第15話「森にいた守り人」
翌朝。
軽く鍛錬した後、握り飯と味噌汁の朝食(私が作った)を取りながら皆で町で聞いたこと等を話していた。
「そういやこの辺りって人食い狼が出るのよね」
リュミが少し味が薄いと、味噌汁に唐辛子をどばどば入れながら言う。
「あ、ああ。聞いたのだが本来は近くの森にいるみたいで、人里付近には現れなかったそうだ」
ベルテックスはそれを見て引きつつも答えた。
「じゃあ食べ物が少なくなって出てきたのかな?」
「いいや、この辺りの者は無闇矢鱈に森の恵を取ったりせんそうだが」
「となると、何かの理由で森に居辛くなった?」
「そうね。あ、もしかして妖魔の仕業かも。狼を追いやって人を襲わせようとかじゃない?」
「かもしれぬな。とにかく森に行って調べてみるか」
「ええ」
「うん!」
町から四半刻程歩いたところにある森。
中は薄暗く、道も整っていなかった。
「深い森ね。なんか出そう」
リュミが辺りを見ながら言う。
何かというか……。
「どうしたのだ? 何か感じるのか?」
ベルテックスが私に話しかけた。
「ええ。ですが妖魔ではないですね、これは妖怪と似て……ん?」
何かの気配がしたので、その方を向くと、
「そこのお前、少し尋ねたい」
現れたのは色黒の肌で銀色の髪。耳が尖っていて、手に弓を持っている私より少し年上だろうかという男性だった。
話し方がやや片言だな。
「え、あいつもしかして、ダークエルフじゃないの?」
「拙者も見たのは初めてだが、そのようだな」
「あの、私は藤次郎と申しますがあなたは?」
その男性に尋ねる。
「申し遅れた。俺はダークエルフのウイル。藤次郎といったか、俺と似たやつを知っているのか?」
その男性、ウイル殿が名乗られた。
「ええ。妖怪というものがいて、その方達の気配と似ていたのです」
「俺のような姿のは見たことないか?」
「ありません。あなたが初めてです」
「そうか……すまない、時間を取らせた」
ウイル殿は明らかに気落ちしていた。
「ねえ、もしかして仲間を探してるの?」
リュミが尋ねると、
「そうだ。以前この森にいると聞いたのだが、影も形もなかった」
「拙者の知るところでは、ダークエルフは西の大陸にいるはずだが」
ベルテックスが首を傾げて言うと、
「それで合っている。だが我が一族はその昔、この大陸に移り住んだ」
「そうなのか? なぜだ?」
「いつかこの世界は闇に覆われる。だからその技と術で守る為、各大陸に散らばったと父から聞いた」
「なるほど。ダークエルフが人助けをしたという話がいくつかあるが、それらは本当の事だったのだな。この大陸に住む者の一人として礼を言わせてくれ」
「守り人として当然の事」
ウイル殿はそう言ったが、少し口元を緩めていた。
「ねえ、あんたの一族はいつ行方不明になったの?」
リュミがまた尋ねる。
「一年前だった。我が一族はここから西の方にある隠れ里に住んでいた。俺はあの日、そこの森の奥で薬草を集めていたのだが、戻ったら里から誰もいなくなっていた。両親も友も、皆」
ウイル殿は今度は項垂れて言った。
「じゃあ、それからずっとこの大陸中を?」
「ああ。エルフがいるという場所を聞いては探してたが、どこも……だが諦めない。また別の所探す」
「ウイル殿。すみませんがお尋ねしてよろしいですか? この辺りで何か変わった気を感じませんでしたか?」
「変わった気? いや、ない」
ウイル殿が頭を振る。
「そうですか……いえ、この森に住む狼が人里付近まで近づいているので、何かあったのかと」
「いや、何かあるのかもしれない。ここ、木の実や茸はたくさんあるが動物が少なすぎだ」
「そういえば動物の気配もしないな。うーむ、何があったのだ?」
ベルテックスが顎に手をやって言う。
「そうだ。ねえ、エルフって動物や植物と話せるって聞いたことあるけど、あんたってかダークエルフもできるの?」
リュミがそんな事を聞いた。
「口ではなく心で話す、できる」
ウイル殿が小さく頷く。
「よかった。じゃあ動物見つけたら聞いてくれない?」
「分かった。けど俺だけじゃなく、たぶん藤次郎もできる」
「は? 私はそんな事は」
「俺と似たやつと仲良くしてるなら、できる」
ウイル殿がまた頷く。
だが言われてみれば犬や猫、馬が何を言ってるか分かるような気がした事もあったな。
「……よし、では町の周りにいる狼と話してみますか。その方が早そうですし」
「ちょ、待ってよ!?」
「それは危ないぞ。いやお主なら狼如き倒せるはずだが、そのつもりはないのだろ?」
リュミとベルテックスが止めてきた。
「大丈夫ですよ、ダメなら逃げますから。では戻りましょうか」
「必要ない、ちょうど帰ってきた」
ウイル殿が指した先には、何十匹もの狼がいて唸り声をあげていた。
「まず俺が話す。皆は下がってくれ」
ウイル殿が前に出ると狼は唸るのをやめ、じっと彼を見つめた。
「……こいつら、人間達を恨んでる」
「え?」
「人間達が自分達や他の動物達を必要以上に狩り、毛皮を剥いで売ってると。だから人間を襲ってると」
「なんだと? もしや絶滅危惧種も狩っているのか?」
ベルテックスが尋ねる。
「そうだと言っている。もう少なくなった種族がこれ以上狩られたら滅んでしまいうから、自分達がと」
「おのれ、どこの国でもそれはご禁制のはず……」
拳を握りしめ、怒りの形相となるベルテックス。
「あの、その人間ってどんな人達ですか?」
聞こえるかどうか分からぬが、狼に聞いてみた。
(……お前、人間なのに怖くない)
「お、聞こえた。ええ、私達はあなた達に危害を加えませんよ」
(わかる。お前、伝説の優者だ)
「おや、狼さん達にも優者の伝説があるのですね。あの」
(俺達を襲ってるのは、黒いものに包まれた人間)
「……妖魔か。いやそもそもはその人の欲から出てきたものだな」
(そう。人間は生き物の中で一番、黒いものを生んでいる)
「痛いところを突きますね。あの、居場所はわからないのですか?」
(あの町のどこかだと思う。だから待ち伏せしてる)
「そうですか。あの、そいつらを退治したらもう襲うのはやめてくれますか?」
(やめる。けどまた現れたら、また襲う)
「そうさせないようにしますよ」
「そうはさせないよ」
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