第52話「報告巡り ツクシシマ~ナホの村まで」

 翌朝。

 皆が支度を整えた後、彦九郎が尋ねた。

「さて、これからどうするかね?」

「まずは皆で、お世話になった方々に報告に行きます」

「うむ。一応各地の神官にお告げをしておくが、皆の口から聞きたいだろうからな」


「ねえ、藤次郎はまだこの世界で旅を続けるんでしょ?」

 リュミが藤次郎の方を向いて言う。

「ええ。まだ行ってない場所が山程ありますから」


「拙者とナホは挨拶の後、一旦別れる。落ち着いたら合流していいか?」

 ベルテックスが言う。

「ええ。でも慌てずゆっくりしてください」

「分かってますわよ。しばらくは新婚生活しますから」

 ナホはベルテックスに寄り添って言った。


「アタイも一旦家に戻るよ。母さんが心配だし」

「俺、ジニーの家で暮らす。義母上と幼い弟を置いて行くわけにはいかないし」

 ジニーとウイルが続けて言う。

「いいのですか? ウイルは次の長なのでは?」

「構わない。いずれは戻るし、父はまだまだ現役。それに父は絶対そうしろと言う」

「なるほど」


「ま、皆の結婚式には出るからね」

 リュミが言うと全員が頷いた。


「ではお祖父様、お祖母様。行ってまいります」

「気をつけてな。そうそう、蛇殿の世界への扉はいつでも開けられるようにしておくからな」




 一行は転移術でまずツクシシマ城に行った。


「皆、国を代表して礼を言うぞ」

「お疲れ様でした。そしてありがとうございました」

 ツクシシマ王と王妃が玉座から礼を言う。


「いえ。そうだ、この魔法衣はお返しします」

 藤次郎が衣を差し出すが、

「いや、それはもうそなたの物だ。持っていってくれ」

「そうはいきませんよ。だって」


「……う」

 王妃が突然口元を押さえて蹲った。

「どうした!?」

 それを見た王が駆け寄り、

「失礼します……あ、ご懐妊ですわ」

 その後に来たナホが魔法力で診察して言った。


「……え?」

 それを聞いた王が目を見開き、

「あなた、あの子が帰ってきてくれたのよ」

 王妃は既に涙ぐんでいた。

「そ、そうか……う、う」

 王も喜びのあまり泣き出し、玉座の間にいた皆も貰い泣きした。



「ありがとう、これもきっと藤次郎のおかげだ」

 落ち着いた王が藤次郎の肩に手をやって言う。

「いえいえ。そうだ、これを王子様に」

「……ああ」

 王は頷いてそれを受け取った。


「陛下、王妃様ご懐妊と優者様達の勝利、早く国民に知らせましょう」

 大臣が目を輝かせて言う。

「そうだな。皆、引き止めて悪いが今日明日はいてくれ」

「はい」


 その後凱旋式が行われ、同時に王妃懐妊が知らされると王都全域が湧き上がり、あっという間にお祭り騒ぎとなった。




 二日後、王都を後にした藤次郎達は海底トンネル付近の海岸に来ていた。

「さて、次はバラリア様達に」

 そこで海水に手を漬け、バラリアに向かって祈るとまた海面に渦が起こったが、


「おおっ?」

 そこから出てきたのは全長十メートルはある海亀だった。

「王妃様に命じられて来ました。さ、背に乗ってください」

 亀は当然の如く言葉を発した。

「はい。いや本当に浦島太郎のようですね」

「その気分を味わってもらおうとの事で、私が遣わされました」

「あらら、サービスいいわね」

 リュミが笑みを浮かべて言った。


 そして藤次郎とリュミは一度見ていても海の中の景色や海底の城に見惚れ、他の四人は驚きのあまり声も出なかった。



「皆、海の民を代表して礼を言うぞ。よくぞやってくれた」

「ほんとありがとね。皆のおかげよ」

 海王ケイトスと王妃バラリアが頭を下げて言った。

「いえ、御二方にお助けいただいたおかげでもありますよ」

「ふふ、そう言ってくれると嬉しいぞ」


「ケイトス様、これありがとな。おかげで助かったし、ダン様がご先祖様だって知る事もできたよ」

 ジニーが腕輪を見せて言う。

「なんと、ジニーは魔闘士ダン様の子孫だったのか。やはり我が目に狂いはなかったな」

「はは。でさ、これどうしようかと思ってんだ。またケイトス様に預けるかアタイが持っておくかでさ」


「ジニーさんの家で伝えればいいって、占いに出てるわよ」

 バラリアがどこからか出した水晶玉を掲げて言う。

「あ、そうなんだ? じゃあそうするよ」

「ふふ。ああそうそう、誰か蛇さん呼んで来て」

 バラリアが言うと、衛兵の一人が部屋から出て行った。


「蛇殿はここへ来てから殆ど寝ているのだ。本人が言うには心地よいらしくてな」

「封印されていた間は時が止まっていて、前は殆ど寝ていなかったからかも」

「かもしれぬな」

 ケイトスとウイルがそう話していた。



「やっと帰れるんだね。ありがと」

 やって来た蛇が頭を下げて言った。

「いえいえ。蛇殿の準備が出来ましたらお送りします」

「いつでもいいよ。王様、王妃様。お世話になりました」

 蛇は二人の方を向き、また頭を下げた。

「達者でな。もし来れるなら、またいつでも遊びに来てくれ」



 地上に戻った藤次郎達はタカマハラに移動し、蛇の世界へと続く扉の前に着いた。

「では開けるよ」

 彦九郎が扉を開くと、その向こうに緑豊かな大地が見えた。

「……変わってない。僕の世界だ」

 蛇が目を潤ませて言う。 

「それと、よく見てごらん」

 彦九郎が向こう側を指して言うと、

「え? あ、仲間達がいる!?」

 蛇が驚きの声をあげた。


「え、そうなのですか?」

「たしかに似たような蛇さんがいっぱいいるけど?」

 藤次郎とリュミが向こう側を見て言うと、

でなんとか調整して、蛇殿が元いた時代と繋げたんだよ」

 彦九郎が向こう側を指して言った。

「正直諦めてた……ありがと、ありがと」

 蛇はポロポロと涙を流した。

「いや、封印して申し訳なかったとダンも言ってたよ。さ、あまり長く開けてられないので早めに」

「うん。皆、またね」

 蛇は扉を潜り、元の世界へと帰っていった。


「よかったわね。ところでお兄ちゃん、さっき言ってた皆ってまさか?」

 リュミが尋ねると、

「ああ、ダンとフォレスにも来てもらったんだよ」


「え~、アタイもご先祖様に会いたかった~」

「俺も。けど長居できなかったからですね」

 ジニーとウイルが残念そうに言うと、

「そうなんだよ。これ実は掟破りだからね」

 彦九郎が気まずそうに言う。


「ああ、バレる前に逃げたのね。けどさ」

「はい、もう知っておられるでしょうけど、あえて目を瞑ってくださったのでは?」

 リュミと藤次郎が続けて言い、

「そうよ。あなたは全世界の救世主なんだから、きっとお許しいただけたのですよ」

 さやが笑みを浮かべて言う。

「……そうなのかもな」

 彦九郎は天を仰いて呟いた。




 その後は世話になった村々を巡り、やがてナホがいた村に着いた。


「シスターナホ、出来ればベルテックス殿の里に行ってくれんかのう?」

 長老が申し訳無さそうに言う。

「なぜですの? わたしはまたこの村で働きたいですわ」

「拙者もここで暮らすつもりでしたが」

 ナホとベルテックスがそう言うが、

「いや失恋からまだ立ち直っておらぬ者、シスターナホに邪な思いを抱いていた事を恥じて悩んでいる者が多くてのう……それではシスターナホも辛いじゃろ?」

「……分かりました。でもわたしにとってこの村は故郷も同じ大事な場所です。いずれは戻りたいですわ」


「そう言ってくれて嬉しいわい。そうじゃ、ふと思い出したのじゃが聞いてくれぬかの?」

「え、はい」

「では。この村にかつて初代の優者様が立ち寄られたというのは知っておるじゃろうが、それ以前に守護者のお一人が人知れず食べ物を持ってきてくれていたそうじゃ。当時のこの村は働き手が少なくて、年寄りと子供が多かったそうじゃからな」

「なぜ人知れず?」

「その方は虎の獣人でのう、姿を見せては恐れられると思うたとある」

「え……?」


「後にその獣人、いや武士様をこの村にお迎えしようとなったのじゃが、断られたそうじゃ。自分は旅から旅が性に合っとると言われたとか。だが年に一度はこの村にたくさんの食料を持って来られ、子供達に学問や武芸を教えてくれた。それは『この村は自分にとって大事な場所だから』と話されたとある。そのおかげで今もこうしてこの村はあるのじゃよ」


「そ、そうだったのですね……」

 それを聞いたナホが涙ぐみ、

「……長老様、実は」

 ベルテックスが訳を話すと、


「な、なんと? シスターナホが、武士様の娘御だと?」

「信じられないでしょうが、本当です」

「いや信じますぞ。……そうか、この村は時を超えて父娘二代の守護者に守られていたのか……だがしばらくは辛抱してくれぬかの? その間に儂がなんとか話しておくから」

「分かりましたわ。一旦はベルテックスの里に行きますわ」



 村を出た後、ナホは天を仰いで呟いた。

「……お父様が守った村、これからも守っていきますわ」

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