第12話「あの人はもしかして?」
船に乗った。
魔法で動いているそうで、風が無くても進んでいく。
後世にはエンジンなるものがあるそうだが、魔法があればそんなの要らないよって一彦が言ってたな。
「思えば船に乗るのは初めてです。空からとはまた違った景色だ」
「へ、空からってどうやって? 江戸時代にそんな乗り物ないでしょ?」
「父の友人に一反木綿さんがいるのと、あとは龍神様に乗せてもらったんですよ」
「……あんたってほんとぶっ飛んだお侍さんね」
リュミが呆れ顔でこちらを見ていた。
「そういえば空を飛べる魔法があると聞きましたが、リュミはできるのですか?」
「できるわよ。ほら」
リュミはフワッと浮かび上がり、
「おおっ!」
あっという間に帆先の上まで飛んでいった。
「っと。でもあんま長時間飛べないのよね。瞬間移動もできるけど、行った事ない場所は無理」
リュミが降りてきて言う。
「できるだけでも凄いですよ」
「ふふん。ところであんた、裾の中覗いてないわよね?」
「そんな事しませんって」
「ほんと真面目ね。ま、見られてもいいように下にスパッツ穿いてるから大丈夫よ」
「スパッツ? ああ、母上が穿いてましたね。沙貴がくれたもので『これとTシャツを下に着ておけばいざって時に着物はだけても大丈夫です。忍者服より暑くないし』と」
「……そういえば香菜さんも江戸時代の人とは思えないくらいだったわね。スマホ見せたらあっという間に使いこなしてたし」
「母上は新しい物好きですからね」
「あんたもよ。きっとそういう所がお母さんに似たのよ」
「そうかもしれませんね」
「思い出しましたが、とても強い三姉妹がお仲間にいて、末の妹さんとは気が合ってたくさん話したと……それはリュミの事だったのですね」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。あ、そういえば息子の嫁にとも言ってくれたわね」
「以前会った時でしたら私は五歳ですよ。気が早すぎです」
「けど今ならどう?」
「え?」
「なんてね」
着いた場所はこの世界で一番大きい大陸、アキヅシマの東南にある港町。
この世界には四つの大陸があってそれぞれ一つずつ主要国があり、他にも幾つかの小さな国があるそうだ。
聞く所によるとイヨシマがこの世界での生命発祥の地で、王都の北に創造神様を祀っている神殿があるそうだ。
くう、それを知っていたら先に行ったのに……まあ、事が成った後で行こう。
「さてと、次の目的地は……あれ? 光が一つこっちに近づいている?」
「ほんとね。あ、もしかしてこいつ、藤次郎の存在に気づいたんじゃないかな?」
「だとしたらここへ来るかも。ではしばらくこの辺りにいて、色々見て回りますか」
「うん! せっかく異世界に来たんだもんね!」
その後宿屋を見つけ泊まれるか聞いたが、
「え、空きは一部屋しかないのですか?」
「ああ。イヨシマとの交易が再開したんでね、皆遅れを取り戻そうとこぞって来たんだよ。他の宿も似たようなもんだよ」
宿のご主人が言う。
「うーん、嫁入り前の女性と同じ部屋だなんて」
「あたしは別にいいけど?」
「駄目です」
「なんでよ。あんた半裸の人魚達見ても無関心だったじゃん」
「……とにかく駄目。ではリュミがここに泊まってください、私は野宿します」
「それこそ駄目よ。何日もそんな事してたら疲れるわよ」
「ん? あんたらもしばらくこの町にいるつもりなのか?」
ご主人が聞いてきた。
「え、はい。仲間と待ち合わせしていますので」
そういう事にしておこう。
「それならうちの弟に聞いてみようか? 弟は町の借家を管理してる役人なんで、長期宿泊用の安いやつ見繕ってくれるよ」
「あ、ありがとうございます。ぜひお願いします」
「ああ。ま、今日はもう遅いから、一日だけ我慢して二人で泊まってくれや」
「えーと、それは」
「この辺りで野宿すると危ないぜ。人食い狼がうじゃうじゃいるからな」
「……わかりました。ではお世話になります」
通された部屋は広く、小さい風呂もあった。
早速とばかりにリュミが風呂を使いにいった。
「ふう、いいお湯だったわ」
「リュミ、何か着てください。はしたないですよ」
「なんでよ。ちゃんと隠してるでしょ」
隠してはいるが、それたしかぶらじゃあとぱんつという下着だろ。
しかし母上より大きい、っていかんいかん。
「年頃の女性がそんなに肌を見せるもんじゃないですよ」
「むう、そのへんはやっぱ昔の人ね。ま、それなら襲われたりしないから安心だけどね」
「……とにかく、なんか羽織ってください」
「うん。ちょっと寒くなってきたしね」
やっとガウンという羽織を着てくれた。
「ねえ、藤次郎って結構強いわよね。明日手合わせしない?」
「いいですよ。そういえばリュミの拳法は武天流と言ってましたけど」
「うん。お父さんかお母さんから聞いたことない?」
「あまり知ると流れが狂うと言われましたので、後世の武闘家が編み出したものとだけしか」
「ありゃそうなの? うーん、まあその武闘家の孫である二代目継承者に習ったのよ。あたしって殆ど我流拳法だったから、一度ちゃんとした流派の技習いたいなあと思ってたの」
「そうでしたか。でもなぜ?」
「あたしね、以前五つも年下の女の子に完敗しちゃったんだ。だから今度は勝とうと思ってさ」
「……五つ下って十一歳? その娘、どれほど強いのですか」
「うーん、あんたのお父さんでも簡単には勝てないわね」
「父上は今でも日ノ本五士と呼ばれているのに、それでもだなんて……」
「あんただってそのうち日ノ本有数の侍になるんじゃないかな?」
「え、いえ私などまだまだですよ。父上はおろか、母上からすら一本も取れませんし」
「……あんな桁違いな二人が両親じゃ苦労するわね。うちの両親がそっち方面じゃなくてよかったわ」
リュミがはあ、とため息をついた。
「あれ? リュミのご両親は武を嗜んでいないのですか?」
「うん。お母さんは普通の人だけど、お父さんは国の軍師だったわ」
「おお、凄いですね。けどそれでは武の方は最低限といったところですか?」
「うん。それであたし達姉弟は幼馴染の両親に習ったの。でも二人の専門が剣と魔法だったから、拳法体術は基礎的なものだけだった」
「そのどちらも目指さなかったのはなぜ?」
「あたしには剣や魔法での戦いが合わなかったの。かと言って拳法をと思っても優れた師匠がいないし……下の姉は短剣使いで上手く体術と組み合わせてたけど、あたしは全然。かと言ってお父さんみたく軍師ってガラでもないし……めっちゃ悩んで、もう戦う事は諦めようかとも思ったわ」
「……リュミは幼い頃にそれ程悩まれたのですか」
「え? あ、聞いてないのね。あたし達はね、前世の記憶と力があるのよ」
「は?」
「だから今の話は前世での事。その時十二歳だったわ」
「……まあ、理解できますがややこしいですね」
「うん。でね、そんなある日道に迷ってた人と会ってね。聞けばどうも違う時代の異世界の人らしかったから、既に一流の術者になってた弟に頼んで送ってもらおうと家に案内したの。その途中で」
――――――
「リュミちゃんは何か悩みがあるのかい?」
「え、うん。わかるの?」
「わかるよ。ねえ、私でよければ聞かせてもらえないかな? 話すだけでも気が晴れるかもしれないよ」
「……ってとこなの」
「うーむ、拳法が全く無いわけではないし、使い手がいないのでもないのだろ? だったらあちこちで少しずつ教わり、それを纏めて自分流をこしらえてはどうかな?」
「え……あ、そうか。そうしてもいいんだ」
「そうだよ。そうすればいいんだよ」
「ありがとうお兄ちゃん、あたし頑張るね」
「うん。遠くから祈ってるよ」
――――――
「ってね」
「その御方、異界に迷い込んでさぞ不安だったでしょうに、それでもリュミの悩みを……強い方だったのですね」
「そうね。あの人がいなかったらあたしは聖戦士になってなかったわ……昔の人だから生きてないけど、もし出来るならタイムスリップして会いに行きたいな」
「え、弟殿なら出来るのでは?」
「今は無理なのよ。やはり前世の記憶と力はあるけど、体が耐えられないんだって」
「ではせめてお墓参りでもされては?」
「そうね、今度どこの世界だったか聞いてみようかな。今思うとお兄ちゃんって江戸時代のお侍さんっぽかったし」
「へえ。では私の世界で生きている方かもですね」
「あ、そうかも……ってそういえばお兄ちゃん、藤次郎に似てたわね。それと名前は彦右衛門さんと似た名前で、彦九郎っていうの」
「え、私の祖父と同じ名前?」
「はい? ……ま、まさかお兄ちゃんって、藤次郎のお祖父さん?」
「そうかもしれませんね。あの、ご存知かどうかわかりませんが」
「聞いてるわよ。お祖父さんは既に亡くなってるのよね……ねえ、お父さんから聞いてない? お祖父さんが不思議な世界に迷い込んだとか」
「いえ、そんな話は聞いたことがないです。おそらく父も聞いていないでしょう」
「そっか……ま、いつかわかるかもね」
「ええ。さて、そろそろ寝ましょうか」
「うん」
深夜、二人がぐっすり寝ている頃。
「……君もよく来てくれたね」
リュミの寝顔を見つめながら呟くのは、以前酔った藤次郎を寝かせた侍風の男性。
「私の言ったことが役に立ったようで何よりだよ……すまないけど藤次郎を頼むよ。守護者殿」
そう言った後、姿を消した。
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