第13話「二人目の守護者」

 翌朝、私はリュミと町外れの広場で軽く手合わせした後、一休みしていた。


「ふう、リュミはやはり強いですね」

「藤次郎だって強いじゃん。てか柔術も出来るのね」

「ええ。前に言った一反木綿さんに教わったのです」

「なんで一反木綿が柔術できるのよ?」

「聞く所によるとその曽祖父殿が人間の柔術家に習ったそうで、それを一族で伝えているとか」

「妖怪って結構人間と交流してるのね」

「それほどではないですね。私は幸い幼い頃から妖怪さん達と会ってましたから、抵抗はありませんが」

 そう、妖怪というだけで怖がったり気味悪がったりする人もいる。

 やはり幼い頃にそれを知って悲しく思ったものだ……。

 

「大丈夫よ、いつか全ての生き物が仲良く暮らせるわよ。だって知ってるんでしょ?」

 リュミが私の肩に手を置いて言う。

 ああ、涙が出ていたのか。

「……ええ。自慢の子孫がいますからね」

 ゆっくり涙を拭った。

「そうそう。さ、今度は刀持ってよ。それで組み手しよ」

「刀は危ないですから、竹刀でお相手しますね」

「うん」 



 

 その後、本気で打ち込み稽古をした。

 リュミは竹刀をかわすか腕当てで受け止め、蹴りで弾いていた。

 私もなんとかリュミの攻撃をいなす。

 そして互いに一本も取れないまま休憩となった。


「うう、あんた剣だと凄過ぎよ」

 リュミが悔しそうに言うが、こっちも勝てずに悔しいのだが。

「てかさ、それでもまだお父さんに勝てないの?」

「全然勝てませんよ、父も未だ修行を重ねていますから」

「うげええ。あれが更に強くなってるだなんて」


「それと父は祖父に追いつきたいと、いつも言ってますよ」

「え? あんたのお祖父さんだって強いだろけどさ、もう追い抜いてるんじゃない?」

「いえ、祖父はあまり剣を振るう方ではなかったそうですが、いざ剣を取るともう言葉では言い表せない強さだったとか」


「へえ~。でもあの人なら武より心で相手を制しそうね。まるで優者のように」

「そうかもしれませんね。祖父は聞く限り、まさに優者です」


「その心をお父さんが、あんたが受け継ぎ、そして子孫へか。そういやあんたって恋人いるの?」

「いませんよ。そのうち縁談が来るかもしませんが」

「あ、そうか。江戸時代って親が結婚相手決めるんだ」

「母上はもし好いた相手ができたら言えって言ってますよ。自分がずっと父上を思い続けて結ばれたから、子供達もそうさせたいって」

「じゃあこの世界で見つけたら?」

「それより修行したいですし、いろんなものを見たいです。まあ運に任せますよ」

「あらら。そんなんじゃ誰とも会えなくて、政彦やセリス達が生まれてこなくなるかもよ」

「それは困りますねえ……ん? 誰ですか?」

 近くの木の方を向くと、


「気配は消していたつもりだったが、流石だな」

 現れたのは大きな戦斧を持ち、なぜか日ノ本の鎧兜を纏った七尺はあろうかという大柄の男。

 口元に髭をはやし、貫禄がある。

 

「なにあんた?」

 リュミが身構えながら言うと、

「なに、ただの旅の武芸者だ。そこの男、一手所望いたす」

 男が私を指して言ったので、受けて立つことにした。


「ちょっと待って。あたしが」

 リュミが前に出ようとしたが、

「いえいえ、どうやらあの方がそうらしいですから、ほら」

 地図を見せるとすぐ分かったようで、さっと下がってくれた。




「我が名はベルテックス」

「石見藤次郎。参る」

 両者が名乗った後、得物を構える。


「う、強い」

「ぐ、その若さで……」

 双方が相手の強さを感じ取り、しばらく動けずにいたが、


「……ぬおおっ!」

 ベルテックスが戦斧を振り上げ、藤次郎目掛けて振り下ろす。

 だが、

「はあっ!」

 藤次郎はそれをかわし、体勢が崩れたベルテックスの首筋に刀を当てた。

「……参った」

 

「やったー! やっぱ藤次郎強いー!」

 リュミが飛び跳ねて歓声を上げた。


「どうですか、お眼鏡にかないましたか?」

 藤次郎が刀を収めて聞く。

「……ああ、あなたこそ我が武を捧げるに相応しい方だ」

「いえいえ。私はまだまだ修行中の身。どうぞ仲間として接してください」

「そうさせてもらおう。だが今だけはこうさせてくれ」

 ベルテックスは姿勢を正して片膝をつき、

「優者藤次郎様、どうぞ拙者を旅の供に加えてくだされ」

 臣下の礼を取るかのように言った。

「ええ。こちらこそよろしくお願いします」

「はっ! ……では、言葉を戻すかな」

 ベルテックスが立ち上がり、笑みを浮かべて言う。


「ええ。ベルテックス殿」

「藤次郎、拙者も呼び捨てにしてくれ。仲間なのだから」

「いやそれは」

「拙者が年上だからというなら、気にしなくていいぞ」

「じゃあベルテックス、よろしくお願いします。あの、言葉遣いは容赦してください」

「ああわかった」


「ねえ、おっさんいくつ?」

 リュミが早速馴れ馴れしく話しかけた。

「おっさんはないだろ、拙者はこれでも二十三歳だぞ」

「うわ、結構若いじゃん。もっと上かと思ったわ」

「老け顔だとよく言われるし、自分でもそうだと思っているが、やはりなあ」

 ベルテックスは苦笑いして頬を掻いた。

「だよね。そうだ、どうして自分が守護者だってわかったの?」

「夢でお告げがあってな、それでだ」

「お告げって神様が?」

「ああ。お姿は見えなかったが声は聞こえた。優しげな口調で、男性の声だったな。おそらくはこの世界の守護神様なのだろう」

「きっとそうよ。じゃあ他の二人にもお告げしてるかもね」

「そうだな。ではリュミ、共に藤次郎を守ろうか」

「うん!」



「あの、そのような鎧兜はこちらにもあるのですか?」


「いいや、これは先祖代々伝わりしものでな。言い伝えによるとご先祖様は異界の日ノ本という国から来られた武士だったらしい」


「え、じゃああんたって日本人の血を引いてるの?」

「そうだ。藤次郎もリュミもそうなのであろう?」

「うん、純日本人よ」

「やはりな。二人共拙者と同じ黒髪ゆえ、そうだと思ったぞ」

 そう言ってベルテックスは兜を脱いだ。

 その頭は丸刈りでたしかに黒かった。


「それ程の鎧兜をお持ちなら、相当な御方だったのでは」

「それはわからぬが、言い伝えでは……お主達ならわかるかな、ご先祖様は六百年ほど前の方で平家に仕えていたとあり、源氏との戦に敗れて最後は海に飛び込んだが、気がつくとここにいたという話だ」


「それって源平合戦ね。そして」

「おそらく海の底に異界への扉が開いていて、ここへでしょうね。あの、他の方はいなかったのですか?」


「いなかったそうだ。ご先祖様はその後辿り着いた村の者達に迎えられ、そこで家族を持ち、一生を終えられたのだ」


「へえ、村の人っていい人達だったのね」

「それもあるが、村を度々襲っていた魔物をご先祖様が退治したからだそうだ」


「とてもお強い方だったのですね。そしてベルテックスも」

「拙者などご先祖様の足元にも及ばんだろうな。だが優者と共にあれば、少しは追い付くかもな」




「さてベルテックスとも会えたし、次の守護者がいる場所へ行きますか」


「ねえ、せっかく借家手配してもらったんだし、もう少しここにいようよ。ベルテックスだって長旅で疲れてるでしょうし」

「そうでした。けど借りた家は二部屋しかないそうですよ」

「あたしと藤次郎が一部屋、ベルテックスがもう一部屋使えばいいじゃん」

「あのですね、嫁入り前の娘と同じ部屋だなんて」

「昨夜だって一緒の部屋で寝たじゃん」

「そ、それは仕方なくで……って私がベルテックスと同じ部屋にすればいいんだ」


「その家にリビングは無いのか?」

 ベルテックスがそんな事を聞いてきた。


「えっと、あるみたいだけど?」


「なら拙者はそこで構わんぞ。なに、この図体なのでその方が楽なのだ」

「ですがそれでは」


「それに拙者はたまに大いびきをかく時があるのだ。それで藤次郎が寝不足になっては困るだろ?」


「うーん、じゃあお願いね」

「すみません。七日後に旅に出ますので」


(お主達は既に夫婦かと思ったのだがなあ? まあ拙者は鈍いゆえ勘違いしたか)

 ベルテックスは心の中でそう呟いた。

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