第53話「報告巡り アキヅシマ~ダークエルフの里まで」

 アキヅシマ城の玉座の間。

 そこで王と王子が藤次郎達を出迎えていた。


 そして、ジニーがウイルと婚約したと報告すると、

「ではウイルにも爵位を授けよう。面倒だろうがジニーは貴族なので、相手は貴族か王族でないと婚姻が困難なのだよ」

 王がウイルの方を見て言う。

「はっ、謹んでお受け致します」

 ウイルは片膝をつき、礼を取った。


「あの、この国ではそうなのですか?」

 藤次郎が尋ねる。

「そうなのだ。身分違いだがどうしてもという時は貴族の猶子になればいいのだが、おそらくウイルを猶子どころか養子にしたがる者が大勢出てきて、争いになるだろうしな」

「なるほど。我が国にも似たような事はあります」

「ちなみに藤次郎殿を養子にしたかったという貴族も大勢いたぞ。儂も娘がいたらぜひ婿にと願ったよ」

「勿体なきお言葉です」



「ああ、ジニーに求婚すらできなかった……ううう」

 王子が何故か涙目でそんな事を言った。

「え? アタイ、王子様と会った事ないと思うけど?」

 ジニーが首を傾げると、

「覚えてないか。昔王家主宰の晩餐会で会ってるんだけど、僕が七歳で君は五歳だったしね。それと以前親衛隊長と旅人のフリして君の家に泊まって、追い出されたんだけど」

「……ああっ!? あ、あんときの人攫い!」

 ジニーは思わず王子を指差して声をあげてしまった。


「なに、どういう事だ?」

 王が王子の方を向くと、

「えと、サプライズで朝起きたらお城だった、そこでジニーとブークには一日ゆっくりしてもらい、御母上を医者に見せようと思ったんですが……ジニーに気づかれてぶっ飛ばされてしまいました」


「……あのさ、そんな事しないでちゃんと話せば上手く行ったかもよ」

「そうですわ。それだとジニーさんに城を破壊されてたかもですわ」

 リュミとナホが呆れ顔で言った。


「殿下、もしかして最初に会った時からずっとジニーを?」

 ウイルはやはり気になったようだ。

「最初はただ可愛らしい子だなってくらいだったけど、その後で何度もジニー事を思い出してね……それで気になって、時々城を抜け出しては物陰からジニーの様子を見てたんだよ」


「だからそれストーカーよ」

「淫妖魔だった時のわたしが見つけてたら、コロしてましたわ」

「そう言うな。殿下はそれ以上何もなさって……しかけたのだった」


「では、殿下は町長や大臣の噂を?」

 ウイルがお構いなしに尋ねると、

「知っていたよ。それで密偵に探らせていたんだけど、奴らも馬鹿ではないから、なかなか証拠を掴めず……歯痒かったよ」

 王子は当時を思い出しているようで、心底悔しそうにしていた。

「だからせめてもと、陰ながらジニー達を援助されていた。モグリ宿屋を黙認させていたどころか、おそらくは客も何度か手配したのでは?」

「……そうだよ。口の固い者を選んで泊まらせてたし、僕もあの時以前に一度、変装して泊まってたんだよ。ああ、ジニーと同じ屋根の下で眠れただけ幸せだった……」

 そう言う王子の目には、涙が浮かんでいた。

 

「う、ちょっと言い過ぎたかな」

「そうですわね。行動はおかしいですけど」


「……ありがと。そしてごめんなさい」

 ジニーが涙目で言うと、

「ん、分かってるよ。ウイルとお幸せにね」

 今度は笑顔になり、二人を祝福した。

「ダークエルフのウイル、殿下の御心に感動しました。臣下として永遠の忠誠を誓います」

 ウイルは胸に手を当てて片膝をつき、礼を取った。

「うん、ありがとう」



 アキヅシマの凱旋式は翌日にすることになったので、一行はジニーの家に泊まる事にした。


 ジニーの母とブークは一行の無事を、ジニーの帰りを喜んだ。

 母はもう体力も回復していて、客間で皆を迎えた。

 そして、

「そ、そうだったのね。うちがそんな凄い方の子孫だったなんて」

 話を聞いたジニーの母が目を丸くする。

「母さんも知らなかったって事は、父さんもかな」

「たぶんね。ただ遠い国から来た人とだけだったわ」

「そっか。ってあとアタイさ、ウイルと婚約したんだ」

 ジニーはそう言ってウイルを促した。

「はじめまして、ダークエルフの、ウイルです」

 ウイルがやや緊張して挨拶する。

「ええはじめまして。あの、こんなおてんば娘でいいの?」

「全てがいいです」

「あらあら……ええ、うちの娘をよろしくお願いします」

「はい」


「ちぇっ、藤次郎兄ちゃんなら文句なかったのになあ」

 ブークはやや拗ねていた。

「お、俺じゃダメか?」

 ウイルが不安気に聞くと、

「ダメというか、知らない人だし……」

「そうか、じゃあこれから知ってくれ。よし、これやる」

 ウイルがそう言って取り出したのは、何らかの紋章が刻まれた緑色の弓だった。

「うわあ、かっこいい」

「幼い頃からの俺の宝物」

「え、いいの?」

「いい。一緒に練習しよう」

「うん!」

 二人は庭の方へ歩いていった。


「じゃあアタイも」

「いえ、男同士の大事な話をするでしょうから、ジニーはここで」

 藤次郎がジニーの腕を掴んで止めた。

「え、うん……?」


「ほう、分かるか?」

 ベルテックスがややニヤけて尋ねると、

「流石に分かりますよ」



 しばらく稽古をした後、ウイルがブークに話しかけた。

「本当は自分がジニーを嫁にしたかったのでは?」

「……うん。でも諦めた。本当の姉ちゃんじゃ結婚出来ないもん」

 ブークは目を伏せて言う。

「……俺、絶対ジニーを幸せにする。ブークに誓う」

 ウイルは胸元に右手を当て、真剣な眼差しで言った。

「うん、もし泣かせたら射抜いてやるからな」

 ブークは目に涙を浮かべつつ、ウイルの真似をして同じように手を当てた。




 そして翌日、凱旋式もつつがなく終わり、更に翌日。

 ダークエルフの里、ウイルの家に向かった。


 その客間にはウイルの両親だけでなく、一族の主立った物もいた。

「文句無い。ウイル、いい女性と会えたな」

 ウイルの父、族長が笑みを浮かべて言う。

「父上、ありがとう」

「ありがとうございます!」

 二人が頭を下げると、


「うえええん、わたしがウイル兄の嫁になりたかったのに~」

 そこにいたウイルの従妹が泣き出した。

「アル、すまない。気づかなかった」

 ウイルが従妹アルの頭を撫でて言う。

「ごめんな、アタイが取っちゃって」

 ジニーも近づいて謝ると、

「ううう、この年増め」

 アルはジニーを睨みつけて言った。

「アタイはまだ十七歳だよ!」

「わたしは十歳、若い」

「いやちっちゃいだけだろ!」

「あなたもちっちゃい。胸もちっちゃい」

「そんな事言うのはこの口か~?」

 ジニーが青筋立ててアルの口を引っ張った。

「いはいいはい!」


「こら、やめなさいよ!」

「あなたも落ち着いて」

 リュミがジニーを引き離し、ナホがアルを宥めたが、

「うええん、ちっぱい年増のばか~」

 アルは泣きながら走って部屋から出ていった。


「すまない。後で言い聞かせる」

 そう言った男性は族長の弟でアルの父と名乗った。

「あ、いやアタイも乱暴しちゃって」

 ジニーも頭を下げて言う。

「いい、私達が甘やかし過ぎた。兄夫婦もアルを甘やかし過ぎた」

「娘も欲しかったから、姪のアルが可愛くて」

 族長兄弟が揃って頭を掻いた。


「まあ分かるわよ。ね、藤次郎……はどこ行ったのよ?」

 リュミが辺りを見渡すが、藤次郎の姿は無かった。



「こんな所にいたんだね」

 村外れの樹の下に座り込んでいたアルを見つけた藤次郎が言うと、

「……優者様。わたし悲しい」

 アルが顔を上げ、涙目で言う。

「私は色恋沙汰はとんと疎いから、気の利いた事は言えない。ただ今は何も気にせず泣いたらどうだい?」

「……うん」

 アルは藤次郎の胸に飛び込み、思いっきり泣き続けた。



「ふう、スッキリした」

 しばらくして、アルは笑みを浮かべて言う。

「よかった。さ、そろそろ戻ろうか。あとジニーに謝るんだよ」

「うん。……優者様に嫁いなかったら、わたしがなりたかった」

 アルはちょっと頬を染めて言うと、

「あの、私に嫁はいないよ?」

 藤次郎が首を傾げると、

「……本当に疎かったんだ」

 アルは何故か呆れていた。



「藤次郎、ありがとう」

 物陰から見ていたウイルが言い、

「アタイ、アルと仲良くするよ」

 ジニーもそう言うと

「ああ。そうだ、ブークは同い年だから今度会わせよう」

「うん、それいいかも」



「……拙者も偉そうな事は言えんが、子供にまで呆れられるとは」

 ベルテックスがボヤくと、

「えっと、あの子誰を藤次郎の嫁だと思ったの?」

 リュミが首を傾げ、

「あなた以外いませんわよ」

 ナホがツッコミいれた。

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