honey moon 第6話 結婚式の後
立夏の家族との食事会が終わり、式場から宿泊していたホテルまでの道中は何とか意識を保たせていたが、部屋に入るとその緊張も一気に解け、立夏の体に眠気が訪れる。
今日は慣れないドレス姿と緊張で、仕事をしている時の何倍も疲労を感じていた。
「今日はお疲れ様、立夏」
立夏の吐いた深い吐息に、背後に立つ維花からの声が掛かる。
維花は日頃からのキャンプバカの賜物か、声にはまだまだ動けそうな気配があり、立夏の方が年下なのにと悔しさが湧く。
「維花、全然疲れてなさそう」
「そう? 立夏のウエディングドレス姿を見られたんだから、疲れてる場合じゃないでしょ」
「今日は付き合わないからね」
立夏の胸の裡にも、式場での綺麗で格好良かった維花の姿は残像のように焼き付いている。背後にいる維花と同じ存在だとは分かっていても、フォーマルな格好の維花は特別感があり、それが見られただけで結婚式をやった意味があった言える程だった。
ただ、余韻に浸っていたさはあっても、半日近く慣れないドレス姿だった疲れが、立夏の体に時間差で訪れている。
「それは残念〜 でも、立夏がお疲れなら今日はゆっくり休もうか」
「維花の体力が底なしすぎるの」
「そうかな。立夏をお姫様抱っこしたくて余力残していたんだけど」
写真撮影の後に維花はタキシードに着替えたので、残念ながらその夢は叶わず終いだった。
というか、やろうとした維花を何とか引き留めたのだ。
見た目が男性っぽくても維花は女性で、立夏が羽のように軽いならまだしも、そう簡単に抱き上げられるものではない。
「これから新婚旅行楽しむんだから、腰を痛めたりしたら大変でしょ」
「一生に一度の結婚式なんだし、それも良い思い出になるよ」
悪びれもなく言いながら、背後から甘えるように維花は立夏の腰に抱きつく。それに立夏が抵抗を出すことはなく、維花の胸に上半身を預ける。
「一生に一度って言うか、二回した気分なんだけど」
立夏は初めに着たウエディングドレスのまま最後まで過ごしたが、維花はウエディングドレスとタキシードのどちらもを身に纏い、その違いは最早お色なしレベルではなく、二回結婚式をしたくらいのインパクトがあった。
「どっちのわたしが良かった?」
「どっちも維花なんだから、選べるわけないでしょ」
「そこを強いて言うなら、どっち?」
どちらかを選択しなければ維花は納得しなさそうで、立夏は記憶を頼りに維花のウエディングドレス姿とタキシード姿を脳裏に思い起こす。
「ウェディングドレスかな。タキシードも格好良すぎて、そのまま飾っておきたいってくらいだったけど、普段見慣れていない分、ウエディングドレス姿の方がインパクトは大きかったから。維花って女性っぽい格好は極力避けてるでしょ」
改めて、維花の美人さは今も健在なのだと、見入ってしまった立夏がいた。
「楽なのに慣れちゃうと頑張れないんだもん。でも、立夏も綺麗だったよ。眼福ってこの時のための言葉なんだって思ったくらい。リクルートスーツで緊張で肩を竦めていた可愛らしい後輩が、いつの間にかこんなに綺麗になっていたんだなって、涎出てきちゃいそうだった」
「ウエディングドレスの補正が入ってるからなだけでしょ」
立夏は自分の容姿が人並みだという自覚はあり、着飾って多少綺麗になっても、維花に叶うものでないことは知っている。それでも維花に綺麗だと言って貰えたことに嬉しさはある。
「そんなことない。最近の立夏は人妻感があって誘われるしね」
「……人妻って、維花のじゃない」
「そうだけど、会社では公にしてないじゃない? 国仲さんは結婚したらしいけど、相手はどんな男だって話が飛び交ってるの知ってる?」
「そんなこと噂して何になるの?」
おしゃべり好きが集まっているわけでもない職場で、誰がそんな噂話をするのかと立夏は首を傾げる。
「男性は、その相手に勝てそうか負けていそうかが知りたいんじゃない? わたしのものだから誰にもあげないけどね」
「維花が何を言いたいのか良く分からないんだけど」
「立夏を独占できて嬉しいってことだよ?」
「それは維花のものだけどね」
立夏は左手を持ち上げて、薬指に嵌まった指輪に右手の親指と人差し指で触れる。この指輪は結婚式前にマリッジリングとして購入したもので、シンプルなつくりだがシルバーの輝きが新しさを示している。
「わたしを選ばせたことで、立夏にしなくていい苦労をいっぱいさせてるけど、その分二人の時間は大事にするから」
「これは私が選んだ道だし、私にも誰にも維花を渡したくないって独占欲はあるからね」
「なに、その誘い文句…………やっぱり我慢できない。ちょっとだけにするから、ベッドへ行こう?」
「何でそうなるの、真面目な話してたでしょう!?」
「愛情は性欲に繋がってるの。せっかくの新婚旅行なんだし目一杯楽しまないとね」
end
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いまさらの更新です。すみません。
終わらせ方がどっちにしようと分岐してしまい、迷っている内に時間だけが過ぎ、なんとかぎりぎり年内に終わりました。
今年も一年ご愛読有難うございました。
channelシリーズ 番外編 海里 @kairi_sa
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