第44話「望むようにさせた」

「はああっ!」

 ベルテックスが、リュミが、ジニーが打ち掛かるが、

「甘いわ!」

 それらを尽く防ぎ、弾き返していく。


「くそ、攻防一体の二刀流、崩せぬ」

「なんちゅう強さなのよ、あの人」


「でしたらこれは!?」

 ナホが大爆発呪文を撃つが

「む? そりゃあ!」

 太刀に気を込め、それを打ち返した。


「きゃあっ! って、剣で打ち返すってなんですの!?」

 なんとか避けたナホが声を荒げた。


「あ、あんなのどうやって……なあダン様、なんか言ってよ!」

 腕輪に向かって言うジニーだったが、反応は無かった。


 


「ぐ……あ」

 気がついたものの、まだ意識が朦朧としている藤次郎。

 その時、懐の数珠が光り、そこから藤次郎にしか聞こえない声がした。


” 藤次郎、そのままで聞いてくれ ” 

(……え? は、はい)

” トラゴロウは、もう助からん ”

(な、何を言われますか。まだ諦めては)

” そうではない。トラゴロウはな…… ”

 声の主がある事を言うと、

(そ、そうだったのですか。ですが)

” 優者の力でもこればかりは……だから ”

(トラゴロウ殿が望まれる通りにですか……)

” ああ。そしてそれは……今のままでは ”

(……分かりました。どうぞご存分に)

” すまない。この手しか思い浮かばなかった ”

(お気になさらずに。不謹慎ながら私も……見れることを嬉しく思います)

” ふふ。では ”

(ええ)




「くっ、こうなったら切り札を」

 ウイルが身構えた時だった。

「いや、ここは私に任せてくれ」

 彼がウイルの横に立って言った。

「藤次郎、気がついたか。任せろって何か策があるのか?」

 ウイルが訝しげに尋ねると、

「いいや、ただトラゴロウと一対一で勝負するだけだよ」

 彼はそう言って頭を振った。

「ん? 藤次郎、なんか変だ……え、まさか?」

 ウイルが何かに気づくと、

「流石優者の補佐役だね。これからも頼むよ」

 彼はそう言って、前線へと歩いて行った。

「はい。命の限り」

 ウイルは胸に右手を当てて片膝を付き、その背に向かって礼を取った。

 胸に手を当てるのは、ウイルの一族にとっての最敬礼だった。



 そして、彼が前に出て言った。

「皆下がって。私が相手をする」

「え? いやここは皆で」

 ベルテックスが止めようとするが、

「……下がれと言っている」

 彼が低い声で言った。

「は、ハハッ!」

 ベルテックスは思わず片膝をつき、礼を取った。


「あ、あれ、え?」

「藤次郎さん、いえ違うような?」

「……まさか、そうなの?」



 そして、彼がトラゴロウの前に立つと、 

「ん? ……お、おお!」

 トラゴロウが目を見開いて声を上げた。

「気づいたようだな。さあトラゴロウ、私が相手だ!」

「ははっ!」

 互いに得物を構えたと同時に、戦いが始まった。



 トラゴロウが太刀を振るうと彼が最小限の動きでかわし受け止め、また最小限の動きで斬りかかる。

 それを見たトラゴロウは大技を放って動きを止めようとするが、止められずにいた。


 

「すごい。無駄な動きが一切無い」

 ウイルが目を見開き、

「な、なあ。あれって武道の理想形だよな」

「ああ。だがあの境地に辿り着ける者など、誰もいないだろうと思っていた……まさかこの目で見れるとは」

 ジニーとベルテックスが胸を震わせ

「戦っているはずなのに、なぜか穏やかにお話しているような……?」

 ナホが二人を見つめながら呟き、

「あたしの仲間である大勇者ですらあれは無理だったのに……やっぱり」

 リュミは目に涙を浮かべていた。



 そして、どのくらいの時が経ったか。

 二人は動きを止め、得物を構えて見つめ合った。


 次で決まると、誰もが思った。

 

  

(……ん? おお)

 トラゴロウは何かを見た後、……両腕を僅かに下げた。

 その隙を逃さず、彼はトラゴロウに向かっていき……その胸板を斬り裂いた。


「お見事……」

 そう言った後、トラゴロウは仰向けに倒れた。


「……なぜだ?」

 彼がトラゴロウの側に寄り、膝をついて言葉少なげに尋ねる。

「あの時の光が、藤次郎様を照らしているように見えましたので」

「そうか……」


「……彦九郎様がそんなご最後だったとはつゆ知らず……できればすぐお側に参りたかったですぞ」

「そんな事をしたら」

「わかっております。だが儂はもう……だから妖魔大帝から話を聞いた時、叶うならあの時のように戦い、あの時戴いた命をお返ししたいと思いました」


「え、じゃあさっき言った事は?」

 いつの間にか側に来ていたリュミが尋ねる。

「それも少しはあったわい。だがのう、それはお主らがなんとかしてくれるじゃろうと思うた」

 トラゴロウの顔に少し笑みが浮かんだ。


「……トラゴロウ殿、本当にこれでよかったのですか?」

 藤次郎が悲しげな顔で尋ねると、

「ふふ、もうご存知なのでしょう? 儂は本望ですぞ」

「……そう、ですか」

「ええ。そうじゃ、ベルテックス殿とウイル殿。これを貰ってくれぬかの?」

 トラゴロウが自身の二刀を掲げて言う。

「え、なぜそれを拙者達に?」

「ベルテックス殿は藤次郎様の一の忠臣であり友、ウイル殿は補佐役で軍師……その手助けになればと」


「ありがたいですが、俺は剣を使えない」

「拙者も剣は得意と言えませぬ」


「大丈夫じゃよ。手にとってみい」

「は、はい?」

 ベルテックスが剣を取ると、それが光り輝いて兜に合わさり……。


「おおっ!」

 虎の顔を象った前立となった。そしてウイルが持った剣は。


「こ、これは」

 やはり虎の顔のような紋章があり、銀色に輝く胸当てとなった。


「これで、いいかの?」

 トラゴロウが笑みを浮かべて言うと、

「ははっ!」

「あなたの想い、我らが継ぎます」

 二人はその場に膝を付き、トラゴロウに礼を取った。


「頼みましたぞ……そうじゃ、ナホさん」

「は、はい?」

 呼ばれたナホが近寄ると、

「……近頃よく同じ夢を見ていたのじゃ。その夢の中で儂は、いるはずのない自分の娘と共に旅をしていて、他愛のない話をしたり、女の子への配慮がないと怒られたりとしておってな、幸せな気持ちになっておったわい……そしてな、その夢に出てくる娘がなあ、なぜかナホさんそっくりだったんじゃ」

「え?」

 それを聞いたナホが目を見開く。

「あんたを最初に見た時……もしかすると、心のどこかにあった望みが叶ったのかもと思うた」

 トラゴロウはナホの方に手を差し出し、

「最後の頼みじゃ。今この時だけ、親の気分にさせてくれぬかの?」

 笑みを浮かべて言う。

「……ええ、お父様」

 ナホはそうっとその手を取り優しく握った。

「……ありがとう……では藤次郎様、皆様。……おさらばです」

 トラゴロウはゆっくりと目を閉じた。

 するとその体が輝きだし……光の粒となって消えていった。

 

「……」

 皆、空を見上げてトラゴロウの冥福を祈った。




「ねえ藤次郎、さっきまでは、その、たぶん」

 リュミが詰まりながら尋ねると

「はい。そのとおりですよ」

 藤次郎は言葉少なげに頷いた。

「そっか……助けたかっただろうな」

「出来なかったからせめて、トラゴロウ殿の望むようにさせてあげたかったのです」

「うん……」


「ええ。望む通りに……わたしもトラゴロウ様の遺志を」



「……妖魔大帝は必ず制する。皆さん、一休みしたら」

「うん!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る