第45話「妖魔大帝」

 深い森の中をしばらく進むと、やがて出口が見えた。

 そこは、

「ここがタカマハラか……」


 どこまでも続く広い地に多くの花が咲き乱れ、

 鳥や蝶が飛び交い、綺麗な水が流れる川もあり、

 森と遠くの山々に囲まれているような場所だった。


「うわ、聞きしに勝るとはこの事だわ……」

 リュミがポカンと口を開けて辺りを見渡し、

「なあ、ここって天国みてえだな」

「ええ……」

 ジニーとナホもその景色に見惚れていた。


「それで、ここに妖魔大帝がいるのか?」

 ベルテックスが誰にともなく言うと、

「ん、誰かいる」


 いつの間にかそこにいたのは、黒いフードマントを着ていて、背丈は藤次郎より少し高いくらいの、あの時トラゴロウに話しかけた男だった。


「よくここまで来たな、優者達よ」


「妖魔大帝か?」

 藤次郎が身構えつつ尋ねる。

「いかにも。千年以上前、この世界を闇で覆うためにやってきた者だ」

「そうはさせるか」

 藤次郎が刀に手をかけた時。

「まあ待て。もうそのつもりはない」

 妖魔大帝は手をかざして言う。

「な、なんだと? どういう事だ?」

「そんな事をしても何もならんと知ったからだ」



「はい? どうなってるのでしょう?」

「彦九郎様の力が今頃効いてきたのかな?」

 ナホとジニーが首を傾げ、

「だといいが、そうではなさそうだ」

 ウイルが身構えつつ言った。



「ここは多くの世界の中継地点でもある。以前はこの世界を闇で覆えば、そこから生じた強大な闇が扉を通って他世界に流れていき、全てをと思ったが……そうしたところで、どこかで優者や英雄達に防がれるだけだ」

「ではどうする気だ? まさか何もせず引き下がるのか?」

「いいや」

 妖魔大帝は頭を振った後、藤次郎を指し、

「石見藤次郎、貴様とその一族を消せばいいと気づいた。そうすれば優者はもう現れない。優者なくして真の平和なぞ来ぬからな」


「それは違うわよ。優者は血筋なんて関係ないんだから」

 リュミが前に出て言うと、

「全ての悪しき縁を消し去る優者は、石見藤次郎の子孫以外あり得ぬ。未来から来た貴様なら知っているはずだ」

「なんでそれ知ってるのよ!?」

「ふふ、私も時の力を持っているからだ」

 妖魔大帝が自身を指して言った。

「そんなの嘘よ、妖魔が時の力を持つだなんて無理のはずよ!」

「私は元人間で、今は魔人だよ」

「えええ!?」



「……もしかして」

「何か知ってるの?」

 ジニーがウイルに尋ねると、

「流石にそれはないと思っていたが、我が一族の伝説によれば、妖魔と手を組んだ人間の一族がいたらしい」

「え?」


「そのとおりだよ。我が一族は妖魔の依代として、またある時は人を惑わす邪教集団として暗躍していたのだが……ある時、一族は妖魔と共に滅された」

 妖魔大帝がウイルの方を向いて答えた。


「なんだと? いったい誰が?」

 藤次郎が言うと、

「別世界の英雄王と神剣士が率いる軍にだ」

「は?」

 

「……あ、まさかあの人達?」

「え、リュミはその方達を知っているのですか?」

 藤次郎がリュミの方を向く。

「うん。四千年以上前の別世界の話なんだけど、その世界を統一した英雄王がいてね、奥さんが神剣士なのよ」


「そうだ。奴らが我が父を母を、友を、一族を惨たらしく殺した……降伏したにも関わらずなあ」

 妖魔大帝がその拳を握り締め、怒気を表した。


「神剣士様がそんな事をなさっただなんて、信じられませんわ」

 ナホが口元を押さえて言い、

「なあ、英雄王はなんとなく分かるけど、神剣士ってなんだよ?」

 ジニーが誰にともなく言うと、

「伝説によると神の力と人の心を持って、その剣で闇を祓い世界を照らす者。優者がいるのだから、どこかにいるとは思っていた」

 ウイルがそれに答えた。


「ところで、お主はどうやって生き残った?」

 ベルテックスが身構えつつ尋ねる。

「私も軍の騎士に追いかけられ、もう駄目かと思ったが……私がまだ幼かったからだろうか、その騎士は槍を持ったまま躊躇っていたので、その隙を突いて逃げ出した。いや今思うとわざと逃したのかもな」

 そう言った妖魔大帝のフードマントから見えた口元が、ほんの僅かだが緩んでいるように見えた。



「私はその後、修行を重ねて残っていた妖魔の力を取り込み、死に至る病を蔓延らせる大呪術を使って奴らに復讐したのだ」


「え? そ、それってまさか、あの大疫病の事?」

 リュミがやや詰まりながら言うと、

「知っていたか。そうだ、十年の時をかけて世界中に疫病を流行らせ、英雄王と神剣士を始め、世界のおよそ八割の人間はそれで死んだ。だが、私もそんな大呪術を使ったせいで命を落としたのだ」


「なんだと? ではどうやって蘇った?」

 ベルテックスがまた尋ねると、

「神剣士に倒された妖魔将、妖魔大帝の残留思念が私の魂と融合し、私を魔人として再生させたのだ。そして私に次代の妖魔大帝となって妖魔達を率い、全ての世界を闇で覆えと言い残して意識を消したのだ」


「じゃあ、あんたは二代目って事かよ」

 ジニーがそんな事を言う。

「そうなるな。跡を継いだという意味では貴様達と同じかもな」

「一緒にするなよ。で、その後ここに来たってか?」

「いいや、私もこの世界の事は長い間知らなかった。初めは力を蓄えるため、聖地にあった異界への扉を通って別世界へと向かった。そこである学者が開発していた核兵器を暴発させて、世界を混沌に陥れてやったのだ」


「げ、今度はそっち!?」

 リュミが驚きの声をあげた。

「それも知っているのですか?」

 藤次郎がまた尋ねる。

「うん。英雄王がいた世界の守護神様のお父さんが生まれた世界であった事よ」


「そうなのか、それは知らなかった。とにかく私はその世界で悪しき縁の力を蓄えていたが、ある時突然世界が消滅してしまったのだ」

「それも聞いたとおりね……」


「私は長い年月をかけて幾つもの世界を巡り、この世界にやってきた。それからは先程言ったとおりだ」


「それで優者彦九郎様と四大守護者に倒され、どうやってまた蘇った?」

 ベルテックスが問う。

「正直言うと私も知らぬのだ。ただ、消える間際に何者かの声が聞こえた。『千年経ったら蘇るようにする。その時には今の何倍もの力がついている』とな」

「そ、そんな途轍もない奴が、いるのか?」

「さあなあ。蘇って以降は話しかけてこないので、もう誰かに倒されたのやもな」




「……なるほど。どうやら妖魔大帝は私達が思っていた以上の罪深き者ですね」

 リュミから説明を聞いた藤次郎達は、妖魔大帝を睨んだ。

「ええ、あいつのせいで未来で全ての世界が一度消えたんだからね」


「元はと言えば英雄王と神剣士のせいであろうが……」


 いつの間にか近くにいた鳥や虫達がいなくなっていた。

 これから始まる事を察し、避難したのであろう。  


「そうかもしれないが……だが、今は貴様を」

「させるか。優者よ、貴様を消して全てを闇に包んでやるわ!」


 マントを取ったその姿は、全身が黒い鎧のような鱗に覆われ、赤く光る二つの目だけが浮かぶ仮面のような顔。

 それはまさに魔人と呼ぶに相応しい姿だった。

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