番外編第六話「色恋沙汰は難しい」
案内された湯殿は室内であったが、湯は天然の温泉から引いているものだった。
「ん~、まさか湖の底に温泉があるなんてね」
リュミが湯に浸かって大きく伸びをし、
「マシュ様が言うには、地下の熱でこの辺りだけが温かいそうですわ」
ナホもゆったり湯に浸かっていて、
「ああ、いいお湯~」
ルカも温泉を堪能していた。
「……」
「ジニー、どうしたのよ?」
リュミが何やらしょげているジニーに話しかけた。
「いやさ、リュミもだけどルカもアタイより年下なのに、ううう」
ジニーはルカの胸元を見て俯いた。
たしかにジニーよりは……。
「いや、あんただって前より肉付きよくなってるわよ。だからそのうちね」
「だといいんだけどなあ」
後に願いが叶ったのか、ジニーは出るとこが出た。
「ふう、ところでマシュ様は一緒に入ってくださらないのかしら?」
ナホがそう言った時だった。
ギャアアアー!
「え、何!?」
「男湯の方からだぜ!」
時を少し遡り、男湯では。
「ふう、いいお湯ですね」
「うん。僕の村にもあるけどまた違うよ」
藤次郎とジェドも湯を堪能していた。
「そうだ。ジェドの住んでいる村はどんなところなのだ?」
ベルテックスが尋ねる。
「北国でやっぱ冬は寒いですよ。けど家業の本番は今の時期ですし」
「そうか。いやその若さでもう家業をとは大したものだな」
「いえいえ、前に言ったけどまだ見習いですよ」
「ジェド、恋人いるか?」
ウイルがいきなりそんな事を聞いた。
「え、生まれてこの方いませんけど、何故そんな事を?」
ウイルが首を傾げると、
「そうか。いやマシュ様がジェドを見て少し頬を赤らめていた。あれ、一目惚れ」
「ふえっ!?」
「おやそうなのですか。ベルテックスは気づいてましたか?」
「拙者も気づかんかった。流石だな、ウイル」
藤次郎とベルテックスが言う。
「ああ、俺達を招いたのはたぶん、機会があればジェドと二人でだろう」
「え……い、いや、失礼ながら可愛らしい方だなとは思いますけど」
ジェドは少し顔を赤らめ戸惑っていた。
「ああ。だが」
「先に言わないでよ」
「へ? ……ってうわあっ!」
いつの間にかそこに腰だけタオルで隠したマシュがいた。
「ちょっと、そんな驚かなくてもいいじゃない」
マシュが苦笑いしながら言うと、
「いや胸隠してください! ああ、ベルテックス!」
藤次郎が目を逸らし、既に鼻血出して倒れたベルテックスを介抱しながら言う。
「私のぺたんこ胸でって、あんたら変態ね」
「男湯に入って来る方に言われたくないわー!」
藤次郎は思いっきり声を上げた。
「あ、あ」
ジェドは真っ赤な顔で固まっていた。
「あ、ジェドもこれでいいんだ。まあバラされた以上もう遠慮しないわ」
マシュはそうっとジェドに抱きついた。
「あ、だめ、やめ」
「ふふふ、嫌がる顔もいいわね」
ゴン!
「きゅ~」
マシュはウイルに風呂桶でどつかれて沈んだ。
「無理矢理は駄目。あとそれは二人っきりの時に」
「ウイル、女性相手でも容赦なしですね」
藤次郎が呆れ顔で言うと、
「ん? ああ、これ見ろ」
ウイルがマシュのタオルを取ると、そこには大きくそそり立つ一物が……え?
「ギャアアアー!」
藤次郎とジェドが思いっきり後ずさりした。
「マシュ様は男。だから男湯であってる」
当然とばかりに言うウイルだった。
「って、ウイルは初めから気づいてたのですか!?」
藤次郎が慌てて言うと
「気配で分かる。というか藤次郎だって分かるはずなのに?」
ウイルが首を傾げた。
「え、いやたしかに女性にしてはちょっとな気もしましたが、精霊だからかと」
「そうか。ところでジェド、男でもこれならいいのでは? 受けでも攻めでもいけるから」
ウイルがマシュを指して言うが、
「無理ですごめんなさいですー!」
涙目で拒否するジェドだった。
「そうか……はっ? 俺は何故こんな事を言ったんだ?」
ウイルが自分が言った事に戸惑い、
「知るかああ!」
ジェドがキレ気味に言い、
「今、ウイルの後ろに何か見えた気がしたが、妖魔ではない?」
藤次郎が首を傾げた。
「ハアハア……って、アタイもなんで期待しちまったんだ?」
「な、なんかに憑かれてない、あんた達?」
「や、やばかったわ。お兄ちゃんがアッチに行っちゃったらどうしようかと」
「大丈夫ですわよ。あの子わたしの胸じーっと見てましたから……以前のアタシだったらコロシてたわ」
敷居の上から男湯を覗いていた女子四人がそれぞれ呟いてた。
しばらくして、皆が客間に集まった。
「ごめんね驚かせて。あの、無理強いなんかしないから」
マシュが頭を下げて言うと、
「え、ええ。あの、恋人は無理ですけどお話するくらいなら」
ジェドが少し詰まりながらもそう言った。
「ありがと。じゃあそうさせてもらうわ」
「不覚……男の胸を見てとは」
ベルテックスは頭を抱え、
「あなた~、今日は寝かせませんわ~」
ナホが黒い笑みを浮かべ、
「いや程々にしなさいよね」
リュミが呆れ顔になっていた。
その後はマシュが用意した森の恵みがふんだんに使われた料理を食べながら、皆で談笑した。
そして翌朝。
「なんだかんだありましたが、ありがとうございました」
藤次郎達が頭を下げ、
「私もいい思い出ができたわ。ありがと」
マシュも同じく下げた。
「いえ。ところでここを聖地と伝えるのはダメですか?」
藤次郎がそう言うと、
「うーん。いいけど証拠が無いとよね。だからこれ持っていって」
マシュが出したのは青い楕円形の宝玉だった。
「これは大昔、当時のエゾシマ王が私にくれたものよ。王家には家宝の宝玉を二つに分け、その半分を聖地に奉納したって伝説が残っていて、あと半分は代々伝わっているはずだからすぐ分かると思うわ」
「え、なぜ王様はそれを?」
「伝説では国を守ってもらう為ってなってるけど……本当はね、私達は恋仲でこれは彼が愛の証としてくれたものだったのよ」
辺りが静寂に包まれた。
「えーと。いやまあそれはともかくなぜって、お世継ぎがですよね」
「うん、彼は適当に側室を取って子を産ませるとか言うから思いっきり叱ったわ。女性を道具みたいに言うなって。その後で私は彼の前から姿を消したわ」
「いや、消さなくてもよかったんじゃないの?」
リュミがそう言うが、
「だって私がいると彼は絶対結婚しなさそうだったし、かと言って兄弟もいない。だからもし親戚の誰かを後継者にしたら他の親戚が異を唱え、戦争になると思ったの」
「……心中察するに余りあるってこの事ね」
リュミはそう言って目を伏せた。
「ありがと。それで彼はその後王妃と出会って仲睦まじく暮らしていたわ。ちゃんと分かってくれたようでよかった」
「あの、そんな大事なものでしたら後でお返しします」
藤次郎が言うが、
「もういいわよ。実はジェドを見て新しい恋をなんて思ったから、自分の中ではもう吹っ切れてたんだなって気づいたし」
マシュがそう言うと、誰も何も言えずにいた。
「これ、言わないでね。再び一つになった方がいいからと言ったと伝えて」
「ええ」
マシュの館を後にした一行。
「吹っ切れたと言うが、やはり忘れてはいない。だから」
「せめてまた一つにかあ……」
ウイルとジニーが言い、
「難しいものですね、色恋沙汰は」
「そうだね。僕は縁がなさ過ぎだったし」
藤次郎とジェドもそう話していた。
「何言ってるんだか。お兄ちゃんはあたしの友達に何度も言い寄られてるんだけど」
ルカがそんな事を言った。
「ああ、ジェドも鈍いのね。ルカはどうなの?」
リュミが尋ねると、
「あたし結構言い寄られるんだけど、なかなかいい相手がね」
「へえ。てかどんな人ならいいのよ?」
「うーん、上手く言えないけどなんというかこう、ずっと一緒にいたいと思える人」
「ああ分かるわ。ま、いつか会えるわよ」
「うん(そしてリュミさんと藤次郎のようになれたらいいな)」
ルカは心の中でそう言った。
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