第五話 あなたの隣に

「なぁ裕作。返事どうすんの?」

「だってぇぇぇ…」

「ヘタレか」

「うっせ!俺はいつまでもヘタレだっつぅの!」


俺は慎太郎に毒を吐きながら窓の外を眺める。今までの人生は凪いだ海のようだったのに。


「さて悩める子羊に助言をしてやろう」

「んだよ」

「綺麗な虹を見た時君は一番初めに誰に伝えたいかな?」

「なにをいきなり深いことを」

「って言うニセコイの名言☆」

「よーし張り倒す♡」

「まあでも確かにこの考えには結構同意できるかな」


そう言ってふざけたような雰囲気が消え、どこか寂しげな笑みを浮かべた慎太郎は少しずつ話し出した…かと思った。


「…」

「裕作くん?その疑うような目やめようか?」


いやごめん。戻ったわ。


「だってよぉ。一番大切なものは近くにあって当たり前にあるからこそに気付かないものさ」

「…俺のようにな…」

「ごめん。最後なんて言った?」

「いーや?裕作くんモテモテでいいが身分ですねって」

「よーしお前指詰めるぞ」

「ヤクザ!?」


おそらく最後の一言はあいつの語りたがらない元カノのことだろうな。俺はそんなことを考えながら綺麗な虹を思い浮かべた。


月葉お前は誰に一番に伝えるんだ?


そんな言葉を空っぽになった教室に投げかけてはセミの鳴き声にかき消されていく。俺は荷物を持って下駄箱で部活中の町田さんを待つことにした。


          *

「あー情けない。もう諦めよ…」


朝自室に私、桜川月葉の弱々しい声が消える。

今日土曜日なのに。

いつもは服買いにいったり、友達と遊んだりと予定を立てるのだが今日はそんな気分になれなかった。


「眠れなかった…」


どうしても眠れなくて朝になってしまった。昨日のことで肉体的にも精神的にも疲れが溜まっているというのに。


散歩でもいこ…


私はいつもは持ち歩かないヘッドフォンを首にかけて家を出た。


30分ほどして散歩というよりランニングを終えた私は家に戻ってきた。


「あーツキ。入れ替わりになっちゃったわねぇ…」


そう言いながらリビングのソファにてくつろいでいるのは私の母親。桜川琴子である。


「さっきね。ユウくんがツキに話があるってうちに来たんだけどちょうど出かけたって言ったら帰っちゃってね」


「へ…へぇ。そっか」


落ち着け私。ユウはたぶんあの子を選んだのだ。だからもう彼氏役はできないと言う報告だろう。私は目頭が熱くなるのを感じながら答える。


「ユウくんおっきくなってたわねぇ。でもさユウくんって…」

「ごめんお母さん。ちょっと疲れたから寝てくる」


私はお母さんが言い終わらないうちにピシャリと会話を終了させて自室に駆け込んだ。

私がひとりウジウジしているうちにユウは選んだのだ。そりゃあそうだ。ニセモノとホンモノ。誰だってホンモノを取る。

涙を流さないように顔を上げるとベットの上のスマホにLINEの通知が視界の端にぼんやりと浮かび上がった。


[裕作]今日お前の家行ったんだけどちょうど出かけてたみたいだったから明日の午後取手駅の前で会えるか?


私は分かったと伝えるとそのままベットに倒れ込んだ。その日はもう何も手につかなかった。



「久しぶり。月葉」

「そうだね」


数日ぶりに私はユウと話した。


「ちょっと歩こうぜ」


そう言いながらユウは私と並びながら歩いていく。


「そういえば告白されたんだってね。おめでとう」


私はなるべくいつも通りで大して気にしてなさそうなトーンでそう言った。


「知ってたのか。まぁたぶん慎太郎あたりからか」

「あ。ごめん」

「いいんだぞ別に隠してたわけじゃないし」

「そっか」


「あとそうだ。この前は悪かったな月葉が帰った日たぶん具合悪かったんだろ?」

「え?あ!いや…うん」


予想外のことを言われ動揺してしまう。ユウのこう言うところは昔から変わっていない。


「無理すんなよ?」

「ありがとう…」


心配してくれてたんだ…

私はなんて単純なんだろう。そんな些細なことでも覚えていてくれて心配してくれるユウがやっぱり好きだ。

でもそれも今日で最後。

ユウにはホンモノができた。ならばニセモノはここで引くべきだ。


「じゃあ彼氏役はもう頼めないね」

「え?」

「じゃあ今までありがとう」

「ちょっと待ってくれよ」

「…」


「告白は断ったよ」


ユウのその一言が俯いた私に小さく聞こえる。私は驚いて顔を上げると真っ赤になった顔をしてそっぽを向いたユウがいた。


「え?なんで?」

「だって彼氏役やってたし…」

「でもそんなのホンモノが手に入るならいらないじゃん」

「だって大切な幼馴染の頼みだから…中途半端で無理でしたはやっぱ悪いし…」


そう言ったユウは耳まで真っ赤にして背を向けてしまった。えぇそんな約束如きで告白断る!?私の頭の中は混乱状態に陥った。

そして私を大切だと言ってくれたユウの顔を思い出して顔がカッと燃え上がるように熱くなる。


「だからまだ俺は月葉に付き合うけど?」


平気なフリをしたユウは目を合わせずにそうぶっきらぼうに話す。


「ユウっておバカさんなの?私のこと大好きじゃん」

「ッッッ!ばーか!」

「ばーかって小学生…いやもういいや」

「うるせぇ!」


そんな頬を紅に染めたユウの横顔を見て、高揚したこの気持ちを抑えられなくて、好きだと言ってくれた子よりも私を選んでくれたことが嬉しくて。私は笑った。


ごめんユウ。やっぱり私はあんたを諦められない。あんたの行動一つ一つに不安にされたり幸せにされたり。たぶんまた昔のように私はあんたを傷つけてしまうとおもう。でもいつかあんたの隣を「大切な幼馴染」じゃなくて「大切な彼女」として歩けるように。ニセモノじゃなくてホンモノだと胸を張って言えるようになるから。それまでこのニセモノの関係をあんたとの約束を死んでも離さない。あんたの心臓を撃ち抜くまで死んでも逃がさない。

私は今幸せだよ。ユウあんたと一緒にいれて。


沈みかけた夕日を眺めながら今日はもう少しだけ。もうちょっとだけ隣にいよう。


          *

こいつ可愛すぎんだろ!?

告白は断ったと月葉に伝えたあと月葉は俯きながら何かを考えた後笑った。

俺には「綺麗な虹を見た」と話したい相手はどうしても思い浮かばなかった。

俺は月葉を恋愛対象として好きではない…はず。逆も然り。そんな俺たちをつなげている歪な彼氏役という関係。だけど俺にはその関係を終わらせるという選択肢は始めからなかった。なぜだかは分からない。この数日考えても答えは出なかった。


でも月葉が笑った時。

俺の頭には慎太郎に告白を断ったと伝えた時に言われた言葉が脳裏に浮かんだ。


「月葉ちゃんが可愛くてその月葉ちゃんとの偽物の関係をお前は同情とかではなく自分からとったってことはさ。」

「いや約束を…」

「それは後付けの理由でしょ?裕作。目泳いでるし」

「うっ…」

「裕作は損得関係なしに一緒にいたい方をとったんでしょ?それも友達じゃない幼馴染の子を」

「それってさ。もう裕作は月葉ちゃんのことが好きなんじゃないの?」


火がついたように耳が熱くなる。

大丈夫だ。落ち着け。

深呼吸だ。

俺はチラッと隣を歩く幼馴染をみると少し頬を染めて、でも幸せそうな笑みを浮かべている。


ッッッッッッッ!

可愛い…くない!!

俺は認めないぞ!二度目もこいつだなんて!面倒ごと持ち込んでは俺に丸投げして俺をからかって楽しんで。自分が月葉をとった理由には正直心当たりがなかったわけじゃない。でも俺の好きは恋愛対象としてのものだとはおもえなかった。でも今回は異性としてこいつを見てしまっている。いや認めないぞ!


俺は月葉が可愛いなんて認めない!だから俺がコイツを好きだなんてありえない!


俺は紅に染まった頬は夕日はのせいにしてしまいたいと強く願った。

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