいいとか、そういうところに通ずるのかもしれない。

 いいことか。まあ美代のことだろうなあ。久しぶりにちゃんと話ができたし一緒にテレビも見た。あのあと同じタイミングで寝て俺は十時に起きた。そのときもまだ美代はすやすやと眠っていた。生来白いであろう肌が陽の光にきらめいていた。三十代も後半になったとは到底思えなかった。私が前のめりになって布団から覗くその顔を見ていると、一瞬美代が目を開けた。気がしたけれどそれは気のせいだったみたい。だけど美代はうっとりと笑っている。多分、楽しい夢でも見ているんだろう。それに最近はろくに寝れてないって言ってたし。そんな美代に微笑みかけて俺はとりあえずトーストを焼いてアイスコーヒーを飲んだ。そのあと寝間着から着替えてカバンを持って、寝室に戻って美代に行ってくるねと言って出てきた。行ってらっしゃいって言ってほしかったけど、せっかく寝れてるのに邪魔したくなかったから、そのまま静かに家を出た。鍵も静かに閉めた。

 こんな風に順を追って一つひとつ思い出せるところから考えると、俺よほどうれしいんだろうなあ。っていうか俺のくだらない毎日より美代のちょっとしたことの方が俺に大切ってことだろうな。


店長、唐揚げの肉終わりました?

あと二切れだ。

了解です。


 いつの間にか厨房には大学生のバイトくんも入って来ている。自分と俺以外が来るとちゃんと敬語を使うところがやっぱり梶らしい。

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