第16話「悪いか?」

 そこにいたのはあの時の淫魔だった。


「ふふ、また会ったねえ」

 淫魔が妖しげな笑みを浮かべて言うと、 

「なにオバさん、あんたも密猟者?」

 リュミが何か違うような事を聞いた。

「誰がオバさんよ! アタシは淫妖魔ナホ、まだ二十一歳よ!」

 淫魔のナホが名乗った。

 というか妖魔も歳を取るのか?


「まだって、この時代じゃ二十歳過ぎたらオバンでしょ」

「ムキー! おのれこの小娘がー!」

 ナホが金切り声をあげ、

「あらら、そんなに怒らなくてもいいのに」

「あんただってあと数年したら分かるわよー!」


「それで、人々を操って密猟させていたのはお前か?」

 なんか話が進まないので割って入った。 

「え? いやそれは欲深いあいつらが勝手にやってるだけさ。まあアタシもちょいと手を貸したけどねえ」

「そうか、では今度こそお前を倒そう。ウイル殿は狼さん達を」

 

「わかった。皆、俺の後ろに」

 狼さん達は言われたとおりに下がった。


「よっし。じゃああたし達であのオバさんを」

「待て藤次郎、リュミ。ここは拙者一人でやらせてくれ」

 ベルテックスが前に出て私達に言った。

「え?」


「あらいいのかい? あんたら全員でかかってきたらアタシもヤバいかもよ?」

 ナホがまた妖しい笑みを浮かべて言うと、

「構わん。よってたかって女を倒すなど性に合わんしな」

「甘いわねえ。ま、あんたから血祭りにあげてやるわ」


「どうする?」

「ベルテックスに任せましょう。勝算も無しにそんな事言わないでしょうし」

「それもそうね。じゃあ」

 私達も後ろに下がった。




「さてと、これでもくらいな!」

 ナホが黒い炎を吐くと、

「はあっ!」

 ベルテックスが斧を振り下ろし、風圧でそれを斬り裂いた。


「うわ凄っ!」

 リュミが声をあげ、

「でも本気ではないですね。ふふ」

 藤次郎はやや嬉しそうに言った。


「でりゃああ!」

 ベルテックスがナホに打ち掛かると、

「おっと危ない」

 ナホはさっとそれをかわし、

「今度はこれでどうだい!?」

 今度は火球を乱れ打つが、

「ぬううっ!」 

 ベルテックスはそれを尽く打ち落としていった。


「へえ、やるわねあんた」

 ナホが身構えつつ言う。

「ふん、お主はその程度ではなかろうが」

 ベルテックスも気を抜く事なく斧を構える。 


「わかってるようね、じゃあ……はああっ!」

 ナホが気合を入れると、その頭上高くに黒雲が現れる。

「む?」

「……暗黒電撃呪文!」

 文字通り黒い雷が轟音を立て、ベルテックスに落ちた。

 

「ちょ、なんで避けないのよ! って、え?」

 リュミが何かに気づき、


「な、なんでなんともないのよ!?」

 ナホが驚きの声をあげた。


 ベルテックスは無傷でその場に立っていた。

「拙者の斧は雷の力を吸収できるのだ。それを撃ってくれて好都合だったぞ」

 ベルテックスが手にしている斧を見せると、それはバチバチと音を立てて光っていた。


「なんだってえ!? そ、そんなの反則よ!」

「知るか。さあ、これでもくらえ……『雷神大打突』!」

 ベルテックスが斧を薙ぎ払うように振るうと、そこから雷の如き光弾が放たれ、


「ギャアアアーーーー!?」

 ナホはそれをかわせず、まともに喰らって倒れた。



「お、やった!」

「凄い技だ……私も防ぎきれない」



「ぐ、おのれ。優者といい守護者といい、あんたらデタラメ過ぎよ」

 ナホがふらつきながら立ち上がって言う。

「藤次郎はともかく、拙者はまだまだだ。では……う?」


 ドサッ


 ベルテックスが突然倒れた。



「ちょ、あんた何したのよ!?」

 リュミが声をあげるが、 

「あ、アタシじゃないわよ」

 ナホも何が起こったか分からないようだ。


「あいつ、女のはだけた胸見て倒れた」

 ウイルがベルテックスを指して言った。


「う……いかん」

 藤次郎は即座に後ろを向き、

「あんたウブ過ぎー!」

 リュミはキレていた。


「あ、アホなのこいつ?」

 乱れた服を直しながら言うと、

「……」

 ベルテックスが鼻を押さえながら立ち上がった。


「う、しまった。さっさと逃げとけばよかったわ」

 ナホがたじろぐと、

「……では行け。見逃してやる」

 ベルテックスが首を振って言う。

「え、いいのかい? 後悔するよきっと」

 ナホが少し戸惑いつつ言う。

「死なせた方が後悔する」

「ふん、甘いわねえ。あ、まさかアタシに惚れたからとか」

「悪いか?」

「へ?」


「えええええ!?」

「あんた何血迷ってんのよー!」

「人間ってわからん」

 皆が驚き、口々に言うと、


「あ、あんたも物好きだねえ……ま、まあここは引かせてもらうわ」

 そう言った後、ナホはその姿を消した。




「あの、本当に?」

 いやたしかに美しいと言えばそうだが。

「すまん。実は最初に見た時からその、心臓がバクバクしていたのだ」

「だから自分一人で戦って、最後は逃がすつもりだったの?」

 リュミが尋ねる。

「いや、あわよくば藤次郎の力で改心させてもらおうと……本当にすまん」

 ベルテックスが申し訳なさそうに頭を下げた。

「あのねえ……でも、それありかもね。だってあいつ妖魔とか言ってたけど、たぶん違うと思うし」

「そうなのですか? 私には妖魔のような気しか感じられませんでしたが」


「リュミの言ってること、正しいかもしれない。俺はあいつ、人間と思う」

 ウイル殿がこちらに寄って言った。

「え、では妖魔が取り憑いている?」

「それ違う。あいつは黒いものを取り込んで自分の力にしている。操られてるではない」

「なるほど、私もまだまだだな」

「あんたまだ十五なんだからこれからよ。さてと、密猟者やっつけに行こ」

 リュミが腕を回しながら言い、

「ああ。今度は容赦などせんからな」

 ベルテックスも斧を上げ、

「俺も行く。もしかすると、一族も珍しいと捕らえられたのかもだから」

 ウイル殿も頷く。


(皆、森の者達の事、頼む) 

 狼がこちらを見つめて語りかけた。

「分かりました。では皆、行きましょう」


 私達は町への道を歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る