第11話 川沿いの別れ

 この部屋は狭くて物置にしてもいいくらい。その代わり寝室は二人のベッドが置いてあって広い。ここに引っ越すときにダブルベッドとどっちがいいかそれとなく聞いたら二つがいいって美代が言ったのを思い出す。電気を消して廊下に出る。春になったとはいえ夜は冷える。まだテレビの音が微かに聞こえる。でもどうやらかなり終盤らしい。俳優の顔がアップになってエンディングが流れている。おやすみを言いに行きたい気持ちとクライマックスを邪魔しちゃ悪いという考えがぶつかって結局、顔だけでもリビングに見せに行くことにした。音を立てないようにそうっとドアを開ける。


『なんでなの、ねえ、なんで』

『ごめん、ほんとにごめん』

『そういうことじゃなくて』


 代わる代わる俳優と女優のバストアップが現れ、女優のセリフが終わったところで画面は全体を映した。そこは大きな川の側の遊歩道だった。日が暮れようかという空の色はいわゆる修羅場を前にしても美しかった。


「ねえ、寒い」

「えっ、あっ、ごめん」


 慌ててリビングに入りドアを閉める。いけないいけない。ついついドラマに見入って立ち尽くしていた。肝心の画面は一時停止されているみたいで、それが録画だと今気づいた。流れていかない白い雲にも申し訳ない気がして、悪い、じゃあおやすみ、と言って部屋を出ようとする。


「え、見て行かないの」

「ん?」

「いいじゃない、一緒に見よう」

「じゃあ」


 そう言ってテレビの方へ行く。美代がここにどうぞと言うように腰を浮かせて横にずれた。そのままの自然な流れで俺は横に座った。思ったより距離が近くて、そのことに気づいた美代はリモコンの再生ボタンを押した。


『本当にごめん、これ以上の言葉が見つからないし、これ以上は言えない』

 急に男がよくしゃべる。女は何かに気づいたのか諦めたのか、特に何も言わなかった。その様子を見た男はこれ以上は言えないと言ったものの何かを重ねて言いたそうだった。でも女が男の口が動く前に言った。


『じゃあ、最後に私の好きなところを言って。いや好きだったところかしら』

 自分が外にいることを分かった上で言っているのか、それすらも頭から抜けているのかもしれないが、女は言った。男は必死に言葉を紡ぎ出そうとする。頭の中で何かを考えていることがよく分かる。二人の周りを通行人たちが素知らぬフリをして歩いていく。男は心が決まったというように口を開いた。


『待って。やっぱりいいわ。今までありがとう』

 女は小さいながらもよく通る声でそう言い放った。そのまま後ろを振り返ってすたすたと歩いて行った。棒立ちの男の姿に字幕スーパーが重なって流れていく。そのままテレビはネットで今までの話を配信中というような宣伝を流し始めた。美代はリモコンの停止ボタンを押した。

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