番外編第十話「驚異、誕生?」

 藤次郎の体から黒い霧が吹き出していた。


「……え、え?」

 すかさず下がったリュミだったが、目の前の光景に理解が追いつかず震えていた。


「あ、あれ、よ、妖魔大帝以上じゃ、ねえか?」

 ジニーも震えながら言い、

「皆、とにかく藤次郎を押さえよう。ナホとジェド、ルカは陛下とレタ殿を」

 ウイルが皆に指示を出すと、

「お、おおっ!」

 ベルテックスがいち早く藤次郎を取り押さえ、

「う、が、何を?」

「藤次郎、正気に戻れ」

 ウイルは藤次郎の刀を取り上げた後、押さえに加わり、


「って、アタイ達も一緒に!」

「はっ? そ、そうね!」

 気を取り直したジニーとリュミも藤次郎の側に駆け寄った。



「ほ、本当に何が起こってるんですの?」

 ナホはラックとレタの前に立ち、二人を守りつつも震えていた。


「お、思い出した。優者の心はどちらにも染まりやすいから、もし闇に染まってしまったら大妖魔すら上回る驚異になるって話を」

「俺も大知神様から聞いたことある。もしそうなったら自分はおろか、最高神様でも制する事は無理だろうと」

 その近くにいたジェドとポスランも震えながら言うと、

「えええ!? ちょ、それ超やばいじゃないのよ!」

 ルカは顔面真っ青になり、声を上げて言った。


「え、ええ。あたしもそれ聞いたことあるわ。希望の優者も子供の頃そうなりかけたって」

 リュミが、

「そ、そうか。しかしなぜ今、藤次郎が?」

「おそらく陛下とレタ殿を自分達に重ね合わせたから」

 ベルテックスとウイルが、

「あ、そっか。リュミも未来から来たから」

 ジニーがそう言った時だった。


「ウオオオッ!」

「うわあっ!」

 藤次郎が発した気が押さえていた皆を吹き飛ばした。


「う、う」

「藤次郎!」

 いち早く立ち上がったリュミが藤次郎を押さえようとしたが、


「きゃああっ!」

 また気合いで飛ばされた。が


「ぬうっ!」

 ベルテックスがリュミを受け止めた。

「あ、ありがと」

「なに、ナホに比べたら軽い方だ。さあ、また止めるか」

「うん!」

 ベルテックスとリュミが藤次郎に向かっていった。


「あなた~、リュミさんと不倫ですか~? なら枯れても搾ってコロシてあげますわ~」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょが!」

 ルカがナホに思いっきりツッコみ入れていた。


「そうだ、ウイルが前にナホにやった封印術ならどうだよ?」

 ジニーが間合いを取りながら言うが

「魂だけなら分からないが、今は生身のまま来ている。おそらく効かない」

「うう、じゃあ」

「すまん、いい手が浮かばない」


「……あ、そうだ! 守護者の力をぶつけたら元に戻るよ!」

 ジェドが声を上げて言った。


「あの、何故断言できますの?」

 ナホがジェドに尋ねると、

「実は両親の友達である優者も一度闇に飲まれたそうですけど、四大守護者がそれぞれの思いを込めた力をぶつけたら元に戻ったって聞きました」

 ジェドがそう答えた。


「ようし、その守護者達に負けてたまるかよね。あたし達も」

「うん、こっちは五大守護者だしな」

「数など関係なかろう。想いの強さなら負けんがな」

「同意。俺達の絆で、藤次郎を」

「ええ、行きますわよ」



「じゃあ、僕達が藤次郎をなんとか押さえるよ」

「うん、えーい!」

 ジェドとルカの体が白く輝き、手をかざすとそこから光の帯が現れ、


「グッ! は、離せ」

 藤次郎の動きを止めた。


「凄え、二人共伝説の心力を軽々と……っと、俺も微力ながら」

 ポスランもその力で藤次郎を押さえに入った。


「はあっ!」

 リュミ達の体も輝き、それが藤次郎に向かって伸びていく。

 すると黒い霧が少し弱まった。


「やった、効いてるわ!」

「けど、また……守護者の力だけじゃダメなのか?」

 ルカとジェドが言うと、


「そうだ、リュミが抱きついてやればいいかもな」

 ジニーが藤次郎を見ながら言う。

「へ?」

「そうですわね。それなら安心すると思いますわ」

 ナホも場違いとは思いつつも笑みを浮かべて言った。


「……ううう、分かったわよ! 藤次郎!」


 リュミが藤次郎に駆け寄ろうとしたが、


「ウオオオっ!」

「うわああっ!」


 爆風が起こり、そこにいた皆が耐えきれず飛ばされて倒れた。



「くっ、ダメか……?」

「い、いや、動かねえし、いけたんじゃ?」

 ベルテックスとジニーがよろけながら立ち上がり、


「皆、大丈夫か?」

 ウイルも立ち上がって皆に言う。

「ええ、なんとか……ってリュミさんは?」

 ナホが辺りを見渡して真っ青な顔になった。


「ま、まさかあの爆風で?」

「そ、そんな、嘘だろ……?」

 ベルテックスとジニーも血の気が引く思いになったが、

「いや、気配を感じる……上?」

 ウイルが空を見上げ、


「はあ、はあ……ん?」

 まだ虚ろな藤次郎も空を見上げた時だった。

「うわああーどいてー!」

 どうやら上空に飛ばされていたリュミが落ちてきた。


「……あぶ、ない」

 藤次郎はリュミを受け止めようとするかのように両手を上げたが、


 ドサッ!

 ぶちゅっ!


 受け止めきれず押し倒されてしまい、その拍子に互いの唇が当たってしまった……。


「……は?」

 ベルテックスは思わず抜けた声を出し、

「え、えと?」

 ジニーが戸惑い、

「これがって……」

 ナホは苦笑いし、

「いくらなんでもそれは無いだろ」

 ウイルは呆れ顔で呟いた。



「……はっ? え、あ、あ」

 正気に戻った藤次郎が慌てふためき、

「う、う、うわあああん! ファーストキスがこんなって無いわよー!」

 リュミは泣きわめき出した。


「うわあ、そうだったのね。初めてがあれってそりゃキツイわ」

 ルカも苦笑いし、

「……できるだけいいだろ」

 ジェドが睨むように藤次郎を見ていると、


「あんた美少年なんだから、その気になれば出来るってば」

「え?」

 ジェドとルカの後ろにいつの間にかいたのは、


「マーリン様がなぜここにって、やはり女神様だからですわね」

 ナホがマーリンに話しかけると、

「まあねって言いたいけど、あたしでも神体ごと入るのはちょっと難しいの。遅くなってごめんね」


「え、あの人が守護者様の妹ですって?」

 ウイルから説明されたジェドとルカが目を丸くし、

「あ、あ」

 ラックとレタはまた呆けた。


「あ、あの、あなたが時空大聖神様のお弟子様で?」

 ポスランがおそるおそる話しかける。

「ええ。実はあの二人の事もあなたの事も知ってたんだけど、調査が終わるまで言えなかったのよ」

「そうでしたか。それでどうなのですか?」

「大丈夫よ。二人に血縁関係は無いから、僅かな部分だけを調整すれば何も起こらないわ」

「よかった……」

 ポスランは胸を撫で下ろした。

「ううん。もしどうしようもなかったら、やはりあなたに辛い役目押し付けることになってたわ。ほんとごめんなさい」

 マーリンが頭を下げて言うと、

「いえ、これで二人が結ばれるならもう悔いはないですよ」

 ポスランはそう言ってラックとレタの方を向き、

「申し訳なかった、役目とはいえ二人には酷い事したんだ。さあ煮るなり焼くなりしてくれ」

 その場で土下座して謝罪した。

「はっ? い、いやいいですよ。あなたもお辛かったと分かりましたし」

「あ、あの、どうかお立ちになってください」

 二人が慌ててポスランに駆け寄ると、

「うう……ありがとう、ありがとう」

 ポスランは涙を流しながら礼を言った。



「これで一件落着……ではなさそうだな」

「そうですわね。あ、殴りだしましたわ」

「えと、止めなくていいのかよ?」

「いやもっとやれだ。一歩間違ったら全てがだったのだから」


 皆の目線の先には、キレたリュミに殴る蹴るされている藤次郎がいた。

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