第55話「帰る道中で……した」

 その後は主にリュミとの二人旅だった。

 時折ベルテックスとナホ、ジニーとウイルが合流しては別れを繰り返しつつ、皆で楽しく旅をした。

 前の道中では行かなかった北のエゾシマ王国にも行き、城で王に大歓迎された。

 おとぎ話でしか伝わっていなかった聖地を発見して大騒ぎにもなったが。




 そして、月日が流れ……。

 藤次郎の旅の期限が近づいた。


「うう、気がついたら追い抜かれちゃってた」

「ふふん。どうですか」

 藤次郎はリュミの背丈を追い越し、168cmになっていた。

 彦右衛門が165cmなので父にも勝ったと喜ぶ藤次郎だった。

 ちなみにリュミも1cm伸びて165cm。


「だが拙者達には追いつかんな」

「わたしはともかくあなたは別格ですわ」

 ベルテックスは2mあり、ナホは170cm。

 こちらは二年前と変わっていない。


「ナホが背が高いのは、お父上に似たからかもですね」

「母も今の私と同じくらいあったそうですわ。あとぽっちゃりしていたそうですよ」

「まさにトラゴロウさんの好みだったのね。もしかすると、あの世で結婚してたりしてね」

「ええ……そうしないなら墓壊してやるよ」

 ナホが握り拳を作って言った。

「やめてあげて」


「俺、伸びなかった……ううう」

「アタイは伸びたけど、皆に追いつかなかったよ」

 ジニーは二年前は150cmだったのが159cmまで伸び、ウイルは同じ160cmのままだった。


「けどジニーは出るとこ出てきたじゃない」

「ああ。ナホには勝てねえけど、リュミには負けてねえぜ」

 ジニーが胸を張って言う。

 栄養を充分取ったからか、肉付きがよくなったようだ。


「ううう、ブークもそのうち俺を追い越しそう」

 ブークはこの二年でかなり伸び、現在158cm。

 まだ成長期なので、いずれそうなるだろう。




「さてと……着きました」

 そこは藤次郎が最初に着いた場所。

 大草原の真ん中にぽつんとある扉、それこそが元の世界への扉だった。 

 元の世界へ戻るだけならタカマハラからでもいいのだが、八幡神社に戻るにはここからでないとダメらしい。


「とうとうこの時が来たか……藤次郎、達者でな」

 ベルテックスが笑みを浮かべて言い、

「てかさ、アタイ達もいつかそっち行くからな」

 ジニーは少し涙ぐみながら言い、

「この世界は俺達が守る」

 ウイルは胸に手を当て、

「お二人と旅ができてよかったですわ……ありがとう」

 ナホは手を振って言った。


「ええ。お世話になりました」

「じゃあ、また会おうね」

 藤次郎とリュミは扉を潜り、紫がかった長い隧道を歩いて行った。




「行っちゃったな。やっぱ寂しいよ」

 ジニーが涙を拭いながら言い、

「二度と会えない訳じゃない。けどそうそうこっちには来れないだろう」

 ウイルも寂しげに言う。

「そうだな。藤次郎はお国では重臣の息子なのだし」

 ベルテックスが頷きながら言うと、

「ええ。ところであの二人、ちゃんとくっつきますわよね?」

 ナホが首を傾げていた。


「あれで結ばれなかったら、藤次郎を射抜く」 

「それはダメですよ……そんなヘタレのはいらねえだろから、アタシがもぎ取ってやるよ」

「やめんか!」


「結婚式出たいなあ。けど向こう側でアタイ達が出てったら厄介だよなあ」

「心配しなくても、ちゃんと取り計らうよ」

 いつの間にか彦九郎がそこにいた。


「え、どうやって?」

「こちらでもしてもらうのだよ。私達は娘や息子の祝言を直に見てないから、せめて藤次郎とリュミちゃんのだけでも見せてもらおうかと思ってね」

「あれ、藤次郎の妹さんのは?」

「初が祝言する頃には、私達は天界へ帰らなければならないからね……」

 寂しげに言う彦九郎だった。




 来た時と同じ四半刻程進むと、前方に光が見えてきた。

「いよいよ藤次郎の世界へかあ」

「ええ。では」

 そして、隧道を抜けるとそこは……、


「……へ?」

「どうしたの?」

「八幡神社に着くはずだったのですが、違う場所に来たようです」

「そうなの? それでここは知ってる場所?」

 そこはどこかの漁村のようで、海がすぐ近くにあった。


「いえ全然……もう日が暮れますし、旅籠でもあればいいのですが」

 藤次郎が辺りを見渡すと、


「あの、どうかされましたか?」

 二人に話しかけたのは藤次郎と同い年くらいに見える、神主の服装を纏った青年だった。

 だが、

「あんた何者? ただの神主さんじゃないわよね?」

 リュミが身構えながら尋ねる。

 どうやら何か別の気配を察したようだ。

 藤次郎は抜刀していないが、気も抜いていない。


「……ああなるほど。二人共落ち着いて、僕はこの世界の守護神ですよ」

 青年、守護神が手をかざして言う。


「え? 守護神様は八幡大菩薩様では……あ、ここはまた別の異界という事か」

 藤次郎がポンと手を叩いて言う。

「そうですよ。どうやら帰り道がちょっとズレたみたいですね」

「なるほど……あの守護神様、私達をどうか元の世界に戻してくださいませんか?」

「明日の昼頃になりますが、それでいいですか? ズレた道を調整するのに少し時がかかりますので」

「ありがとうございます。あの、お手数ですがよろしくお願いします」

 藤次郎はそう言って頭を下げた。


「いえいえ。姉の世界を、いや多くの世界や人々を救った優者のお願いならね」

 守護神が手を振って言う。

「え、どういう事ですか?」

「あなた方が旅していた世界の守護神はね、僕の姉なんですよ」


「そうだったんだ。お姉さんは聞く所によると絶世の美女、守護神様は美少年って、最高の姉弟ね」

 リュミが手を合わせて言うと、

「……あの姉は少年好きで、たまに僕を襲おうとしますけどね。てか僕は見た目より年寄りですよ」

「あ、神様だものね」

「ええ。さ、今日はあの家で休んでください。あそこは僕の別荘みたいなものだから、遠慮しなくていいですよ」

 守護神は海辺の近くにある大きめの民家を指して言った。


 


 その家で先にリュミが風呂を使い、藤次郎も使った後。


 藤次郎が部屋に戻るとリュミが縁側にいた。

「リュミ、どうかしたのですか?」

「あれを見てたのよ」

 リュミが指したほうを見ると、満月がくっきりと海に映っていた。


「……綺麗だ」

「うん。ほんと綺麗な海と月よね」

「いや、リュミが」

「は?」

「昼間見るとお日様のように明るく可愛らしいが、今は月に照らされているせいか、幻想的な美しさだ」

 藤次郎が柄にもない事を言う。

「ちょっとあんた、なんか悪いもんでも食べたの?」

「いや、リュミが悪いもののはずないだろ」

「おーい? ……はっ、まさか酔ってる?」

「酔ってるよ。リュミの全てに」

「……えーと」

 リュミはどうしたらいいか分からなくなった。


 すると、

「帰ったら言うつもりだったけど……リュミ、私と夫婦になってくれ」

 藤次郎がリュミの手を取って言った。

「……あ、あんたね、あたしはとっくにそのつもりだったわよ……けど、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

 リュミは三つ指をつき、少し頬を赤らめて言った。


「ありがとう。では」

 藤次郎はすかさずリュミをお姫様抱っこした。

「ちょ、ちょっとなにすんのよ!?」

 リュミが慌てて抗議すると、

「何って、わかるだろ」

 藤次郎はニヤリと、何か怪しい笑みを浮かべていた。


「……ま、待って、それは祝言してからにしよ」

 リュミは顔を真っ赤にして止めるが、

「散々薄着や下着で誘惑されて、もう限界なんだよ……さあ」


 あ~れ~!




 少し離れた海辺では、畳を敷いて月見酒をしている二人がいた。


「ふう、君もお節介焼きだねえ」

「こうでもせぬと、藤次郎はなかなか求婚せぬと思いましたからな」

 それはこの世界の守護神と藤次郎達の守護神八幡大菩薩。

 話しぶりからして八幡大菩薩よりここの守護神の方が格上らしい。


「それなら自分の世界でやりなよ。僕の別荘を連れ込み宿に使いやがって」

「あやつは夜道でも帰りそうだったもので、それでです」

「流石に女の子連れてそれはないだろ」

「あの娘は武力だけなら私を上回っておりますぞ」

「……凄いねそれ。君って守護神の中では一二を争う強さなのに」

「何を仰られますか。私などイオリ様の足元にも及ばないですぞ」

 八幡大菩薩が頭を振って言う。

 あとこの世界の守護神はイオリという名らしい。


「よく言うよ。僕なんかじゃ全然君に敵わないよ……っと、それで彼らの子孫が全ての悪しき縁をって、本当に?」

「私も詳しくは見えていませんが、そうなるはずです」

「そうか……じゃあ、僕も少しは役に立てたかな」

「はい。さ、もう一献」

「うん」


 二柱の神はいつか訪れる日を思いながら盃を傾け、月を愛でた。

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