第四話 ずるい女

LINEを開いて入力欄に文字を打ち込んではまた消していく。前まではしょうもないことでもLINEしてたのに。

はぁ…

私。月葉は大きなため息をつく。


ユウからは「どうした?大丈夫か?もしかして怒らせちゃったか?」という旨のLINEが来ていた。

優しいなユウは…


あーあどうしよう…どうするのが正解なんだろう…


私はうなだれてベットに寝転んだ。


幼稚園生のころ一人でアリを眺めているユウと出会った。

ユウは人見知りがすごいのか誰とも話さず笑顔を見せなかった。しかしアリの行列を見ているユウは微笑んでいた。

思えばこの頃からなのだろうユウのことが気になり始めたのは。

そして私は小学生に上がる前にユウに声をかけた。


「虫好きなの?」


私が声をかけるとユウは少し驚いたようにこちらをむき顔から微笑みが消えた。

それから私が小学生になっても毎日ユウに話しかけていると彼は警戒を解いたのか表情は段々と豊かになっていった。そしてそれを知っているのは自分だけ。そんな優越感に浸っていた。そして今でも忘れない小学生3年生のころユウに一人だった時に話しかけてくれてありがとうと、はじけるような笑顔とともに告げられた。そのはじけるような笑顔を自分だけのものにしたいと思った。そう私は初恋をしたのだ。

そして私の初恋は終わった。それもユウを傷つけてしまうという最悪の形で。


だから傷つけたくない。もうあんなに辛そうなユウを見たくない。あの時決めたのにユウをこれ以上傷つけたくないのに。また私はユウを好きになってしまった。隣にいたいと願ってしまった。

こんな自分が大嫌いだ。


          *

「うーむ」

「何難しい顔してんだよシワふえるぞ。おじさん通り越しておじいさんになるぞ」

「なぁ。それもう少しオブラートに包まないのか?」


するとシンはニヤリと笑った。こいつはこいつなりに心配してくれてんだろうなぁ…

月葉逃亡事件から一夜あけた。

あのあと月葉にLINEを送ったが既読無視されてしまった。

怒ってんのか?あいつ…でもそういう表情に見えなかったしなぁ…

かと言ってあれだけで帰るほど照れるか?

うーん。俺の脳をフル回転させてもそれらしい答えが見つからない。


「シーン…」

「んだよ?」

「いちごオレ…」

「飲めば?」

「奢って…」

「え?やだけど?」

「おいちょっと待て裕作そのうるうるとした目で俺を見るな」

俺は構わずシンを見つめる。


「わかった!わかったから!」

「よっしゃぁぁぁ!」


シンは財布を持つとため息をつきながらいちごオレを買いに行った。なんやかんや言いながら買ってきてくれんのか。いい奴やな。


もしかしてあいつ具合悪かったのか?

だとしたら!耳があんなに真っ赤だったのは照れてたからじゃない!無理して熱が上がったってことじゃないのか。そしてLINEは具合が悪くて返せなかったと


一応全ての筋は通る。気がする。多分。


よし今度あったら気づかなくて悪かったとでも謝っておこう。そうだな。うん。解決。

そのタイミングでいちごオレをもった天使(慎太郎)が降臨した。


「おら」

「神様…」

「崇めろ裕作。貴様は神の前にあるのじゃぞ」

「神様仏様慎太郎様」

「ふはははは!」


ちょろいぜ。なんて思いながら俺はいちごオレにストローを刺した。そのいちごオレはいつかの甘ったるくて幸せな味がした。


昼休み、俺は慎太郎に誘われて学食を食べにしていた。

ここの学食では唐揚げ定食がうまい。外はカラッと中はジューシーでとても美味しい。マヨラーの自分としては唐揚げにマヨネーズをつけて食べるのが最高だ。

俺は唐揚げ定食を持って食堂内の端の方にある席に座った。すこしするとうどんの乗ったお盆をもちながら慎太郎がやってくる。


「お待たせ」

「いや俺も大して待ってないよ」

「そかよかったよかった」


そう言いながら慎太郎は割り箸を割ってうどんを食べ始めた。俺も唐揚げ定食を食べ始める。


「そういやさ月葉ちゃんだっけ?となんかあった?」


ブッッッッッッ!?


俺は吹き出してからむせる。


「おま。なんでわかった?エスパーか?」

「いやー。裕作があんなに朝から悩むとか好きな女の子以外のこと思いつかないしね☆」

「ちょっと待てよ。俺はあいつのこと好きじゃないからな?友達としては好きだけど恋愛感情は少しもない」

「へぇ?じゃあ月葉ちゃんが別の男と付き合い出しても問題ないの?」

「あぁ」


俺はそう答えて唐揚げを齧るがなぜか味気がない。


「まぁいっか。それはまた今度で」

「もういいだろ…」


そのあとくだらない雑談をして俺たちは教室に戻った。


「裕作くんちょっと時間あるかな」


帰ろうと教室を出ようとした時に俺に声をかけてきたのは俺の斜め前にすわる町田りさだった。


「えっと大丈夫だけどどうしたの?」

「裕作くんと桜川さんが付き合ってるって本当?」

「あー。いや付き合ってるよ。どうして?」

「気分を悪くしたらごめんなんだけど。付き合ってるように見えなくて」

「えっと町田さんだよね?」

「あ。うん」

「誰にも言わない?」


俺がそう聞くとまどいながら町田さんは頷いた。


「月葉はある目的があって俺と付き合ってるフリしてるだけだよ」

「そっかぁ…」


彼女はなぜかほっとしたような顔をした。


「裕作くん覚えてる?入学式の日に私が帰り道に鍵を無くしてこまってたら知りもしない私の鍵を一緒に探してくれたの」

「え?」

「私ね、彼女がいたら言うつもりはなかったの。ただ迷惑なだけかなって。でも違うなら…」

「私ずっと裕作くんのことが好きだったの」


彼女は頬を少し紅色に染めて言った。

俺はただひたすらに混乱して何も声が出ない。喉がカラカラに乾いて、顔がカッと熱くなった。


「え…あ…」

「返事はいつでもいいから」


そう言って町田さんは走って行ってしまった。俺はしばらくの間立ち尽くしていた。


翌日になっても俺の頭は混乱していた。


「むぅぅぅ…」

「なぁ心なしかお前の顔昨日よりやつれてないか?」

「恋愛マスターたすけてぇぇ…」

「ほう?話してみよ」


俺は昨日のことについて話した。いちいちニヤニヤしながらこっち見んな殺すぞ恋愛マスター!


「へぇ?町田さんって結構可愛いし付き合ってみれば?」

「そんな中途半端な気持ちで…」

「だって付き合ってみて合わないなら別れればいいし合うならゴールインしちゃえばいいじゃん?そっちのほうがはやくないすか?」

「彼氏役やってし…」

「フリじゃん?」

「そうだけど…」

「まぁ悩むんですな若人よ」

「お前も同世代だけどな!?」


 *

「私ずっと裕作くんのことが好きだったの」


偶然、ユウの教室の前で聞こえてきた言葉は私の心をひどく締め付けた。

ずるい。あの子はなんの躊躇もなくユウに告白できる。好きになれる。それが悔しくて悲しくてやらせなくてとても辛い。

私だってユウが好きだ。でも好きになっちゃいけない自分。好きになって告白したあの子。その差はなんだったのだろう。私のほうがユウとずっといたんだよ。横取りしないでよ。私の幼馴染だもん。そんな言葉を並べては黒色に塗りつぶされていく。

ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい。


いや。違う。本当はわかってるんだ。あの時ユウを傷つけた私にはショーの切符は持ち合わせていなかったのだろう。それが何より悔しくて。私は爪が食い込むほど強く拳を握った。

ずるいのは何もしない自分の方だ。傷つけた自分の方だ。

それでもユウといたかった…

溢れた涙を隠すように私は音楽を流した。もう何も聞こえないように。

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