番外編第九話「時の神の使い」

 辺り一帯の木々や草花が消え去って何もない荒野と化した。


「な、何があった?」

 皆が辺りを見渡していると、


” ふふふ、何度も言っているだろうが。お前達がそうなると、現実でもこうなるのだとな ”

 どこからともなく不気味な声が聞こえてきた。


「そ、そんな……」

「あ、ああ……」

 ラックとレタがその場に崩れ落ちた。



「最初は驚きましたが、この声の主は大したことありませんね」

「けど結界すり抜けるくらいだから、特殊能力がなのかもよ」

 藤次郎とリュミが察して言い、

「てかさ、気配隠せよな」

「ええ、かなりお間抜けさんみたいですわ。どうしますか?」

 ジニーとナホが言うと、


「ルカ、俺が先に矢を放つから、その後続けてくれ」

「うん、任せといて」

 ウイルとルカが弓を構え、上に向けて矢をつがえた。


「はっ!」

 ウイルが放った矢が光り輝き、それが宙に刺さって穴を開け、

「やあっ!」

 ルカが放った矢がその奥にいた何かを貫いた。


「ギャアアアー!」

 穴から落ちてきたのは、全身真っ黒な悪魔みたいな奴だった。


「貴様か、ラック様とレタ殿の恋路を邪魔する奴は?」

 藤次郎が悪魔もどきを睨み、刀を構えると、

「じ、邪魔って、俺は事実を言ってるだけだよ」

 悪魔もどきが震えながら言うと、

「ふざけるな。斬る」


「待て、こいつの言い分を聞いてからにしよう」

 ウイルが藤次郎を止めた。

「ん、ウイルがそう言うなら。それで、どうしてお二人が結ばれたら国が滅ぶのだ?」


「あ、ああ。そっちの女の子、レタだったな。あんた元は捨て子だよな」

 悪魔もどきがレタを見て尋ねる。

「え、ええ。私は赤子だった時、義両親に拾われて育てられました」

 レタが言うとラックも頷いた。やはり既に知っていたようだ。


「そうだったのね。けどそれが何なのよ?」

 リュミが首を傾げる。

「お前達なら理解できそうだな。レタは赤ん坊の頃、未来から飛んできたんだよ。だからレタが今の時代の者と結ばれたら、国どころか世界まるごと消えちまうかもしれないんだよ」

「未来からは分かったけど、だからなんでそうなるのよ?」


「それ、たしか時を越えて来た者と結ばれたら時の流れに歪みが生じ、最悪の場合は世界が滅ぶって話だよね」

 ジェドが前に出て言った。

「そうだよ。けど普通に話しても信じないだろうから、夢で予言のように見せてたんだよ。そして二人が別れた後でレタを元の時代に帰してやろうと思ってたんだよ」


「え、時空転送術出来るの? あんたいったい何者よ?」

 リュミが尋ねると、

「俺はこんなナリだけどさ、時の神でもある大知神様の眷属で、名前はポスランっていうんだよ」

 悪魔もどきいや眷属ポスランが名乗った。


「それはご無礼いたしました。しかし本当にどうにもならないのですか?」

 藤次郎が刀を収めて尋ねると、

「出来るならもうしてるよ、たとえ大知神様でもこればかりは……俺もさ、本当はこんな仲のいい二人を引き裂くのは辛かったんだけど、そうしないと世界が……」

 ポスランが目に涙を浮かべて言った。


「……それだと」

 藤次郎はリュミの方を向いた。

「ん?」

「い、いえ何も」


「あ、あの、わたしも言ってみれば時を越えて来た者ですけど、それだと夫と別れなければならないのですか……?」

 ナホも顔を青くし、震えながら尋ねると、

「……大丈夫だよ。あんたはこの時代で生まれ育ったから、時を越えてきたとみなされないよ」

 ポスランはナホをじっと見た後、そう言った。


「ほっ……といけませんわ自分だけ安心するなんて。あの」

「えーと、話していい?」

 ジェドが手を上げて言った。

「ん? もしかして何か手があるの?」

 藤次郎が尋ねると、

「うん、さっき言った話だけど、時の流れが乱れるのは無限ループになった場合だけなんだって」

「は?」


「あ、そういう事ね」

 リュミがポンと手を叩き、

「ああ、俺も分かった」

 ウイルも頷いた。

「なあ、何が分かったんだよ?」

 ジニーが首を傾げると、

「ん、もし陛下とレタ殿が結ばれ、子が生まれて血脈が続き、何百年後かの子孫がレタ殿だったとしたら、どうなる?」

 ウイルがそう言うが、


「え? え? レタさんの子孫がレタさん? え?」

「すまん、拙者には分からん」

「仮にそうだとしますと……あっ、もしかして?」


「あのさ、これ見てよ」

 ルカが紙で作った帯状の捻った輪っかを見せた。


「ん? これは表を辿るといつの間にか裏に、そしてまた表に……ああ」

「やはりそういう事ですのね」

 ベルテックスとナホが頷き、

「あ、もしかして血の繋がりがこの輪っかのように、ずっと周ってしまうってこと?」

 ジニーが指を回しながら言うと、

「うん。それが何回も続くと関わった人にも影響が出て、やがてポスランさんが言ってたようになるのよ」


「それだと仮にわたしが元の時代で生まれていたとしても、血の繋がりが無限循環しませんよね?」

 ナホが言うと、

「そうよ。あたし達の時代ではこれが徐々に知られていて、気をつけなければいけないのは未来から過去への場合となってるの」


「なんとか分かりましたけど、それならレタ殿が子孫でなかったら影響はないと?」

 藤次郎が額に手をやりながら言う。

「無いはずよ。後は子孫かどうか」


「いや無限循環はそのとおりだけど、子孫じゃなかったとしても時を超えてる以上、流れが乱れる可能性はあるよ」


「あれ、そうなの?」

「ああ。未来じゃその心配も無くなるようだけど、今は止めるしか手がないよ……ううう、辛いよう」

 ポスランは俯き、ボロボロ涙をこぼした。



「ねえ、時の流れって時空大聖神様かお弟子さんなら調整できるのよね?」

 リュミが尋ねると、

「……ん? そうだよ、あとは『時の調整者』がな」

 ポスランが顔を上げて言った。

「じゃあさ、お弟子さんのマーリン様にできるかどうか聞いてみる? あと血縁関係もさ」

「え、お弟子様がこの世界に来ているのか?」

「うん、つい先日会ったわ。まだしばらくいるって言ってたから、明日にでも行きましょ」


「あ、ああ……そうだ、ごめん。役目とはいえ二人を引き裂く事しか考えなかった」

 ポスランが頭を下げて謝罪するが、ラックとレタは無言だった。

「う、やっぱ怒ってるよな」


「いえ違います。どうやら話に着いていけなかったようです」

 藤次郎が言う。

「へ?」

 見ると二人共ぽかんと口を開き呆けていた。


「そりゃそうよね。あたしだって前に聞いてなかったら訳分からなかったわよ」

「私も一彦や沙貴が来てなかったらどうだったかです。ところで明日と言わず今からでも行きましょう」

「え? もう遅い時間だから悪いわよ」

「いいえ、そもそもあのお方がさっさと調整しなかったのが悪いのですから、夜討ちしてひん剥いてやりましょう」

 藤次郎が鋭い目つきになり、刀を掲げて言った。

「えっと、それはやめようね」

 リュミは何か変だと思いつつ藤次郎を嗜めるが、

「……いや、もし出来ぬと言うなら、結ばれぬなら、いっそ全てを」

「え? ちょ、ちょっと?」


 ゴオッ!

「きゃああっ!」


 藤次郎の体から突然、黒い霧が勢いよく吹き出した。

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