第37話「町でのひと時」
あの後異変に気付いた港町の役人殿達が来たので、事情を話した。
ならば人をやって隧道を調査すると言われたが、私達が先に行けば安全と分かると話して納得してもらった。
翌日、役人殿達に見送られ隧道に入った。
何事もなく進み、抜けるとそこは海辺にある祠だった。
「着きましたね。ツクシシマへ」
「うん。こっから南へよね。どのくらい?」
リュミが誰にともなく言う。
「徒歩だと一ヶ月だな。まずは王都へ行こう」
ウイルが地図を見ながら言った時だった。
「あ、あんた達、いつの間に祠に入っとったんじゃ?」
たまたまだろうか、近くにいたご老人が驚きながら話しかけてきた。
「あの、実は」
私がご老人に訳を話した。
「そうじゃったのか。いや儂の家は代々この祠を守っていたのですじゃ。遥か昔に海の王と優者の守護者が魔物を封じたからと伝わっておりましてのう」
「そうでしたか。ですが先程言った通りでして」
「うんうん……ああ、我が一族の仕事もこれで終わりましたわい」
ご老人は少し寂しげに笑みを浮かべられた。
「ええ。長い間お疲れ様でした」
「ありがとうございますじゃ、優者様と守護者様方に労っていただけて、先祖達も天で喜んでいるでしょうなあ」
「親父、それが終わっても別の仕事があるぞ」
そう言って近づいて来たのはご老人に少し似た中年の男性。
言動からして息子さんのようだな。
「なんじゃと? いったい何があるのじゃ?」
「あのな、これからはこのトンネルを整備して守っていかねえとだろ。皆さんが安心して通れるようにな」
「おお、そうじゃな。ようし早速」
ご老人が腕まくりされると、
「あのな、それは俺達がやるんだよ。親父はもう引退しろ」
息子さんがそれを止めた。
「阿呆、儂はまだまだ働けるわい」
「だから体が動くうちにおふくろと温泉にでも行って、孝行しろや」
「……それもそうじゃな。うん、頼むぞ」
「ああ」
「ふふ。ああいう親子もいいものですね」
「あんた達親子がああだったら引くけどね」
リュミが苦笑いして言うが、自分でもそうかもと思う。
「いいなあ。リュミは藤次郎の両親知ってるんだもんな」
ジニーがそんな事を言うが、二年後でよければ会えますよ。
「お父さんとはあまり話してないけど、お母さんとは仲良くさせてもらったわ」
「じゃあ嫁姑問題は起きない。リュミが相応しい」
「あのね……」
ウイルがなんかリュミに言っているようだが、小声だったので聞こえなかった。
やはり何かムカつくのだが。
しばらくして、港町に着いた。
ここも石造りの建物が多く、また変わった作りの建物もあった。
そして、
「ほんとここっていろんな人がいるというか、人間以外も普通に歩いてるわね」
「皆さん妖怪とは違うのですよね」
リュミに教えてもらったが、見える範囲では魔族、獣人族、ドワーフなる種族がいるようだ。
「ツクシシマ王国は他国と違い、それらの種族も民として暮らしていますのよ」
ナホが辺りを見て言う。
「理想的な国ですね。エルフさんはいないようですが」
「エルフ族は数が少ないし、こういう町で暮らす者は殆どいないから人間達も珍しがる」
ウイルがそう言うと、
「あたしが知ってるエルフは人間とのハーフだからか、賑やかなとこが好きみたい」
「人間と交わった例、今まで少ないがあった。未来では盛んなのか?」
「それはあたしもよく知らないわ。あ、未来の事だからとかじゃないからね」
「分かってる」
「さて、どこかで昼食にしますか?」
私が尋ねると皆賛成し、食堂を探しに歩いた。
「これ、ラーメンよね? この世界にもあったの?」
食堂に入って名物料理を頼むと、出てきたのは丼に入ったそれだった。
「拙者も見るのは初めてだが、ツクシシマには昔からあると聞いたぞ」
ベルテックスが丼を見ながら言う。
「そうなんだ。これ、未来の日本じゃあちこちで普通に食べられるんだけど」
「私もそう聞いてます。各地にご当地ラーメンがあるとか」
「これって大昔は小麦粉を練った塊を煮込んだものだったそうですけど、時代時代で食べやすくしようと改良していくうちに、この形になったそうですわよ」
ナホが説明してくれたが、うちの世界もそうなのかな?
「ま、とにかく冷めないうちに食べよ」
リュミがそう言って、皆も手を合わせてから食べ始めた。
ところでリュミ、辛子をどばどば入れるな。
全員引いてるだろ。
「そうだ、ウイルはこれ食べて大丈夫なのか? これって豚の骨から取ったスープらしいし、これも豚肉だけど」
ジニーが丼を指して言う。
「何を今更。俺は普通に肉や魚食べていただろ」
「あ、そうだった。あんまり普通にしてたから気づかなかった」
「エルフには菜食主義の一族もいるが、我が一族は肉も食べる。勿論命を頂く事、感謝しながら」
「うん、そうだよな」
「そういえばナホが魔法を使った時、ジニーはかなり驚いていましたけど、なぜですか?」
私も気になっていた事を尋ねた。
「神官やシスターって普通は攻撃呪文を使えないんだよ。だからさ」
「淫魔のわたしが習得してくれたおかげなのか、今でも使えますの」
ナホが続けて言うと、
「攻撃防御回復が出来る最強の呪文使い、賢者。ナホはその才能があるのだと思う」
ウイルがナホの方を向いて言った。
「え、いえわたしはシスターですわ。賢者だなんて恐れ多いですわ」
ナホが慌てて手を振るが、
「いや、拙者もナホは賢者だと思うのだがなあ」
ベルテックスが首を傾げて言った。
賢者というのは賢き者だよな? ナホは賢い人といえばそうだが。
そう思っていると、
「ねえ、賢者が嫌なら『魔法聖女』はどう?」
リュミがよく分からない肩書を言った。
「魔法聖女? そういえば時空魔人さんが言ってましたわね。初代守護者の女性は魔法聖女と感じたとか」
あ、たしかに言っていたな。
「それと偶然かもしれないけど、遠い昔の異世界に攻撃防御回復とあらゆる魔法の使い手がいてね、やはり賢者とも違うしいい異名がないかと思っていたら、仲間の一人が『魔法聖女』と名付けたそうで、その後はそう名乗ったとあるわよ」
「おお、その方がナホに合ってるかもな」
ベルテックスが言うと、
「うーん……ええ、これからは魔法聖女と名乗らせてもらいますわ」
ナホが笑みを浮かべて頷き、
「うん。きっと初代魔法聖女と初代守護者も喜ぶわよ」
リュミもニカッと笑って頷いた。
「初代守護者は俺の祖先である弓闘士、魔闘士、魔法聖女、そして獣人族の武士。藤次郎とベルテックスも武士だが、藤次郎は優者だからベルテックスが」
「初代と同じ肩書が揃い、更に聖戦士のリュミがいます。心強いですよ」
その後は夕方まで町を見て回り、宿で夕食を済ませ、男女別に部屋に分かれた。
「なあ、ナホはベルテックスと一緒の部屋じゃなくていいのかよ?」
ジニーが気を使って言うと
「いいですわよ。だって逃げませんし……いや逃さないよ」
ナホは妖しげな笑みを浮かべて言った。
「だいぶ慣れて来たけど、それもう消えないの?」
リュミが苦笑いしながら尋ねる。
「ええ、どちらもわたしですから。それよりあなた達はいいのですか?」
「え、いやその、アタイは」
「だ、だからあたしは」
ナホの言葉に狼狽える二人だった。
「ふふふ。けど藤次郎さんは異世界の人、いずれは帰られるのですよね」
ナホが少し寂しげに言う。
「あ、そうか。じゃあやっぱリュミが」
「あたしは藤次郎とは別の世界から、そして未来から来た人間よ」
リュミがジニーを遮って言った。
「では、何も問題なければ?」
「え? ……う、う」
ナホに尋ねられると、リュミは顔を伏せて口籠ってしまった。
「あらあら」
その後、リュミが気を取り直してからいろいろな事を話していた。
「そういやさ、ナホはいつからあの村にいたんだよ?」
ジニーが尋ねる。
「先代のシスターに誘われてからもう十年ですね。その前は修道院にいたのです」
「父さんや母さんはって、言いたくなかったら」
「大丈夫ですわ。母はわたしを産んですぐに亡くなったと聞いていますが、父は誰なのかは知りません。今どうしているのかも」
ナホは頭を振って言った。
「ねえ、先代のシスターはお母さんから聞いてなかったの?」
リュミも尋ねると、
「いずれ話すつもりだったのかもしれませんが、その前に心臓発作で亡くなりました。もう五年前です」
「そっか……そこからずっと一人で、あの村でだったのね」
「ええ」
一方、男達の部屋では。
「拙者だけ飲んで悪いな。二人共あまり嗜まぬし」
ベルテックスが町で手に入れた地酒を飲みながら言う。
「私は強くありませんので」
「俺、酒ダメ。だが一族に伝わる酒は美味いと皆言ってる」
藤次郎とウイルが手を振って言った。
「ほう。それはダークエルフ以外は飲めないのか?」
ベルテックスが興味津々にウイルに尋ねる。
「いや、他種族に振る舞う機会がなかっただけ。今度ご馳走する」
「おお、楽しみにしているぞ」
「あの、それってどんなお酒なのですか?」
藤次郎も少し気になったようだ。
「優者が作り方教えてくれたと伝わる、米の酒」
「え? あの、この世界にも米の酒があったのですか?」
藤次郎が目を見開く。
「他の一族が広めたという話は聞いた事がない。ベルテックスは知ってるか?」
ウイルが尋ねるが、
「いや知らぬ。だが日ノ本にはあるのだろ?」
ベルテックスは頭を振って藤次郎に尋ねる。
「ええ。やはり初代優者様は日ノ本の方なのか?」
「もしかすると、お主のご先祖様なのかもな」
「え? いやそんな話は聞いた事ありませんが」
「あえて伝えなかったのではないか? 言っても誰も信じないだろうからと」
「そうかもしれませんね。そうだ、戻ったら聞いてみます」
「ん、誰にだ? ご両親も知らぬのだろう?」
「守護神様にです。こっちのお酒をお土産に持っていけば教えてくれますよ。あの方お酒好きですから」
「守護神様を近所の物知りのように言うな!」
ベルテックスは思わず声を上げ、
「藤次郎は育った環境のせいか、たまになんかズレている時がある」
やや呆れ顔のウイルだった。
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