第51話「様々な事実」
「あ、そうだ。ルナ殿のご子孫は今もいるのでしょうか?」
藤次郎が尋ねる。
「いるそうだ。というか異界と言ったがルナが着いた先はな、千年前の我が国だよ」
「おお、ではどこかで会えるかもですね」
「そうだな。だがこれは私の勘でしかないが、藤次郎ではなく未来の子孫が出会いそうな気がするんだよ」
「それは残念ですが、子孫同士が友誼を結んでくれればですね」
「あの、アタイも聞いていい?」
少し酔いが冷めたのか、ジニーが手を上げて言う。
「ん、なんだい?」
「話からなんとなくそうかなって思うけど、ダン様とフォレス様も神様になってるの?」
「ああ。ダンは商人の守護神としてあちこち巡っているし、フォレスは自然界を守る神となっているよ」
「あれ、ダン様って魔闘士じゃないの?」
「魔闘士であり商人だったんだよ。訪れた所では手に入り難い物を安く売って、またそこで手に入れた物を他でというふうにね」
「へえ、そうだったんだ。あ、ダン様は帰ったはずだから、どの時代のご先祖様がここに来たの?」
「君から見て十五代前の男性でね、奥さんと出会った後に偶然この世界に来たんだよ」
「そして貴族になって、アタイまで続いてかあ。あとさ、なんでうちはダン様の子孫だって伝わってなかったの?」
「四大守護者の子孫だなんて知れたら色々厄介だからと、彼ら夫婦は子や孫に言わなかったそうだ。けど世界が再び闇に覆われし時、子孫が優者の元に行くだろうと予感があったらしいよ」
「そっか……」
「彦九郎様。わたしもお聞きしてよろしいですか?」
ナホも手を上げる。
「ん、何をだい?」
「あの、もしかするとわたしは、その」
ナホが何か言い淀むと、
「想像通り、君はトラゴロウの血を引く者だよ」
彦九郎は頷いて答えた。
「……やっぱり。あの時から薄々そうかなと思ってましたわ」
「お待ちを。トラゴロウ様は独り身だったのでは?」
ベルテックスが尋ねる。
「たしかに妻は娶っていないよ。だが彼は娼館へよく行ってたんだよ。彼の時間でつい最近までね」
「トラゴロウさん、枯れてなかったのね……それでその中の一人がってとこ?」
リュミがやや呆れ顔で言う。
「そうだよ。トラゴロウも昔は英雄の一人として知られていたからね。本気になった人間の娼婦が内緒で身籠り、一人で娘を産んだんだよ。娘さんは母親の血が濃く出ていて殆ど人間だが、トラゴロウの母方には魔導師が多かったそうで、それを受け継いだのか魔力が生まれながらに強かったんだ」
「そうだったのですか。それで両親のどちらがトラゴロウ様の子孫なのですか? あと、父は今どこに」
「トラゴロウは先祖ではないよ」
「は?」
「あの、ナホはトラゴロウ様の血を引くと先程……え、ま、まさか?」
ベルテックスが詰まりながら言うと、
「そう。ナホさんこそが、トラゴロウの娘さんだよ」
「え……?」
それを聞いたナホは固まってしまった。
「ちょっと待って。じゃあナホは、なんかあって時を超えたって事?」
リュミが手を上げて尋ねる。
「ああ、ナホさんの母御は身籠った事を知った際、どこか遠くで子を産もうと旅に出たそうだ」
「なぜって、ナホの為よね」
「そうだな。自分が娼婦だと子供が辛い目に遭うのではと思われたのだろう。充分な蓄えがあったそうだから、やめてもしばらくは暮らしていけると思ったんだろうね」
「その途中でトラゴロウ様のように、時を超えた」
いつの間にか気がついていたウイルが言う。
「そうだよ。母御はその後修道院に辿り着き、マザーの計らいでそこで働いていて、やがてナホさんを産んだが……産後の肥立ちが悪くなって亡くなったんだよ」
「そ、そうだったのですね……もっと早く知っていたら、お父様ともっとお話したかったですわ」
気を取り直したナホが言う。
「すまなかった。私もつい先程それを知ったんだよ」
「あの、守護神様の代行とはそういうものなのですか?」
「いや、私が未熟なのですぐに知る事が出来ないのだよ」
「なあ、マザーやナホの先代シスターはそれ知ってたの?」
ジニーも尋ねると、
「聞いていたが流石に信じられなかったらしい。だがナホさんの秘めたる力に気づいて、本当なのではと思ったそうだ。そしていつか話そうと思っていたそうだが、先代のシスターは話す前に亡くなってしまった」
「マザーはまだご存命ですが、少しボケが入っちゃって」
「母御が手紙を書き残してあるそうだから、一度修道院に戻ってみればいいよ」
「ええ」
「これ、ナホに渡す」
ウイルは側に置いてあった胸当てをナホに差し出した。
「え、でもそれはウイルさんにと、お父様が」
「これはトラゴロウ様の形見。だからナホが持つべき」
ウイルは頭を振って言った。
「……ありがとうございます。では」
ナホはそれをそうっと受け取り、胸に抱いて目を伏せた。
「トラゴロウ様、娘御は拙者が必ず幸せにしますので、どうかごゆるりと」
ベルテックスが天を仰いで言うと、
「ナホさんが娘だと知ったら、ベルテックス殿を斬りに来るかもな」
彦九郎がやや意地悪な笑みを浮かべて言う。
「お祖父様、その時は止めてあげてください」
藤次郎も苦笑いしながら言うが、
「いや、気持ちは分かるのでなあ。私だって春を嫁にと言われた時はムッとしたしな、いかに彼が申し分ない男でも」
「……なんとしてでも、生き残る」
ベルテックスはボソッと呟いた。
「あの、父が夢を見ていたのは偶然だったのですか?」
「それも今分かったよ。君がいる事を知らせたい母御の思いがトラゴロウに届いて、それが夢となって現れていたんだ」
「では母御はいずれ、ナホをトラゴロウ殿に会わせるつもりだったのですか?」
藤次郎が言うと、
「そうみたいだな。母御はトラゴロウが心の奥底では子を欲していると感じたらしいからな。だからたとえ自分を妻にしてくれなくても、子供をと……」
「そうでしたのね……ふん、勝手な女だな」
淫魔のナホが出てきて言うが、
「けどあんたが生んでくれたおかげでアタシは藤次郎達に、父さんに、ベルテックスに会えたんだ……嬉しくも思いますわ」
そう言って、母を思って目を閉じた。
「ねえ、気になってたんだけどさ。ここってたくさんの異界への扉があるけど、他の世界にはそういうの無いの?」
リュミが言うと、
「一つか二つくらいならともかく、ここほどの数は他に無いよ」
「そっか。それともう一つ聞いていい? ここの守護神様ってどんな神様?」
「この世界の守護神はエミリーという女神様で、最高神様のお子の一人でもあるんだよ」
「……やっぱり」
リュミが何やら得心したように頷く。
「ん? ああ、未来の事なんだね。では聞かないよ」
「うん」
(ここってサキとセリスが育った世界だったのね。初代と二代目、そしてたぶん最後がこの世界でだなんてね)
「お祖父様は多くの世界どころか、時を超えて過去や後の世にも行かれていたのですよね」
藤次郎が言うと、
「そうだよ。流石に誰も信じないだろうから、さや以外には話してなかったよ」
「お祖母様、いくらお祖父様がとはいえよく信じましたね」
「さっき言ったでしょ、生霊飛ばしてこの人を見てたからよ」
「……はい?」
藤次郎は理解が追いつかないようで、
「な、なあウイル、生霊ってそんな簡単に作れるの?」
「容易に出来るわけない。それに異界へは分からないが、時を超えて飛ばすなんて無理のはず」
「……なんにせよ、さや様は人間だった頃から途轍もないお方だったのか」
「そうですわね……」
皆震えながら呟いた。
「ねえお兄ちゃん、その旅の話聞かせてよ」
リュミが雰囲気を変えようとしたのかそんな事を言った。
「ん? そうだね、じゃあ」
その後は皆、彦九郎の話に聞き入った。
「さて今日はこのくらいにして、そろそろお開きに……ってこら」
気がつけば皆寝てしまっていた。
「まあまあ。あんな戦いの後ですし、仕方ないですよ」
「む、そうだな。では一組ずつ部屋に寝かせるか」
「ええ。けど藤次郎をリュミさんと寝かせたら、切腹するかもですよ」
「ちゃんと布団は分けるよ……本当にリュミちゃんが嫁に来てくれたらいいのになあ。彦右衛門と香菜さんも反対せんだろうし」
「はいはい。妹みたいで可愛かったと言ってた娘ですものね」
「睨みながら言わんでくれ。私には兄弟がいなかったものだから、もし妹がいたらこんなふうなのかなと、あの時思ったんだよ」
「分かってますよ」
そして皆を部屋に送った後、
「さて、私達も寝ようか」
「寝かせませんよ。せっかくあなたが一番気に入ってる服着てるんだから」
さやが妖しい笑みを浮かべて言う。
「……言うんじゃなかった。後の世でメイドさんを見た時に、さやにあの服着せたいなあと思っただなんて」
「そして持って帰ってきたんでしょ。さあ」
藤次郎達は疲れていたのだろう。
大きな物音や声がしても目を覚ます事はなかった……。
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