番外編第五話「湖の精霊」
藤次郎とジェドはそれぞれの世界の事を言える限り話していた。
やはり今は同い年だからか話が弾み、気がつけば夜更けになっていた。
そこで話が途切れた時に藤次郎が尋ねた。
「あの、さっきはなんでもないと言ってたけど、本当は何かあるのでは?」
「やっぱ分かるよね……うん。聞いてくれる?」
ジェドが頷いて言うと、藤次郎も無言で頷いた。
「じゃあ。僕ね、両親や妹が羨ましいんだ」
「ん? どういう事?」
藤次郎が首を傾げると、
「皆世界を救ってるのに、僕だけは何もしてないってね……いや平和が一番なのにそんな事考えるのはどうかと思うとね」
ジェドはそう言って俯きがちになった。
「ああなるほど。私の親友も同じことぼやいてたよ」
「え、そうなの?」
ジェドが顔を上げると、
「そうだよ。彼の両親も世を救いし方達で、自分もそうしたいなんてね。けどお家の役目である悪しき縁と戦い、人々の心の闇を祓うこともまたそうではないかと話したら、納得してくれたよ」
「お家の役目か……僕んちは人々の心に夢と希望をだけど」
「おやそうなんだ。素晴らしいお役目じゃないか」
「そうかな? いやそう思ってはいるけど、やっぱ華々しく戦ってってのも憧れちゃうんだよね」
「それも分かる気がするよ。私だって武人として強者と勝負したいという思いはあるから」
「そうなんだね。うん、ありがと。ちょっと気が楽になったよ」
「いえいえ。さて、そろそろ寝ようか」
「うん、おやすみ」
「やっぱ藤次郎は優者なんだな。ほんと心が軽くなるよ」
ジェドは笑みを浮かべた後、眠りについた。
そして、五日後に中央部に着いた。
そこはタカマハラの入口を思わせるような森林があった。
「この辺りに聖地があると?」
「そうだと思うけど、このへんでそれっぽい伝説聞かなかったわね」
藤次郎とリュミが森を見ながら言い、
「おとぎ話でもそれらしきものはない。ただ、この森には何かある」
「ええ、なんというか聖なる気が感じられますわ」
ウイルとナホもそう言うと、
「とにかく入ってみるか。一応気を抜かずに行こう」
一行はベルテックスを先頭に森の奥へと進んだ。
そして四半刻足らず歩いた頃、出口が見えてきた。
「うわあ……」
森を抜けた先にあったのは、透き通った大きな湖だった。
「ねえ、やっぱここがそうじゃない?」
「かもしれませんね」
「あ、そういえばおとぎ話に斧を落としたら女神様が出てきて、落としたのは金の斧か銀の斧か、ただの斧かってのがあったよな」
ジニーがそんな事を言い、
「それで正直に言えば全部もらえて、欲張ったら何もでしたわね」
ナホも笑みを浮かべて言う。
「試してみるか?」
「これはダメだぞ」
ウイルがベルテックスの斧を見ながら言うが、彼は当然頭を振った。
「じゃあそれ落とそうぜ」
ジニーが近くにあった大岩を指して言うと、
「なるほど。それなら正直に言えば、金銀の大岩になる」
ウイルが頷き、
「よっし、じゃあやろっか」
「ええ」
皆で大岩を持ち上げようとした時だった。
「そんなの落とそうとすんなー!」
湖から勢いよく出てきたのは、銀髪で水色のローブを纏っているいろいろ小柄な女性だった。
「うわあ、本当にいたのね。お遊びのつもりだったのに」
リュミがやや引きながら言うと、
「お遊びで殺されたくないわー!」
女性がまた声を上げた。
「すみません、つい調子に乗ってしまって」
藤次郎が頭を下げた。
「むうう、まあいいわ。それで何しに来たのよ?」
「いえ、伝説の聖地を探しに。あの、ここがそうなのですか?」
「そうよ。ここは元々神器を作る場所だったの。けど約千年前、妖魔大帝に悪用されそうになったから封じたのよ。その後長い年月が過ぎて忘れられちゃったみたいね」
「そうでしたか……」
「けど、それでも辿り着いた者には何かされていたのでは?」
ウイルが尋ねると、
「うん、正しき者にはいい武具を与えてたわ。ってそれ、かつて魔物退治する為に武具を求めてやってきた勇敢な武士にあげたものじゃないの」
女性がベルテックスの斧を指して言った。
「なんと? これは我が祖先が雷神様から授かったと伝わっていますが、ではあなたがその雷神様で?」
ベルテックスが斧を見せながら言うと、
「私は雷神じゃなくて湖の精霊、名前はマシュよ。てかちゃんと名乗ったはずなんだけどなあ?」
精霊マシュは首を傾げた。
「ベルテックスのご先祖様は異界から来た人だから、たぶん精霊の意味がよく分からなかったのかもしれない。そして斧の力から雷神様と解釈してしまったかも」
ウイルがそう言うと、
「そうかもね。まあとにかくその斧で人々を助けただけじゃなく、代々伝わってるだなんて嬉しい限りだわ」
「そう言っていただけて何より。拙者もこの斧のおかげで優者の、世界平和の一助となれましたぞ」
「うん、だんだん見えてきたわ……優者と守護者達、ありがとうございました」
マシュはそう言って皆に頭を下げた。
「なんか伝説の聖地に来たって感じられないわね」
「皆精霊と普通に話してるもんな。まあ僕達だって似たようなものだけど」
ルカとジェドがぼそっと言うと、
「それとそっちの二人にもお礼を言わなきゃね」
マシュが二人の方を向いて言う。
「え、僕達は何もしてませんってか、つい最近ここに迷い込んだんですけど」
「分かるわよ。未来でだけど、皆の心に夢と希望を届けてくれてありがとう」
「あ、いえ僕はまだ見習いですよ」
「うん、あたしもそっちはまだまだ」
二人が手を振って言う。
「謙遜しなくていいわよ。そうだ、皆にいい武具あげ……ってそれ以上のは用意できないわ」
マシュは皆を見渡し、残念そうに俯いた。
「いえいえ、お気持ちだけで充分ですよ」
藤次郎がそう言うが、
「うーん、けど何もしないのは……そうだ、せめて我が家でおもてなしさせて」
マシュが手を合わせて言った。
「皆、マシュ様のご厚意受け取ろう」
ウイルが言うと皆が頷いた。
「ありがと。じゃあ」
マシュが手をかざすと、皆は大きな透明の球体に包み込まれた。
「これ、バラリア様のと同じ?」
「もしかして湖の底なの?」
「ええ。じゃ、行くわよ」
球体が浮かび上がると、それが湖にゆっくりと沈んでいった。
湖は透き通っていて、時折魚が泳いでいるのが見える。
そして、湖の底にある光り輝く宮殿に入ると、やはり空気があった。
「海の宮殿にも劣らぬ美しさですね」
「うわあ、綺麗」
「ここへ来るまでもだけど、まさに幻想の世界だね」
皆が口々に言う。
「ふふ。さ、まずは湯に浸かってね」
一行はマシュに案内され、湯殿に向かった。
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