第40話「遠くから来た大先人」
新聖歴1045年 四月十日
旅は順調に進み、大陸中央よりやや北の大きな町に着いた。
「この調子ならあと三日でタカマハラに着く。まだ早いけど、今日はこの町で休もう」
ウイルが地図を見ながら言う。
「そうですね。では宿を探しますか」
「あ、皆。あそこ見て」
リュミが指した方、路地裏を見るとやや痩せているが立てば背が高いだろうご老人が座り込んでいた。
それだけでも気にはなるが、それ以上に目につくのは、
「虎の獣人だよな、あの爺さん」
「そうですわね」
ジニーとナホが言い、
「あの御仁、名のある武芸者かもな。衰えているようだが秘めたる気が強いぞ」
ベルテックスがご老人を見つめて言った。
「藤次郎、どうする?」
「お加減が悪いのかもしれませんから、行ってきます」
ウイルが聞いてきたので、私がご老人に話しかける事にした。
「ご老人、どうかされましたか?」
「ん? ああ。ちょいと疲れたので休んでおっただけじゃ。気を使わせてすまんの」
ご老人はこちらを見ずに答えられた。
相当お疲れのようだな。
「あの、仲間が薬草を持っていますので、よろしければ」
「いやいや、もう少し休めば歩け……え?」
ご老人がこちらを向いたと思ったら、何故か驚きの表情になられた。
「あの、どうかされましたか?」
「……彦九郎、様?」
「へ?」
「いや、そんな訳ないわな。すまなんだの」
ご老人が目を伏せて言われた。
……もしや。
「あ、あの、あなたは日ノ本の侍、石見彦九郎を知っているのですか?」
「ああ知っておるぞ……え? お前さん、いやあなたはまさか?」
「はい。私は彦九郎の孫で藤次郎と申します」
「おお、お孫様でしたか。息子様かとも思いましたが、そりゃ儂も歳を取る訳じゃ」
ご老人が少し笑みを浮かべて言われた。
しかしこのご老人、お祖父様とお知り合いなのか?
いや、ただのお知り合いではないな。恭しく話されているし。
「失礼ですが、ご老人は祖父とどういったご関係で?」
「申し遅れました。儂はかつて優者彦九郎様にお仕えしたトラゴロウと申します」
「ええっ!?」
いつの間にか来ていた皆がそれを聞き、一斉に驚きの声を上げた。
「そ、祖父が優者とはどういう事ですか?」
「おや、ご存知ないのですか?」
ご老人いやトラゴロウ殿が首を傾げる。
「え、ええ。息子である父も聞いた事がないはずです」
「そうでしたか。あの方の事ですから、御自身の手柄を語らなかったのでしょうな」
「お尋ねするが、トラゴロウ殿は異世界から来られた方ですか?」
ベルテックスが聞くと、
「ん? いや儂はこの世界で生まれ育った者じゃぞ」
トラゴロウ殿がまた首を傾げられた。
「じゃあ藤次郎のお祖父さんがこの世界に来てたって事だよな。けどそんな話、今まで聞かなかったよなあ」
「ええ。優者様が来ていたのなら絶対語り草になってますわ」
ジニーとナホがそう言うと、
「それはおかしいのう? 儂が知る限り、どこへ行っても話に出ておった。もう四十年以上前からのう」
「え?」
「もしかして……ねえトラゴロウさん、今って何年?」
リュミが何か思い当たったようだ。
「えーと、何年じゃったかのう……そうそう、新聖暦45年じゃわい。世界の闇を祓った年を元年にして、新たに暦を作ったからのう」
「今は新聖暦1045年よ」
「お嬢さん、年寄りをからかうもんじゃないわい」
「本当よ。たぶんトラゴロウさんはなんかあって未来に時間移動しちゃったのよ。そして藤次郎のお祖父さんはかつて逆に過去へ、千年以上前へ行ってたんだわ」
(数万年前に前世のあたしに会ってたし、お兄ちゃんはめちゃ時の旅してたのね)
「……嘘は言うとらんな。では儂は本当に時を越えたのか」
リュミの目を見た後、トラゴロウ殿は辺りを見渡された。
おそらくこれまでも何か違和感を覚えておられたのだろう。
「トラゴロウ殿、続きは場所を変えてお話しませんか? こんな所ではなんですし」
「ええ、では酒場にでも行きましょうかの。ところで藤次郎様、儂の事は呼び捨てで」
「とんでもない! あなたは大先人、呼び捨てなど出来ませんよ!」
お祖父様と共におられた方というだではない、おそらくは……。
「そうですか。うむうむ、生真面目なところも似ておりますのう」
トラゴロウ殿は笑みを浮かべて頷かれ、ゆっくりと立ち上がられた。
大きい方だろうとは思ったが、ベルテックスよりも背が高いとは。
皆目を丸くしてトラゴロウ殿を見上げていた。
酒場はすぐに見つかり、空いていたのもあってすぐに席につく。
トラゴロウ殿は出されたジョッキになみなみと入ったぶどう酒を一気に煽り、おかわりしていた。この方酒好きなんだな。
こちらは私とベルテックスが一杯付き合い、話に入った。
「あの、トラゴロウ殿はいつからこの町にいらっしゃるのですか?」
「はい。儂は老後の楽しみにと旅をしておりましてな、ここへは一週間前に来たのじゃが、見たこともないものがあちこちにたくさんあるもので、つい長居しとりましたのじゃ」
「来る途中で変わった事はありませんでした?」
「うむ、ありました。ここへ来る途中、森の中を歩いていたら深い霧が出てのう。こりゃしばらく歩けんかと思うたら、あっという間に晴れたのですじゃ。もしやあれがそうだったのかもしれませんなあ」
「そうだと思う。精霊が住む森はまれに、時の大河への入口が出てくる」
ウイルがそんな事を言うと、
「ほう。そういえばあいつも、お主と同じダークエルフもそう言うとったわ」
「それ、フォレスの事ですか? それなら我が祖先」
「おお子孫だったのか。言われてみればどことなく似とるわい」
「やっぱり……」
ウイルは顔をしかめていた。
どうやら私と同じ事を思っているようだ。
「なあ、トラゴロウさんはいつどこで彦九郎さんと会ったの?」
今度はジニーが尋ねる。
「千年も経つと伝わっとらんようじゃな。儂はな、始めは敵方として彦九郎様と一戦交えたのじゃ」
彦九郎様は本当にお強かった。
儂も腕に覚えがあったが、当時十五歳の彦九郎様はその上を行った。
互いに得物を取り一度は切り結んだが勝負はつかず、その後にらみ合いが続いき……どのくらいの時が過ぎたかと思った時だった。
黒い雲間から一筋の光が差し込み、彦九郎様を照らしたのだ。
それを見て儂は思うた。
このお方こそこの乱れた世に光を照らしてくれる勇者だと。
儂は太刀を下げ、彦九郎様に斬られた。
心ならずもとはいえ、あやつの手下として多くの者を殺めた。
だからこの命をもって償いたいと……。
だが、彦九郎様は儂に生きろと言う。
共に来てくれという。多くの者達の為に、生きてその力を使ってほしいと。
いつの間にか傷が塞がっておった。
やはりこの方は……と。
その後儂は彦九郎様に従い旅に出た。
何度も仲間として接してくれと言うが、それだけはとな。
だが心の中では仲間とも、失礼ながら息子のようにも思うとったわい。
「勇者が二刀流の虎男と戦い、それを家来にしたというおとぎ話なら拙者も知っていますが、それはあなたの事だったのか」
話が途切れたのを見て、ベルテックスが言う。
「儂はたしかに二刀流じゃ。おうおう、儂の事も少しは伝わっておったのじゃな」
「トラゴロウ様。彦九郎様は勇ましき者、勇者と呼ばれるのを頑なに拒まれたのではないですか?」
ウイルがトラゴロウ殿はともかく、お祖父様までも様付けして尋ねた。
「うむ、儂らも行く先々の人々も彦九郎様を勇者と呼ぶのじゃが、自分は勇ましい者ではないと嫌がっとった。そんな時な、仲間の魔法聖女ルナが『彦九郎は優しい人だから、優しき者と書いて優者はどう? 読みは同じだからいいでしょ?』と言うた。彦九郎様はそれもどうかと言うが、儂と仲間達はそれがいいと賛成して押し通し、以降はそう呼ばれるようになったのじゃ」
「……やはり。彦九郎様こそ初代優者だった」
ウイルが私の方を見た後、天井を見上げた。
「納得できるわ。お兄ちゃんならまさにそうだもん」
リュミも目を閉じて頷く。
予想はしていたが、お祖父様が初代優者だったなんて。
父上が知ったら仰天するだろうな。
「ところでトラゴロウ様、藤次郎は現代の優者ですぞ」
ベルテックスが私を指して言い、
「何じゃと? ……そうか。藤次郎様がここにいるという事はあやつが、妖魔大帝が蘇ったという事でもあるのか」
トラゴロウ殿が私の方を向いて言われた。
「はい。トラゴロウ殿、妖魔大帝の事を教えていただけませんか?」
「うむ。儂がこの時代に来たのはもしかすると、この為だったのかものう」
そう言ってまたジョッキをあおってから話し出した。
この方酒飲む事に関しては遠慮無しのようだ。
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