第56話「帰宅、そして祝言」
その後私はリュミと元の世界に、家に帰った。
リュミは我が家を見つめ、何やら思っていたようだ。
おそらくは後の世の事だろうな。
家に入り吾作さんに出迎えられて居間に行くと父上、母上、初が待っていた。
そこで一通り、リュミを妻に迎える事も話すと、
「ああ、リュミさんが藤次郎のお嫁さんになってくれるなんて」
母上はそう言ってリュミの手を取り、笑みを浮かべられた。
「香菜さん、いえお義母様。よろしくお願いします」
リュミからすれば友が義母になったのだし、すぐには慣れないかな。
「母上、この人わたしの姉上?」
すっかり大きくなり、喋れるようになっていた初が言う。
しかし幾度か初の夢を見てたが、そのとおりの姿で驚いた。
ああ可愛いなあ。
「そうよ。さ、ご挨拶して」
「姉上、初です。わたし姉上ができて嬉しいです」
初が深々とお辞儀した。ああ可愛いなあ。
「ありがと。私も妹ができて嬉しいわよ」
リュミはそう言って初の頭を撫でてた。
「初、覚えてないだろけど兄の藤次郎だよ」
私も初にとっては初対面だよな。
「知ってます。兄上とは何度も夢で会ってました」
初が可愛いらしい笑みを浮かべて言う。
「え? それは」
「おそらくは八幡大菩薩様が計らってくださったのだろうな」
父上がそう言われた……ありがたいことだ。
「えと、お義父様。よろしくお願いします」
リュミがやや緊張して言い、
「ああ、お主なら何も異存はない。藤次郎をよろしくお願い申す。遠慮なく尻に敷いてくれ」
父上は頭を下げ、そんな事を言われた。
「あの、藤次郎の方が強いんですけど」
「そうなのか? では二人共、落ち着いたら手合わせするか?」
今なら一本取れるか?
「ううう、藤次郎様も奥様を……吾作は嬉しゅうございます」
吾作さんはもう大泣きしていた。
「藤次郎から聞いてたわ、吾作さんは伯父のような人だって。だからあたしも伯父さんと思っていいですよね」
「勿体なきお言葉……若奥様、どうか藤次郎様を、ううう」
「はい」
そしてお祖父様が向こうで守護神代行になっている事を話すと、皆驚き叫んだ。
初は真似してただけだが。ああ可愛いなあ。
「なんだろ、藤次郎からシスコンの気配がするわ」
リュミがなんかボソッと言っていた。
次の日、殿にどのように話そうかと思案していたら、その殿が知らせもなくお忍びでやってきた。
「藤次郎、無事に戻ってきて何よりだ。さて旅はどのようなものだったのだ? ここ でなら異界の事も話せるであろう?」
殿はあっけらかんと言われた。
「……お気づきだったのですか」
「昔自分で言っていたであろうが。儂も楽しみに待っていたのだぞ」
やはりこの方にお仕え出来るなんて、自分はなんと果報者なのだろうか。
「殿、拙者達もまだ詳しく聞いておりませぬゆえ、一緒に」
父上が言い、
「そうだ。あの、この娘は藤次郎の許嫁で、すみれと言います」
母上がリュミを促した。
「おお。して、どこの娘なのだ?」
「えっと、こことは違う日ノ本の商家の娘です」
厳密には商家ではないが、似たようなものと聞いた。
「なんと……」
殿は少し驚かれた後、こんな事を言われた。
「すみれだったか、そなた筆頭家老の養女になってくれぬか?」
「え? なぜですか?」
リュミが首を傾げる。
「そなたは悪い言い方になるが、こちらでは何処の誰かも分からぬ者だ。だから妬む者も出てくるやもしれんからな」
「ありがたいお話ですが、筆頭家老殿が承知しますでしょうか?」
父上が言われると、
「実は筆頭家老が娘を藤次郎の嫁にやりたいと言っているのだが、調べさせた所その娘には好いた男が他におるようでな。だから儂がそちらの縁談を斡旋して、代わりにすみれを儂の遠縁の娘という事にして、それを筆頭家老の養女として藤次郎との縁談をと言えば納得しよう」
「あ、ありがとうございます!」
リュミが平伏し、
「筆頭家老様はもしかして、うちと誼を通じたかったのでしょうか?」
私は気になって聞いてしまった。
「それもあるが、藤次郎を一人の男として気に入っているそうだ。幼い頃から利発で礼儀正しく、武術は以前から藩内で三番手だからなあ」
「え、三番手って一番と二番は……ああ、お義父様とお義母様よね」
リュミが顔を上げて言うと、
「そうだ。藤次郎は自分などまだまだだと嘆いていた事があったそうだが、それを聞いた師範が怒鳴ったらしいぞ。『あの二人を引き合いに出すなあ!』と」
そんな事もあったな。
師範は父上はともかく母上にも勝負を挑み、瞬殺されたとぼやいていたし。
「そりゃそうよね。今のあた……いえ、私でも勝てませんし」
リュミが口元を押さえ気まずそうにすると、
「ははは、ここは城ではないから取り繕う必要はないぞ」
殿は笑いながら言われた。
「あ、あはは……。じゃあ殿、ちょっと気になった事あるんですけど、聞いていいですか?」
「いいぞ。何を聞きたいのだ?」
「さっき調べさせたって言ってましたけど、もしかして家来に隠密がいるんですか?」
「ああいるとも。な?」
殿はそう言って母上の方を向かれた。
「え、まさか?」
「ええ。殿のご命令であちこち探ったり、他の隠密達を指導したりしてました」
母上が頷かれるが、今まで知らなかった。
「拙者にくらいは言ってくれ。たまに行き先を言わずに出かけるものだから、不安になっていたぞ」
父上も知らなかったのか。
「ごめんなさい。後を継いでくれる人が一人前になったらと思ってたんです」
「そうか。それでその後継ぎは」
「もう大丈夫でしょうから、そろそろ」
母上が殿の方を向かれ、
「ああ、長い間ご苦労様だった。ありがとう」
殿は軽く頭を下げられた。
「殿、そろそろ旅の話をしてもよろしいでしょうか?」
「おお、頼む」
その日は夜遅くまで、最後は酒を飲みながら話した。
「おお、そのような建物があるのか」
「ええ。すみれ曰く古代にあった出雲大社のようだと」
「そうか、儂もいつか見てみたいものだな」
「さ、一献」
「おおすまぬな……ん?」
殿がこちらを見て首を傾げる。
そりゃそうだろうな、なんせ。
「皆そこにいるな? では誰がついでくれたのだ?」
「私だ。久しいな、遠江守」
「……うわああああ!」
殿は御自身に酌をされている方を見て仰天された。
それは八幡大菩薩様だった。
「ははは、そんなに驚かなくてもいいだろ」
八幡大菩薩様が笑いながら言われた。
「こ、これはとんだご無礼を!」
殿が慌てて平伏しようとしたが、
「よいよい。今日は無礼講と先程そなたが言ったではないか」
八幡大菩薩はいつの間にか持っていた盃を傾けて言われた。
「あ、あ……っと、ささ」
殿は八幡大菩薩に酌をされた後、膳を持って下座に移動された。
「ねえ藤次郎、八幡大菩薩様ってあんなイタズラ好きだったの?」
「いや、私が知る限りは……父上、母上?」
「イタズラというか、謀が好きなんだろうなとは以前から思ってましたよ。だってあなた達も帰る前に、ね」
母上はそう言われた。
「……ああ、なんかおかしいと思ったわ」
ぐぬぬ……謀られてたのか、あれは。
というか、それならあの方も……おくびにも出さないあたりやはり守護神様だな。
二月後の大安吉日、私とリュミの祝言が行われた。
筆頭家老様はたいそうリュミを気に入ってくれたようで、短い間だったが本当の娘のように思えたと言ってくださった。
あちらの奥様や娘様も気に入ってくれたようで作法など教えてくださり、特に娘様は好いた方に嫁げる事に礼を言われたと、リュミが話してくれた。
その後皆でかの世界に行き、お祖父様とお祖母様に報告した。
父上は子供の頃に戻ったかのように泣いておられた。
「すまなかったな、苦労をかけて」
お祖父様は父上の手を取り、目に涙を浮かべられていた。
「いえ。たしかに苦労はしましたがよき友に出会い、拙者には勿体ないくらいの妻に出会いました」
「そうか……香菜さん、本当にありがとう」
お祖父様は母上の方を向き、頭を下げられた。
「いえ、そもそもこの人がいなかったら、わたしは……」
「それはともかく、苦労をかけたとご両親も言われているよ」
お祖父様がそう言われた。
「え、もしかしてあの世で会われたのですか?」
「祝言の前に挨拶に行って、当日は皆で見ていたよ。あとお二人は香菜さんの功績もあっていずれ天界人となるから、その時に会えるよ」
「……お父さん、お母さん」
母上は目を伏せた。お祖父様とお祖母様を思われているのだろう。
私もいつかお会いしたいものだ。
吾作さんもずっと泣いていた。
「……ううう、まさかまた旦那様にお会いできるだなんて」
「吾作、彦右衛門に仕えてくれてありがとう。これからもよろしく頼む」
「はい、はい……」
初はお祖母様に抱きつき、たんと甘えていた。
「お祖母様柔らかい、いい匂い」
「あらあら。お母様だってそうでしょ」
「母上はゴツゴツしてるし、胸小さい」
「そういう事言っちゃだめよ」
「ふふふふふ。初、あなたもいずれ言われますよ」
だが成長した初はほぼ母上そっくりだが、ある部分だけはお祖母様似だった。
そんなある日母上が八幡神社を焼き討ちしようかなと物騒な事を言われたので、皆で止めた……。
後に伯母上伯父上、従兄達もかの世界に行かれたが、皆様には夢の中での出来事と思うようにされていた。
伯母上も子供に戻ったかのように泣かれていて、皆貰い泣きしていた。
更に後に伯母上は「同じ日に家族皆が遠い国で父上と母上に会った夢を見た。不思議な事だった」と文を送ってこられたので、父上は「自分達も同じ夢を見ました」と返答したそうだ。
伯母上もおそらく気づかれたかもな。
そして、かの世界でも祝言をした。
お祖父様お祖母様、リュミのご両親や姉上様達、弟殿。
仲間達に出会った方々、松之助や源三郎やそのご両親、父上母上のお仲間達も来てくださった。
後に沙貴が「あれ? 松之助様や源三郎様、皆様は来てないはずなのに?」と言っていたが、一彦に言わせると「いくつかの流れがそこに落ち着いたんでしょう」とか。
聞けば本来私が松之助や源三郎と出会うのは今の歳よりもっと後だったそうで、友ではあったが親友とまではいなかったとか。
流れが変わって親友を得られた事に感謝した。
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