第39話「生まれてこれるよ」

 その後は宴会となった。

 藤次郎は王と王妃の間に座って食べながら旅の話をしていた。

 酒も勧められ少々困り顔になりながら。


「あらら、大丈夫かな。もぐもぐ」

 リュミが名物料理を食べながら言い、

「よっぽど嬉しいんだろなあ。けどなんで子供できないんだろ?」

 ジニーが首を傾げると、

「何かが邪魔してるのかと思ったが、そうではなさそう」

「ええ。どちらも気の回りが悪くないから、お体がというわけでもないですわ」

 ウイルとナホが王と王妃の方を見て言った。

「……もしかして、子の作り方を知らぬのでは?」

 ベルテックスがそう言うと、

「あのね、王族だからそういうのはきちんと教わってるでしょ」

 リュミが苦笑いして言う。

「それもそうだな。では間が悪いだけか」

「かもね」


「そういや子供って、どうやったら出来るんだ?」


 ピシッ!


 ジニーの言葉を聞いた全員が石化した。


「ほ、本当に知らないのか?」

 いち早く我に返ったウイルが、冷や汗をかきながら尋ねる。

「流石にコウノトリとかじゃないのは分かるけど、どうやれば妊娠するのかがさっぱり分かんねえんだよ」


「あ、ああ。ジニーって学校行ってないって言ってたわね」

 リュミも気を取り直して言う。

「うん。修行ついでに賞金稼ぎと町で日雇い労働してたのと、母さんの世話もあってロクに勉強してなかったんだ」

「もしかして、同じ年頃の女の子とお話する機会も無かったのですか?」

 ナホも尋ねると、

「無かったってか、アタイを心配して話しかけてくれた子もいたけどさ、あん時はそれが嫌で遠ざけてたんだ」

「そうでしたのね。でも今は」

「うん。それでどうやればいいんだよ?」

「ええと、それは」

 ナホが言い淀んでいると、

「よし、俺が教え……きゅう~」

「ちょ、どうしたんだよ!?」

 ウイルは顔を真っ赤にして倒れてしまった。


「あらら、自滅しちゃったわ」

 リュミが苦笑いして言い、

「ウイルはウブではないはずだが、相手がジニーだからか?」

「そうでしょうね。ところでどうしましょ?」

 ベルテックスとナホが首を傾げていると、


「申し訳ございません。立ち聞きするつもりはありませんでしたが聞こえてしまって。もしよろしければ私がお教えしましょうか?」

 声をかけてきたのは五十代くらいかという貴婦人だった。

「え、えっとどちら様?」

 リュミが婦人に尋ねる。

「申し遅れました。私は大臣の妻でして、王の教育係もしておりました。そしてそういった事を王妃様にもお教えしたのです」

 婦人は頭を下げた後、そう言った。

「それでしたら上手く言えますわね。正直わたしは自信ありませんので」

「あたしも自信ないわ」

 

「あの、お願いします」

 ジニーが頭を下げると、

「ええ。ですがここではちょっと。あちらに休憩室がありますので」

 ジニーは婦人に連れられ、付き添いという事でリュミもついて行った。


「さてと、ウイルを医務室に運ぶか」

 ベルテックスがウイルを担ぎ上げ、ナホも共に行った。



「藤次郎、事が成った後で私達の養子になってくれないか?」

 少し酔った王が藤次郎の肩に手を回して言う。

「ありがたいお話ですが、私も王家には敵いませんが武家の跡継ぎですので」

 藤次郎はそう言って辞退した。

「そうか。やっと会えたと思ったのになあ……」

「あなた、無理を言っちゃダメよ。そりゃ私だって出来る事なら……」

 二人が寂しげに言うと、


「陛下、王妃様。失礼ですがお二人にはお子が全く出来なかった訳ではないですよね?」

 藤次郎が真剣な眼差しで言った。

「……優者には隠し事が出来んようだな」

「ええ。あなた、この際だから皆さんにも聞いてもらいましょ」




 しばらくして、王と王妃の私室に藤次郎達と大臣夫妻が集まった。

 そして王が口を開いた。

「優者は分かっているようだが、実は結婚した翌年に妻が懐妊していたのだよ」

「していたってそれ、あ」

 リュミが口元を押さえると、

「大丈夫ですよ。お察しかと思いますが、流れて……この事は大臣夫妻と王家の主治医しか知りません」

「国民に正式発表する前でな、家臣達には間違いだったと伝えたのだよ」

 王妃と王が続けて言う。


「なんで言わなかったって、悲しくて言いたくなかったんだよな」

 ジニーも悲しげな顔を言う。

「そうだよ。あの時は二人で泣き明かしたよ」

 そう言って王が目を伏せる。

「もしかして、藤次郎と年が近いのですか?」

 ナホも尋ねると、

「そうですね。十六年前ですからちょうど同い年ですね……」

 王妃が自分の腹を擦りながら言った。



「藤次郎。こんな話振ったって事は、もしかしてなんか見えたの?」

 リュミが小声で尋ねる。

「ええ。お二人の後ろに、悲しそうな顔をされた私と同い年くらいの男子が」


「何だって?」

「ど、どういう事です?」

 それを聞いた王と王妃が目を見開いて言う。

「おそらくですが、お子様のご供養をきちんとされていないのでは?」

 藤次郎が二人に尋ねた。

「それで悲しんでいると? いや流れた子はすぐ天に還るから不要だろ?」

「こちらではそうなのでしょうが、私の国では何らかの理由で生まれてこれなかった子の供養もしています。それと本来つけたかった名前をつけてあげたりしている親もいるそうです」


「いやよそは知らぬが、拙者の里でもそうしているぞ」

「わたしもマザーからそうするものと教わりましたわ」

「アタイは細かいしきたり知らねえけど、するもんだと思ってたよ」

 皆が続けて言い、

「すぐ天にという考え、エルフにある。おそらくそれをどこかで聞かれ、そう思っていたのでは」

 ウイルがそう言うと、

「申し訳ございません、私がお教えしたのです。ご供養の度に思い出され、悲しまれるかと思い……」

 婦人が顔を覆って言う。

「そうだったのか。すまない、気を使わせてしまって」

 王が婦人に頭を下げ、

「あの、まさかそのせいなのですか?」

 王妃が藤次郎に尋ねると、

「いいえ、それはおそらく間が悪かっただけです。ただ王子様はまたお二人の元に生まれたいけどあの世に行けないままですので、まずはご供養を」

 藤次郎が二人を慰めるように言った。

「ああ……すまなかった、我が子よ」

「ごめんなさい、馬鹿な私達を許して」

 二人は目を覆って謝罪した。




(ありがとう。これでやっと生まれてこれるよ)

 二人の後ろにいた王子が藤次郎に話しかける。

(いえいえ。そうだ、この魔法衣は後でお返ししますからね)

 藤次郎は心の中で答えた。

(うん……あとさ、本当は僕がずっと父上と母上の側にいたせいなのに)

(いいえ、王子様のせいではありませんので、どうかお気になさらずに)

(……ありがと)

(いえいえ。ところで失礼ですが、本当にそっくりですね)

(僕と藤次郎のご先祖様は同じ方だからじゃないかな?)

(そうだったのですか? それは)

(これ以上言えないけど、いつか分かるはずだよ)

(……ええ。分かりました)




 翌日。

 藤次郎達は王と王妃、大臣夫妻に見送られてまた旅に出た。 


 その道中で何やら考え込んでいるジニーにリュミが声をかけた。

「ねえ、どうしたの?」

「いや、奥さんに教わったけど、子供ってああして生まれてくるんだなって」


「へ、知らなかったのですか?」

 藤次郎が驚きの声を上げた。

「うん。あ、藤次郎は知ってるの?」

「ん、まあ」

「そっか。なあ、アタイかリュミと子作りしたい?」

 ジニーが尋ねるが、藤次郎は無言だった。


「なあ? ……ってうわっ!?」

「ぎゃあーーー!?」

 藤次郎は顔を真っ赤にして鼻血を出していた。


「ほっ。藤次郎、リュミの方を向いてた」

 呑気に胸を撫で下ろすウイル。

「もしジニーとなんて言ったらどうしてた?」

 ベルテックスが尋ねると、

「自分を押さえる自信無いから、ベルテックスに俺を斬ってもらおうかと」

「全力で断る」


「ジニーさんは自覚が無いだけで、あなたに惹かれてますわよ。だって藤次郎さんよりあなたの話を出す事が多いんですもの」

 ナホが笑みを浮かべて言う。

「え、そうなのか?」

「ええ。そのうち気づくでしょうから、あなたも油断せずにね」

「ありがとう。あ、藤次郎に回復魔法かけてくれ」

「はいはい。ウイルさんとベルテックスは喚いている二人を」

「ああ、分かった」

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