第三話 気づいてしまった心

「いらっしゃーい♪」

「お…お邪魔します…」


放課後に俺は月葉の家に髪を切りに来ていた。女の子の部屋とか何気に4年ぶりだわ。ちょっとまてよ?4年前もこいつやんけ。結局こいつの家しか行ったことねぇじゃん!

ということで幼馴染の兄貴と風呂場で2人きりという状況。

緊張する…4年ぶりだし何か話したほうがいいのだろうか。お元気でしたか?はなんか変だしかと言ってラフに話しかけてもなぁ…

なんてぐるぐると考えていると鏡越しに隆輝さんと目があった。


「ユウくん元気だった?」

「あ。はい」

「そっかぁ。一時期は全くツキの口から名前聞かなかったからどうしたかなぁって思ってたよ。3日くらいね☆」

「最後の一言がなければすごい良い人で終われましたね」

「ところでいきなり髪切ってほしいってどう言うこと?小学生の時は逃げまくってたのに」

「その節は本当にすみませんでした」


苦笑しながら隆輝さんは続ける


「冗談だって。でもなんでいきなり?」

「まぁ話すと長いんですけど月葉に彼氏役やらされてるんですよ」

「ほぅ?人様に迷惑をかけるとはお兄ちゃん権限使ってやめさせようか?」


笑顔だが目が笑っていない。この人絶対やるタイプだ。


「いやいや。いいですよ。なんやかんや楽しいですから」


主に月葉がな。とか思っていると隆輝さんは優しい笑顔で続ける。


「昔からユウくんは優しいね。ツキに無茶振りされてもユウくんだけは隣にいてくれてたもんね」

「そんな大層なもんじゃないですよ。ただあいつといることが多かっただけです」

「素直じゃないところも変わってないね」

「そうですか?」

「そうだね。多分その彼氏役もこれから振り回されるけどツキと仲良くしてあげてね」


そう言った隆輝さんはなんだか昔のガキ大将だったころでは想像できない、兄貴としての優しい表情を浮かべた。


サクサク…チョキチョキ…


静かな風呂場に心地よいリズムが小さく響く。

そして


「あ。」

「…」

「まさか隆輝さんまたやりましたね?」

「…」

「四年前と同じことやったなまた」

「…」

「まじかよ…」

「うっそぴょーん」

「◯ね!」


前言撤回この人ガキだわ。


俺が髪を切り終えてリビングに向かうと月葉がゲームをしていた。


「はぁぁぁ?なんでそれ当たらないの!?判定おかしいってぇぇぇ!」


このゲームで発狂してキレている姿を学校のやつに見せてやりたい。これのどこがいつも丁寧なのか聞いてやりたいぜ。


「月葉おわったぞ」

「ちょっとまっててランクマ中だから」

「マイペースか」


俺は月葉の後ろのソファに腰かけてスマホを取り出す。おぉ!来月に新巻発売じゃないか!予約しなければ。なんて思っていると月葉が伸びをし始めた。どうやらゲームは終わったらしい。


「おぉ。暗めの陰キャ男子から物静かな陰キャ男子になったねぇ」

「どうあがいても陰キャは変わらないのね」

「まぁユウだからねぇ」


なんていつも通り月葉にディスられていると隆輝さんがリビングに入ってくる。


「そんなこといいながらツキはユウのお嫁さんになるーとかいってたよな」


ブッ!


俺は飲んでいたお茶を吹き出しかけた。

危ねぇ。


「ねぇ!それ幼稚園生の頃の話でしょー!やめてよ恥ずかしい!」


そう言いながら月葉は顔を赤色に染めた。

これはいつもバカにされている俺の復讐のチャンス!


「なるほどね。つまり月葉は俺のことが好きすぎるってことね?」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


俺がそう言うと月葉近くのクッションを抱えて奇声をあげた。

まだまだ攻めるぞ。おいこら悪魔俺の足をバシバシ叩くな。


「ふぅーん?お嫁さんかぁ?」

「もぉぉぉぉぉ!やめてぇぇぇ!!」

「可愛いとこあるでちゅねよちよち」


俺がそう言いながら月葉の頭を撫でると抱き抱えているクッションで口を隠した月葉が潤んだ瞳をこちらに向けた。

やべぇ。超絶可愛い。


「バカにしないでよ…ユウのくせに…」


まって?可愛いなおい。いつもはクールな雰囲気出してるくせに今は愛くるしいマスコットのようだ。


「可愛いなお前」


俺がそう言うと力尽きたように月葉は抱き抱えたクッションに顔を埋めて床に転がったのだった。真っ赤になった耳がやけに印象的だった。


次の日学校に行くと俺の親友の酒井慎太郎が話しかけてきた。


「今日も朝からラブラブですなぁ」

「あー…そうだな」

「なんだよその何か言いたそうな顔は」


いやこいつなら口はかたいし事情を説明してもいいかもしれない。

慎太郎は茶髪の高身長イケメンで耳につけている青いピアスが特徴的だ。この見た目のせいでチャラ男のイメージがつきやすいが実は誰に対しても誠実で一途な男だ。

だから裕作も心を許している数少ない友人の一人だ。


「なぁ次の時間のまえに話あるんだけど」

「え?彼女の紹介?」

「言ってろバカ野郎」


俺は朝のHRが終わると校舎裏の自販機の前に来ていた。

ボトルが受け取り口に落ちて鈍い音が校舎裏に響く。


「じゃあ有作はニセ彼氏なわけだ」

「まあそうだな」

「それで髪も切ってきたと」

「これはその彼女役の兄貴に」

「へぇ。裕作は元々スペック悪くないのに目まで髪のばしてたからモテないわな。でもその格好なら私服のセンスがやばくない限りモテるでしょ」

「いやイケメンのお前に言われても腹立つだけだから」

「ひっどーい!」


慎太郎が妙に高い声を出して近寄ってくる


「きっしょ」

「裕作って仲良くなった相手への対応だんだん雑になってくよね」

「でも大丈夫。知ってる裕作はツンデレちゃんなんだよね」

「うるせぇわ」

「でさその元カレって誰なの?」

「いや知らん」

「…」

「やる気あんの!?」

「本当にない」

「あ、ノリノリじゃないんかい」

「ノリノリなわけねぇだろ!」

「いやあんな可愛い子とお近づきになれるから張り切ってんのかと」

「あいつの本性を知ってそれが言えるかな?」

「ガチであの子なにしたのよ…」


そりゃ月葉は可愛いさ。でも恋愛感情は全くない。あいつとはパートナーとしては遺伝子レベルで合わないってことなのかもな。友達って距離がいいのだろう。


「嘘の彼氏やってら間にガチ惚れしないようにね」

「漫画かよ」

「まぁ裕作に限ってそれはなさそうだけどなぁ」


そして俺たちは一限目をサボりベンチに座りながら雑談をして過ごした。爽やかな風が吹いて少し夏の香りがする。もうすぐ七月か。俺は鼻に残った夏の香りを消すようにサイダーを流し込んだ。


「なぜお前がいる…」

「いや作戦会議しようかなって」

「帰れ!俺はこれからロシデレを読むんだ!」

「いいじゃんどうせ深夜まで読むんだったら可愛い女の子に15分くらい時間をわけてくれてもよくない?」

「自分で可愛いって言う?」

「だって美少女でしょ?」

「否定できないのがウザい」

「てかお前どうやって家に入った?」

「あんたのお母さんに入れてもらった」

「母さん…」


ホイホイ俺の部屋に入れるなや。てか家に入れるな。


「でお前何勝手に俺のラノベ読んでやがる」

「だって暇だったんだもん」

「もう帰ってきたからしまえ」

「いや続き気になる」

「自己中か!」

「シエスタかわいすぎん??」

「それな」


ということで作戦会議という名の読書会が始まった。


「あ。そういえば俺たちの計画のこと一人にだけ話したわ」

「ふーん。あそう」

「怒らないのか」

「そりゃアンタにも大切な人はいるでしょ」

「月葉…大きくなったな…」

「なんでアンタが親みたいな顔してるのか謎だけど」

「前から気になってたんだけどユウはなんで6年生くらいのころ私のこと避けだしたの?まぁ明確に避けたのはその後のアレだと思うけど」


アレとはあの事件を指すのだろう。俺もアレについて確認することはない。


「思春期ってやつだよ」

「ふーん?つまり私がかわいすぎたのが原因と」

「まぁ身長は伸びたよな」

「ねぇまって?ユウ身長はってどういうことカナ☆」


月葉のページをめくる手が止まる。


「いやーどういうことでしょーね」

「ユウ◯す!」

「タンマ!バリア!今本持ってるからね!?」

「美少女月葉ちゃんにはそんなものは効かないのだ!」


そう言って俺の上に馬乗りになってくる。


「バカやめろくすぐるな!」

「ほれほれ!くすぐったいであろう!ウリウリウリ」

「やめろおいこら!」


俺が振り返ると鼻先がくっつきそうな距離に月葉の顔があった。

長いまつ毛。化粧なんてしなくてもみずみずしくて柔らかそうな肌。綺麗な瞳。筋の通った鼻先。それら全てが間近にある。

気づけば俺は見惚れていた。


「変態!」


月葉のビンタが俺の左頬を直撃するまでは


「ひど!?変態要素ゼロでしょ!」

「どこがよ!鼻の下伸ばして獣みたいな目で私を見たくせに!」

「ちょっと待て心当たりがないにもほどがある」

「うぅ…お嫁に行かない…」

「どういう理論だ」

「お前がお嫁にいけないなら貰ってやるよ。ほれ幼稚園生のから言ってたろ?ん?」


俺が小馬鹿にするような口調で言うと月葉は顔を真っ赤にした。いじられ耐性0かよ。


「冗談だって。」

「ごめんちょっと帰る…」


月葉は荷物を持つと逃げるように帰ってしまった。


「えぇ…」


俺は意味もわからず立ち尽くしていた。


私、桜川月葉は火照った顔を抑えて走る。

だめだめだめだめ。もう傷つきたくないし傷つけたくないの。

ユウにお嫁にしてやると言われた時私の心はどうしようもなく満たされてしまった。

好きになっちゃいけないのに。また傷つけちゃうのに。また前みたいに話せなくなっちゃう。他人に戻っちゃう。嫌だ嫌だ嫌だ。

私はしゃがみ込んで息を落ち着ける。


「どうしよう。私またユウのこと好きになっちゃった…」


これから起こること。ユウの隣にいられなくなる未来を想像して、また他人に戻って見かけても声がかけられない頃の関係に戻ってしまう未来を想像して、ユウが別の女性と付き合う未来を想像して目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「ユウ…」

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