第10話 落ち着き
ビールが飲みたくて一口もらったという本能的というか素直というか、そんな自分に気づいたのか少し恥ずかしそうに美代はテレビの方に向き直ってカーペットに座戻っていった。俺は自分のいすに座った。そのまま美代の隣に座ってもよかったのだけれど、それは俺もなんだか恥ずかしかった。そんな動揺を気取られないように澄まして聞いてみる。
「寝れなかったのか?」
「まあね」
なんだ、随分そっけないなんだなと思ったけれど、首を少し右に傾けて美代を見るとテレビに熱中しているフリをしているらしいことに気づいた。普段、体育座りでテレビを見ていることなんて無い。なぜなんだろう。照れ隠しなのだろうか。だとしたら何に照れてるんだ。まあこんなこと考えても分かんない。気にしてても意味ないし、そんなことより美代のことが心配だ。
「ここ最近か?」
「あ、寝れてないのがってこと?」
「ああ」
「昨日も一昨日もろくに眠れてないかな」
「そうか。別に俺が起きてても寝たいときには寝てくれな」
こう言ったあと、まるで美代が自分が起きていたら寝ずにいっしょに居てくれると考えているみたいで傲慢だなと思った。だから、いや今のは傲慢だったとか思い上がりだったとか言おうとしたけど、それはそれで惨めな気がし――
「ありがとう、これ見終わったら寝ようかな。明日も仕込みから?」
「ああ。多分帰りも遅くなる」
「分かったわ。あなたも大変ね。おつかれさま」
「ありがとう」
ビールを飲み終えたから空き缶を流しに置きに立ち上がる。そのまま書斎——というほどでもないけれど――に戻ろう。缶がステンレスの流しに当たった音で美代が一瞬こっちを向いた。でも、ドラマが佳境のようで目線はすぐ画面に戻った。それがうれしかった。
ガチャ
大して物のない部屋は狭いにも関わらずガランとして見える。とりあえずいすに座って机に肘をついて頬杖をつく。特に何か悩みがあるわけでも何でもない。仕事が忙しいのも迷惑な客がいるのもいつも通りだし美代のテンションが不安定なのもいつも通りだ。そう思ってからいつも通りと言い切るのは失礼だなと思った。机の上にはいつも目に入る位置に写真立てが置いてある。結婚して一、二年の頃に二人で牧場に行ったときのものだ。自分のぎこちないピースと美代の女神のような微笑みが一緒に太陽に照らされている。後ろにはポニーがいる。たしか飼育員さんか職員さんに撮ってもらったんだったな。
ってこんな感傷に浸っている場合ではない。明日の服を準備して眠ることにしよう。もう三時前だから。
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