第14話「未来の味」
その後、手配してもらった借家に行った。
「ほう、思ったより広い家だな」
ベルテックスが家を見上げて言う。
「ええ、この辺りでは普通の家だそうですが」
「これがか? 拙者の家より大きいぞ」
「ああ、あんたがいたら狭いから追い出されたのね」
リュミがニヤつきながら言う。
「そうなのだ……って何を言うか、拙者は」
「おや? そちらはもしや待ち合わせてたお仲間さんですか?」
そこに宿のご主人の弟君である役人殿が来られた。
「あ、はい。ですが最初にお話したとおり七日で」
「分かりました。あいにくそちらの方に合うベッドはないので、後で毛布ともう一つソファー持ってきますね」
「かたじけのうございます」
「すみません、朝早く来ていただいた上にこんなに早く準備していただいて」
ベルテックスと私が頭を下げると、
「いえいえ。イヨシマの国王陛下に認められた方達のお世話ができるなんて、末代までの光栄ですからね」
役人殿が手を振ってそんな事を言われた。
「え? あの、それはどういう事でしょうか?」
私は陛下の事を話していないのに。
「藤次郎殿の手形には御印があるでしょ。それは国だけでなく陛下御自らがあなたの後見人となった証でもあるのですよ」
そういえば道々で手形をお見せした際に何やら驚かれているように見えたが、そういう事だったのか。
「ねえ、そんな人ってあんまりいないんじゃないの?」
「ええ、私も今回初めて会いましたよ。さ、どうぞ中で休んでください」
リュミの問いに役人殿が頷いて答えられた。
「既に大手柄を立てているのだな。そうだ、後でこれまでの事を聞かせてくれ」
「あ、はい」
しばらく話しながら休んだ後、買い物ついでに町を見物する事にした。
やはり見るもの全てが珍しい、見たこともないものばかりだ。
「ここっていろんなもの売ってるわね」
「ええ。見たこともないものがたくさんありますね」
「あんただって未来の物持ってるじゃん。てかデジカメ使う侍って何よう?」
リュミは私が手にしているカメラを指して言う。
「これ便利ですね。帰ったら父上と母上、妹と家人に見せます」
目についた景色を一瞬で絵にできるだなんて、後世は本当にいいものばかりだな。
「ねえそれ、ずっと持ってたら歴史狂わない?」
「ん? 時が来たら一彦に返しますよ。写したものを資料にしたいそうですから」
「なるほど。ってそれ超貴重な資料よ」
「先程聞いたがリュミは後世の人間で、藤次郎の両親は何度も異界や後世に行っていて、更に子孫が訪ねてくるなどとは……」
ベルテックスは苦笑いしながら言う。
信じていないのではなく、そんなとんでもない事を世間話でもするかのように言われると思わなかったと後で言っていた。
「その話を聞いて憧れてたのですよ。やっと異界に来れて嬉しいです」
「そうか。拙者もいつかお主の世界に行ってみたいものだ」
「ええ。いずれ帰る時に」
食材を買って帰った後、リュミが一人で夕餉を作ると言った。
「いい材料手に入ったし、あたしの得意料理食べさせてあげるわ」
「ええ、お願いします」
「それは楽しみだな。それでどんなものなのだ?」
「未来の料理。あ、藤次郎は牛肉食べられる?」
「ええ。近江牛を食べたことがありますので」
「よかった。江戸時代の人も牛肉食べてたって聞いたことあるけど、嫌がる人もいたはずだしね」
「うちじゃ鶏も食べてますよ。唐揚げって美味しいですよね」
「……なるほど、だからあんた痩せマッチョなのね」
「なんですかそれ?」
「ようは体の肉付きがいいということだ」
ベルテックスが教えてくれた。
「それはベルテックスの方がでは?」
「拙者はどうだろうな?」
「あんたもガッチリしてるわよ。さ、できるまで向こうで寛いでて」
お言葉に甘えてそうすることにした。
しばらくして出来上がったというので、台所の方へ行くと足の長い卓(テーブル)に三つの丼とお椀が置かれていた。
「えーと、これなんですか?」
「牛丼っていうの。味噌汁は知ってるよね」
飯の上に汁に漬けたらしき肉が乗せられていた。
「ほう、これが未来の食べ物か?」
やはりベルテックスも知らないようだ。
「食べたことないのでわかりませんが、そうらしいですね」
「さ、どうぞどうぞ」
リュミが促してきたので、早速卓について牛丼を口に入れたが……。
……。
「どう?」
「あ、ああ。最初は知らぬ味でびっくりしたが、うまいな」
ベルテックスはそう言うが、涙目で口元を押さえ明らかに無理している。
「よかった。ね、藤次郎は?」
う、どうしよう?
はっきり言った方がいいのだろうか?
いや後世ではこれが美味なのだろうか?
「美味しくなかった? あ、やっぱ江戸時代の人だから合わなかったのかな? じゃあ藤次郎には違うのを用意するから」
リュミがちょっとしょんぼりして言った。
「いえ、食べますよ」
(ベルテックスだけを死なせるわけにはいかん)
「無理しなくていいぞ。それに拙者は図体がでかいから少々足りん、それをよこせ」
(優者がこんなことで倒れてはいかん)
「いいえ。リュミの手料理を独り占めなんてさせません」
(死なばもろともです)
「ぐ、わかった」
(すまない……)
ちなみにリュミ本人は美味そうに食べていた。
味覚がおかしいのかと思ったが昼間食堂で普通に食べていたし、なんでも食べられるだけか?
その夜、強烈な胃痛と吐き気に襲われた……。
厠へ行ったあと、リビングを覗くとベルテックスも腹を押さえていた。
「大丈夫、ですか?」
「あ、ああ。備え付けてあった胃薬を飲んだら少し楽になったので、藤次郎に持っていこうと思っていたが、ちょうどよかった」
「ええ、いただきます」
急須に入れてあったようで、湯呑についで飲むと本当に楽になった。
「ふう、しかしこちらでは借家に薬を置いてるのですか?」
「いいや、普通はない。おそらく役人殿が気を利かせてくれたのだろうな」
「そのおかげで助かりましたね」
「ああ……なあ、藤次郎は料理できるのか?」
「え? ええ、幼い頃から母に教わってました。いざ何かあった時の為にと」
「拙者も少しはできる。だから交代で作ろう」
「そうですね。でもリュミが」
「リュミはおそらく料理下手ではない。味付けが自分好みに偏ってるだけだろうし、その自覚もある」
「え? そ、そういえば口に合わないなら別のをと」
「ああ。だからそれとなく藤次郎の好みを言えばいい。それで上手くいくはずだ」
「そうですね。けどベルテックスのは」
「藤次郎が食えるなら大丈夫だろう。気にするな」
「え、ええ」
話しているうちに胃痛が収まったので、寝ることにした。
深夜。
「うえっ。リュミちゃん、これ辛味入れすぎだよ。そりゃ二人の胃もびっくりするよ」
あの侍風の男が残った汁を味見しながら言う。
「まあ、胃薬渡すくらいならいいか……リュミちゃん、食の好みで藤次郎と喧嘩しないでくれよ」
そう言って姿を消した。
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