第50話「宴での会話」

 いつの間にかそこにいたのは、メイド姿の女性。

 長い黒髪を後ろで束ねていて、上品な立ち振る舞い。

 歳は二十代前半といったところだろうか。


「へえ、お手伝いさんいたんだ」

「うわ、すっげー綺麗な人!」

「ほんとですわね。でもあの方も人間じゃないのですよね?」

 女子三人が口々に言うと、


「ご挨拶が遅れました。私は彦九郎の妻で藤次郎の祖母、さやと申します」

 その女性、さやが名乗って頭を下げると、

「えええええ!?」

 皆がまた一斉に驚きの声をあげた。


「やはりお祖母様でしたか。お会いしとうございました」

 だが藤次郎だけは普通に祖母に話しかけていた。

「私もよ。しかしあなた、少しは驚きなさいよ」

「いえ、お祖父様がお祖母様以外の女性を傍に置くはずないと思いましたし」

「ふふふ、分かってるのね」

 さやは口元を押さえて笑みを浮かべた。



「えと、なんで若いんだよ? やっぱ幽霊だから?」

「あの方の体も神体。だから神様になられているのだろ」

 ジニーとウイルがさやを見ながら言う。

「というよりお祖母さんも若くして亡くなられてるのよね?」

 リュミがそう言うと、

「ええ。私はこの人と同い年ですし、死んだ年も同じでそのままです」

 さやが彦九郎を指して頷く。

「さやは私の補佐役として神にされたのだよ」

「そうなんですよ。私なんかがって思いましたが、八幡大菩薩様が『そなたも私より強いからなあ』とか御冗談を仰って、ふふふ」


「八幡大菩薩様の事は知らないけど、さや様はかなり強い」

「ああ。女神様だからなのか、我らなどでは歯が立たぬ気を秘めておられる」

 ウイルとベルテックスが気配を察して言う。


「ところで、なぜメイド姿ですの?」

 ナホが気になって尋ねると、

「ただの趣味です。生前は着物なんてほとんど買えませんでしたが、今はなんでも手に入るものだから、もう楽しくて毎日いろんな服着てますよ」

「すまなかったな、苦労をかけて」

 彦九郎が頭を下げて言うと、

「いいえ。あなたとずっと一緒にいられた、そして今もだなんて幸せですよ」

 

「あの、お祖母様のご実家は代々筆頭家老だったのでしょ?」

 藤次郎が首を傾げる。

「筆頭家老と言っても小藩だから、そんなにお金持ちじゃなかったわよ。それに実家にせびってたらこの人の面目が立たないでしょ」

「ああ、それもそうですね」


「てかさ、お兄ちゃんなら幕府軍くらい一人で倒せたんじゃない?」

 リュミが物騒な事を言うが、 

「もしそんな事したら日ノ本が乱世に逆戻りしてしまうよ」

「できないとは言わないのね」


「そして、ご主君に殉じられた」

「勝手かもしれんがな、殿は身分の低い私を『父とも兄とも思う』と仰ってくださった。私にはあの方以外の主君など考えられんよ」


「そうよねえ。この人って対妖魔隠密に旗本待遇で誘われたけど、断ったのよ」

 さやがやや呆れ顔で言う。

「え? いえそうですよね。お祖父様が誘われない訳ないですよね」

「ああ。どこで調べたのやらだったよ」


「与力くらいは引き受けてくれればよかったのに。それでもお給金かなりあったのに……そうすれば暮らしも楽だったのに」


「うっ、すまなかった」

 彦九郎が気まずそうに言うと、

「いいですよ。さて皆様、宴の支度ができてますのでどうぞ」

 さやがそう言って手をかざすと皆の前に膳が、さやの後ろにたくさんの料理が置かれた台が現れた。


「うわお、流石女神様。お料理パッと出すなんて」

 リュミが手を合わせて驚きの声をあげると、

「作っておいたのを出したのですよ。私はまだ料理を無から出せませんから」

「あらそうなのね。ってまだって事はいつかはできるように?」

「ええ。さ、それよりどうぞ」

「はーい」

 そして皆が席に着き、盃を掲げた。




「ほう、これが米の酒ですか。香りがよくて美味いですぞ」

「ベルテックス殿はいける口ですな。さ、藤次郎も」

 彦九郎が酌をしながら言う。

「はい。しかしお祖父様と酒を酌み交わしたと父上が聞いたら、さぞ悔しがるでしょうね」

 藤次郎が返盃しながら言った。

「ははは。いずれ彦右衛門とも飲みたいものだ」


「藤次郎ってあまり飲まないのに、やっぱ嬉しいのね」

 リュミは米の酒は無理だからと果実酒を飲みながら言い、

「だよな。ところでウイルはもう飲まないのかよ?」

「俺、酒はやっぱりダメ。お茶でいい」

 ウイルはこういう席だからと一口飲んだが、それ以上は拒んだ。


「これが日ノ本の料理なのですね。どれもこれも美味しいですわぁ」

 ナホは鯛の刺身に海老天ぷらを口に運んでは、笑顔いっぱいになっていた。

「ふふ、どんどん食べてくださいね。そうだ、もう一ついかが?」

 さやがナホの盃に酒を注ごうとしたが、

「あの、できればコップでお願いします」

 ナホも遠慮なく言った。

「あら、いける方ですのね。でしたらコップよりこちらの方がいいですよ」

 さやが宙から湯呑を出し、ナホに渡して酒を注いだ。

「ありがとうございます。ではいただきます」

 ナホはそれをゆっくりと味わいながら飲んでいった。


「へえ、ナホもお酒好きだったのですね」

 藤次郎が意外そうに言う。

「普段はあまり飲まないようにしてましたの。けど今日はいいですわよね」

「ええ。私ももう一献」

 そう言って藤次郎も手酌で飲んだが、

 

「うぇ……」

「なんだ、もう酔ったのか?」

 彦九郎が呆れ顔で水が入った茶碗を差し出した。

「ええ、私は飲み慣れてませんから」

 藤次郎はそれを受け取り、口をつける。

「そうか。ところでひ孫の顔はいつ見れそうだ?」

「あのですね、私はまだ誰とも」

「リュミちゃんじゃいかんのか?」

「ぶっ!」

 藤次郎は盛大に飲んでた水を吹き出した。


「……あのねえ」

「あの、うちの孫じゃ嫌ですか?」

 さやがリュミの手を取って懇願する。

「ううう、てかジニーだって候補よ」


「アタイはもういいよー、ウイルのお嫁さんになるからさー」

 そう言ってウイルに抱きつくジニーだった。

「ジニー酔ってる。もう飲むな」

「えー、そういわずウイルも飲もうよー。これならいいだろー?」

 ジニーが飲んでいるのも果実酒だった。

「無理。俺にはどの酒も合わない」

「じゃあさ、こうすれば飲めるだろー」

「!?」

 ジニーは口移しでウイルに酒を流し込みやがった。


「あわわわわ」

「ちょ、ジニー!」

 藤次郎とリュミが慌てふためき、


「ふにゃ~」

「あ、寝ちゃった。もう~」

 倒れたウイルを突きながらボヤくジニーだった。


「寝たのではなく気絶したのだろ」

「ねえあなた~、わたし達も~」

 ナホもなんか猫なで声で言う。

「こんなところでは、というかいつの間にかもう夫婦みたいに」

「ええ~……ヤッといて結婚しない気かい?」

「ナホが拙者を襲ったのだろうが! それと貴様酔ってないだろ!?」

「チッ、バレたか。……ええ、だから酔うまで飲んでやりますわ」

 ナホはそう言って麦酒が入ったジョッキを持ち、豪快にやりだした。


「拙者は仲間内で一番強いつもりだったが、ナホの方が上だな」

 ベルテックスは苦笑いしていた。



「あらあら。若い方はいいですわね」

「あの、さやさんも若いけど」

 リュミが突っ込むと、

「ふふふ、でもあんな大きな孫がいますし、さっきうちの人はひ孫の顔と言いましたが、娘の長男と長女にはもう子がいるのですよ」

「あ、そうだったんだ。でもやっぱ石見家の跡継ぎが欲しいわよね」

「ええ。だからリュミさんがぜひ」

「えーと……」



「ふふ、まあゆっくり考えなさい。それより何か聞きたいことはないか?」

「え、そうですね。そういえばルナ殿は異界へ行かれたと聞きましたが、その後どうされたのですか?」

 藤次郎がそう言うと彦九郎の顔が曇った。


「あ、聞いてはいけませんでしたか」

 藤次郎が気まずそうにしていると、

「いや、聞いてくれるか? ルナはその後、異界で想い人を見つけて夫婦になったそうだ。出会った当時ルナが二十三で相手が十三だったが」

「お祖父様、いくら仲間とはいえそんな変態をなぜ斬らなかったのですか?」

「そう言うな。彼女には幼い頃弟殿に先立たれ、童達にその面影を見ているうちにそうなったのだから」

「それはどうなのでしょう? ……とにかく、その方とお幸せに暮らしていたと」

「ああ。だが彼女はその七年後、三十で亡くなった。息子さんはまだ三つだったそうだ」

「え、なぜ? 病でも患っていたのですか?」

「病と言えばいいのかな、神々の間で『忌まわしき病』と呼ばれているが、実はなんなのか分からないものなんだよ。聞けば弟殿もその病だったとか」


「それもしかして、記憶が無くなっていくというやつじゃないの?」

 リュミが彦九郎の方を向いて言う。

「知っているんだね。じゃあ死後どうなるかも」

「うん。魂が行方不明になるんでしょ」


「え? で、ではルナ殿とは、ずっとお会いしていない?」

「そうなんだよ。ダンやフォレスがあちこち探したそうで、夫殿や息子さん夫婦、ご両親は今もなおルナと弟殿を探し続けているんだ」

「そんな……」


「えっと、言ってもいい?」

 リュミが尋ねる。

「ん? もしかして未来で何かあったのかい?」

「うん。全部は言えないけど、それはあたし達の時代で無くなるわよ。仲間達がある方法でそれを消し去ってくれて、その余波というのかな? とにかくそれで行方不明になってた魂は皆、天に還る事ができたの」

「ではあと三百年近く待たなければならないが、ルナとも再び会えるのだな」

「お祖父様、よかったですね」


「ああ……リュミちゃん、教えてくれてありがとう」

 彦九郎は少し涙ぐみながら礼を言った。

「いえいえ」


「私もルナさんにはお会いしたいと思ってました……うちの人を襲おうとしたんですもの、会えたらぜひこの手で」

 さやの目が妖しく光った。

「やめてください!」

 藤次郎が慌てて止めるが、

「何故? 香菜さんも時折彦右衛門に近づく女狐を狩ってるわよ」

 さやは衝撃の事実を語った。

「……そうだったのですか。父上が他の女性に手を出すはずないのに」

「それでも心配なのよ。私だって生前は生霊飛ばしてこの人に群がる雌豚を狩ってたし、今は女神の力で……」


「嫁姑揃ってヤンデレってか、さやさんはそんな域超えてるわね」

 リュミが震えながら言い、


「リュミは違ってよかったな」

「そうですわね。どちらかというと藤次郎さんの方が嫉妬深そうですけど」

「ああ、拙者やウイルがリュミと話していると、軽く剥れていたからな」

 ベルテックスとナホが小声でなんか話していた。

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