第49話「初代優者と……」

「私達では、闇を祓うので精一杯だったからだよ」

 藤次郎達にそう言ったのはあの侍風の男性。いや……、


「……お兄ちゃん、だよね?」

 リュミが目を潤ませて言う。


「そうだよリュミちゃん、久しぶりだね。それと想像通り」

「お祖父様ですね」

 藤次郎も目を潤ませていた。


「ああ。藤次郎、よく来てくれたね。そしてよくぞ彼を救ってくれた」

「いえ。皆のおかげですよ」

「そうだな。皆さん、ありがとう」

 そう言って彦九郎は皆に向かって頭を下げた。


「勿体なきお言葉。我らがどれほど役に立てたか分かりませぬが、精一杯の事はしたつもりです」

 ベルテックスがそう言って頭を下げると、ナホ、ウイル、ジニーも後に続いた。



「……お祖父様、お会いしとうございました」

「私もだよ。藤次郎をこうして直に見れるとは……」

 彦九郎は藤次郎の顔をじっと見た後、彼を抱きしめた。



 それを見て、皆貰い泣きしていたが、

「……ところで彦九郎様。あなたはもうお亡くなりになったはずでは?」

 ベルテックスが涙を拭って尋ねる。 

「あ、そうだった。じゃあ幽霊……ギャアアア!」

 ジニーが怯えてウイルに抱きつき、

「違う。彦九郎様は霊体ではない。よしよし」

 ウイルがジニーの頭を撫でて言い、

「霊体でないとしますと……え?」

 ナホが何かに思い当たり、

「神体、すなわち神の体でしょ?」

 リュミはもう分かっていたかのように言うと、


「そうだよ。流石聖戦士だね」

 彦九郎が藤次郎を離して答えた。

「という事は、お祖父様は神様になられたのですか?」

 藤次郎は目を見開いて尋ねる。

「ああ。あの世に行った後、八幡大菩薩様に推挙されてね。いずれは自分の跡を継いでくれとも言われたが、それは荷が重すぎますと断ったよ」

「そうでしたか。父上も以前跡を継げと言われたそうですよ」

「……彦右衛門は逃げられんだろうなあ」

「はい?」

「いやなんでもない。それより皆疲れているであろう。この近くに私の家があるからそこで休みなさい。話はその後でな」




 そこから半時もかからず歩いた場所にあったのは、日ノ本風の少し大きめの屋敷だった。


「これはまたご立派なお屋敷ですね」

「ふふ、この家は私が主君から戴いたものでね、はる(彦右衛門の姉)や彦右衛門が生まれ育った家でもあるんだ。それを移築したと思えばいいよ」

「そうでしたか。では父上や伯母上が見たら、さぞ喜ばれるでしょうね」

「ああ、いつか連れてきてくれ。私はあと十数年はここにいるから」

「ですが父上はともかく、伯母上は……」

「なあに、夢でも見ていたようにするよ」



 その後皆は交代で風呂に入り、汚れを落として服を着替え、居間に集まった。

 藤次郎とリュミは慣れているが、他の四人は初めて見る畳や座布団に戸惑いながら腰を下ろした。


「さてと、何から話そうかな」

「彦九郎様、もしや拙者に夢でお告げをくださったのは」

 まずベルテックスが尋ねた。

「私だよ。あなたなら藤次郎を助けてくれるだけでなく、よき友となってくれると思ってね」

 彦九郎が笑みを浮かべて頷く。

「勿体なきお言葉……」


「そうでしたのね。夫にお告げをくださったのは守護神様かと思いましたわ」

 ナホがそう言うと、

「実はね、この世界の守護神様は以前から深い眠りに着いておられるのだよ。だからその間、私が代わりをしているんだ」


「えええっ!?」

 それを聞いて皆一斉に驚きの声を上げた。


「というか、ご自身の世界の守護神になるのを断っておられながら、ここで代行をしてるのですか?」

 藤次郎がやや膨れっ面で言う。

「そう言ってくれるな。私もこの世界は気に入っていて、第二の故郷とも思っているのだ。そこを守りたいと思ってもいいだろ」


「それだけでなく、新たな優者を迎える為にだったのでは?」

 ウイルが手を上げて言うと、

「ふふ、君はフォレスによく似ているね。頭の良さも」


「あ、あのさ、彦九郎様は藤次郎が優者になるの、分かってたの?」

 ジニーも尋ねると、

「いいや、流石にそこまではね。けど藤次郎がここへ来ると聞いた時、もしやと思ったよ」


「ねえ、トラゴロウさんは残念だったね」

 リュミが悲しげな顔で言う。

「……ああ。あの世でフォレスに聞いたが、トラゴロウがある時行方不明になった、おそらく時を越えたのだろうと言われた矢先だったよ」

「助けたくても助けられなかったのね」

「そうだよ。藤次郎に乗り移って剣を交えるのが精一杯だった」


「トラゴロウ殿がもう長くなかったのもあったから、ですよね」

 藤次郎も目を潤ませて言う。

「え? どういう事ですの?」

「まさか、病でも患っていたのか?」

 ナホとベルテックスが戸惑いがちに尋ねる。

「そうだよ……酒好きだったからか、肝に悪い腫れ物があったんだよ。何もなくてもあと半年程だっただろうな」


「け、けどさ、藤次郎なら」

「藤次郎でも出来なかった。いやもし出来たとしても、トラゴロウ様はずっと歩き続けていたから、もう休んでほしかったのですね」

 ウイルがジニーを遮って言った。


「本当に君はフォレスに似ているね。君が藤次郎の補佐役になってくれてよかったよ」

 彦九郎が頷きながら言った。


「ねえ、トラゴロウさんはもうあの世に行ったの?」

「彼は時を越えているので、すぐに行かないと魂が消えてしまう恐れがあるからな」

「そっか。いつかまた会えたらいいな」

「トラゴロウもいずれ神になるだろうから、その時はな」


「精一杯といえばお祖父様、闇を祓うのもそうだったとか」

「うむ。私達では完全には無理だったのだ。世界の闇を祓い、彼の心の闇に少しの光を灯すのが」

「だから優者と呼ばれるのは心苦しかった?」

「私は名誉など要らんよ。たとえ上手くいったとしてもね……さて、他に何かあるかい?」


「では彦九郎様、別世界の英雄王が彼の一族を滅ぼしたこと、ご存知ですか?」

 ウイルが尋ねる。

「知っているよ。降伏したにも拘らず、全員を……それは致し方なかったのだろうな。中途半端に生かしては後の災いとなるという軍師殿の意見を取り入れたそうだ」

「そうだったのですか。だが」

「彼だけが生き残り、そのせいで大勢が死んた。騎士殿はあの世でそれを知って悔やみ、自ら地獄へ行こうとしたと聞いた。英雄王殿と軍師殿が自分のせいだと言って止めたので収まったがな」

「そうでしたか。あと、彼を蘇らせたのは誰だったのかは?」

「それは守護神様ですら分からぬそうだが、もう気配は感じられないそうだ」

「どこかで別の優者か神剣士が倒したのかも?」

「そうかもな」


(たぶんあの人よね。けどこれは言わない方がいいわね)

 リュミは心の中でそう言った。

「っとそうだお兄ちゃん、今はこの広い家で一人でしょ? 神様でも結構大変じゃない?」


「いえ、一人じゃないですよ」

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