第42話「なぜ、ここに?」

 その後もあれこれと尋ねていると、


「あの、話がそれますが聞いていいでしょうか?」

 ナホがやや遠慮がちに言う。

「ん、なんじゃな?」

「トラゴロウ様はもしかして、独身なのですか?」

 あ、そういえば。

「そうじゃよ。儂は妻を娶る気はなかったからのう。いやモテなかったのではないぞ、本当に」

「そうですか……いえトラゴロウ様の子孫がいるなら、その方こそ藤次郎さんの守護者になっているはずと思ったので」

 ナホが寂しげに言う。

「そう言ってもらえるとな。だが儂は多くの罪なき者を殺めた身。たとえ神がお許しになられても、儂自身が納得出来んかったのじゃ」


 トラゴロウ殿がそう言われた時、ナホの目つきが鋭くなった。

「……アタシは淫魔として何人もの野郎の精を搾り取り、死なせてきたよ」

「なに?」

 トラゴロウ殿も険しい顔になる。

「……でも、それでもわたしは愛するこの人と一緒にいて、いつかは子供を産みたいと思っています」

 そう言ってナホが笑みを浮かべると、

「あんたは強いのう。それに比べて儂は、過去を引きずり続けたわ」

 トラゴロウ殿も口元を緩ませた。


「ベルテックス、大丈夫か?」

「ああ、なんとか倒れずに済んだ」

 ウイルが顔を真っ赤にしているベルテックスに話しかけていた。

「したくせに、そのくらいで?」

「放っておいてくれ」


「ねえトラゴロウさん、ルナさんは好みじゃなかったの?」

 リュミが話を変えようとしたのか、そんな事を尋ねた。

「は? ああ、ありゃ女としては好みじゃないわい。儂はもっと大柄なのがいいのじゃ」

 そう言って手を振るトラゴロウ殿。

「へえ、ルナさんって小柄だったの?」

「儂から見ればの。背丈はお主くらいあったから、彦九郎様がすねておったわい。『自分が一番小さいって……おなごよりもだなんて』とな」


「お祖父様は今の私と同じくらいだそうです。ルナ殿がリュミくらいなら、負けてますね」

 リュミも私より少し高い。くっ……。

「藤次郎様はまだこれからでしょう。そうそう、ルナはそこのナホさんといい勝負の胸を持っとりました。そこだけは好みでしたわい」

 トラゴロウ殿がややニヤけ顔で言われると、


「……初代守護者様ですらそれだなんて、やっぱ男なんてベルテックスと藤次郎とウイル以外滅ぼ」

「落ち着けー!」

 淫魔のナホが出てきて黒い気を纏いだしたが、ベルテックスが宥めてくれた。


「俺も別だと思ってくれるのは嬉しいが、でかすぎるのが好きじゃないだけだ」

 ウイル、そんな正直に言わなくても。


「あのさあ、ルナさんは仲間の誰も興味なかったの?」

 リュミがまた尋ねる。 

「ああ。彦九郎様は国に許嫁がいると言っておったからのう。おそらくは藤次郎様のお祖母様かと」

「ええ。祖父と祖母は幼い頃に婚約したと伯母上から聞いています」

 なんか呆れ顔しながらだったが。


「やはり。旅の途中で何人ものおなごに言い寄られたが、そう言って誰も相手にしませんでしたからのう」

「父上は全然だと言ってますし、私もさっぱりですよ。お祖父様はやはり凄い方ですね」


「なあ、藤次郎のお父さん、気づいてなかっただけじゃねえの?」

「そうよ。あの人超鈍いし、藤次郎も」


「それとフォレスは既に妻子持ちじゃったし、ダンも国に恋人がいると言うとったので、ルナは『なによこいつらはー!』とキレとったわ」

「ルナさんはトラゴロウさんも好みじゃなかったのね。いい人だと思うんだけどなあ」

「ありゃ自分より若い男、特に少年好きだから当時三十の儂は無理だと言うとったわ」

「本当にショタコンだったのね」

「知っておったか。ああ、だから思い余って彦九郎様を襲おうとしたが、儂らで阻止したわい」

「そ、そうだったのね……それでルナさんはその後どうしたの?」

「彼女は戦いから二年後に『理想の男見つける旅に出るわ!』とか言って、タカマハラの扉を通って異世界へ行ってしもうたわ。それからずっと会っとらんが……元気にしとるかのう」


「ではトラゴロウ様と我が祖先だけがこの世界に残った」

 ウイルが言うと、

「そうじゃよ。フォレスとはその後も時折会い、二人で米の酒を飲んで語り明かしたものじゃ……だが、儂の時間で二年前に亡くなった。エルフは長寿と聞いていたのに、儂より七つも下のくせに先に逝くとは」

 トラゴロウ殿は目を覆って俯かれた。


「トラゴロウ殿が当時三十、フォレス殿がその七つ下。お祖父様が十五……あとお二方は?」

「ルナは二十、ダンは十八でした」

「私もこの中では一番年下。そこもなんか似てますね」


「そういやウイルはいくつだよ?」

「ジニーと同じ十七歳」

「そうだったんだ、アタイより上かと思ってた。ダークエルフだし」

「寿命は人間より長いが、見た目は同じように変わる。不老長寿は肉体を持たない精霊か、若い時期が長い魔族と混同してるのだと思う」

 

「フォレスもそう言っておった。あやつは実際の歳より若く見えたが、やはり老いてはおったからのう」


「そういえばウイルのお父さんも結構若く見えたけど、何歳?」

 リュミが尋ねる。

「父は三十七歳」

「うわ、そこそこいってたのね。お兄さんだと言われたら信じちゃうくらいよ」

「うちは童顔が多い、フォレス様の遺伝かも」



「さて妖魔大帝ですが、今はまだ世界を闇で覆っておらぬようですな」

 トラゴロウ殿が天井を見上げて言う。

「ええ。まだそれ程の力がないのかも」

「いいや、藤次郎様達を倒した後でと思うとるやもですぞ。あれ程の事をするとなると、いかに妖魔大帝とて力が弱ってしまうでしょうからのう」

「なるほど。では向こうで待ち構えているのですね」

「おそらくは。儂らの時はタカマハラの手前に大軍を置いていましたわい」

「え、じゃあたった五人でその大軍を?」

「いいえ。それまでに出会った者達が援軍に来てくれましてのう、儂らは無傷で妖魔大帝の元に行けましたのじゃ」


「もし同じ手を使ってきたら、我らには援軍は無い」

 ベルテックスが呟くと、

「ない訳じゃない。けど来なくていい」

 ウイルが頭を振って言った。

「なぜだ?」

「たとえ援軍が少数でも、各地の戦力が減る。そこを別働隊に突かれたら」

「なるほどな。ではその時は我ら六人でか」

「そうなる。けど俺に考えがある」

「ん? それは」

「その時になったら言う」


 その日はトラゴロウ殿が泊まっていた宿に泊まり、遅くまで色々な話をした。



 そして翌朝、町の出口。

「ではトラゴロウ殿、行ってまいります」

 トラゴロウ殿はこの町で私達の帰りを待つと言われた。

「ええ、ご武運をお祈りしますぞ」

 私達は目的地タカマハラへと向かった。




「あえて聞かなかったが、彦九郎様はおそらく藤次郎様が生まれる前か物心付く前に亡くなられておるのじゃろうな。藤次郎様が語っていた彦九郎様の話はすべて、誰かから聞いた事ばかりじゃったからの」

 トラゴロウがボソッと呟き、

「それで、老いた儂を不意打ちしようとでもしていたのか、小物共?」

 振り返るとそこには黒い魔物達がいた。

「小物なのは否定せん。あんたとまともに戦って勝てるとは思わんからな」

 魔物の一人が淡々と言う。

「そうかい、では去れ。消えとうないならな」

 トラゴロウが手で払うように言うと、

「ふふ、俺達では勝てぬが、この方ならばな」

 魔物達の後ろから出てきたのは、黒いフードマントを着た者だった。


「なんじゃお主は……え?」

 トラゴロウがフードマントの者を見て固まった。

「気づいたか。久しぶりだな」

 声からして男のようで、見知った者のようだ。

「な、なぜお主がここにいる?」

 トラゴロウが身構える。

「まあ、とりあえず話を聞け」




「ねえ、言わなくてよかったの?」

 リュミが小声で藤次郎に尋ねる。

「亡くなった事は察しておられるでしょうけど、言えばどんなご最後だったかとなりますからね」

「……そうよね」

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