honey moon 第5話 ウエディングフォト

チャペルから退場した後は、目の前の海岸に降りてウエディングフォトの撮影時間になる。


なだらかな傾斜を下った先は、海沿いとはいえ短い草が生えているおかげか、ぎりぎりウェディングドレスでも歩ける場所だった。


足下を気にしながら、そろそろと裾を持ち上げながら歩みを進めた先に、海をバックに写真が撮れるフォトスポットが設けられている。


ここには狭いながらも台座があり、カメラマンの指示に従ってポーズをとって行く。


「立夏が綺麗過ぎて、結婚式で抱きつきたいのを堪えるのに必死だった」


「抱きつきたくても、今はウエディングドレス着ているんだから、まだ我慢して」


レースが幾重にも積み重ねられたウェディングドレスは繊細なつくりで、ウェディングドレスとウェディングドレスが密着するなんてことは想定されていないだろう。


返さないといけないんだから、と立夏が小声でダメ押しをすると、維花は目を糸のようにさせて残念さを示してくる。


「その顔が写真に残るよ」


「わたしは別にどうでもいいから」


「それは私が嫌なんだけど。折角だから綺麗に残したいじゃない」


「永遠に今を残しておけるけど触れられない写真を取るか、今だけの立夏を全身で感じることを取るかなんて、究極の選択すぎる」


後者にチャレンジするなんて維花くらいのものだと呆れながらも、


「誰に聞いても維花の方が綺麗って言うから。最近女性らしい格好を見なかったから気づかなかったけど、維花って10年前と全然変わってないよね」


「そんなわけないでしょ。もうお肌の曲がり角は迎えてるから、メイクでそう見えるだけ」


「メイクで化ける人はいるけど、維花は素が良いから映えるの」


そんなことを言い合いながら撮影は進んで、小1時間ほどで立夏の家族も交えての集合写真まで取り終える。


もっと海に近づきたい思いは2人にあったが、今の格好で砂地に足を踏み入れるのは無謀でしかない。着替えてから来ようと話をしながら、チャペルの隣にある棟に戻った。


この後は披露宴という程でもないが、この場所で食事会をすることになっている。


食事会の部屋に向かう立夏の家族と分かれ、立夏と維花は朝準備をした個室までスタッフに案内される。


「じゃあ、後でね、立夏」


潮風で崩れた部分を直すと説明は受けたが、ウエディングフォトも撮ったし、このままでもいいんじゃないかと立夏は内心で思いながらも、スタッフに我が儘を言う程でもない。


セットした髪に直しが入り、ベールがなくなった代わりに、新しく花飾りが髪に飾り付けられる。


立夏は過去に友人の結婚式に何度か出席したことがあり、その度に友人である花嫁の綺麗さに感動した。だが、いざ自分事になると普段の自分とギャップがありすぎて、鏡の向こうに映る存在が自分だということを受け入れられない。


髪のセットとメイク次第でこんなに化けられるものなのだと思っておこうと諦めた所に、


「立夏、準備できた?」


個室をノックする音に続いて維花の声が届く。直しが終わって待ちきれずに立夏の方に来たのだろう。


「私も終わったから、今出る」


この個室にウェディングドレス姿の人間が2人入るのはどう考えても厳しく、立夏は直しをしてくれたスタッフに礼を言ってから部屋を出る。


「えっ……?」


扉の向こうに立っていたのは維花に間違いはなかった、ただ、それは立夏が想像していた姿ではなかった。


「どう? 似合う?」


「似合いすぎ……」


「それは良かった」


つい先程までウェディングドレスを着ていたはずの存在は、別人かと思うほど様変わりしていた。


今維花が身に纏っているのが純白の衣装であることには違いないが、いわゆるタキシード姿で、メイクも中性っぽいものに変わっている。


少し離れて見れば男性にしか見えないシルエットで、はっきり言えば白馬の王子様レベルに似合い過ぎていた。


一日に2回も息が止まるような目に合うとは立夏も想像もしていなかったが、維花は何を着ても似合うのだと再認識する。


だが、今回はこぢんまりとした式だから、お色直し的なものはしないことになっていたはずだった。


となれば、維花はわざと今まで立夏に話さなかったということになる。


「なんで隠していたの?」


「プランナーさんと話をして、立夏へのサプライズにしようって盛り上がっちゃった」


「私の心臓止める気でしょ。さっきまで美人だったのに、一瞬でこんな美男子になんでなるの」


「どっちのわたしも好きでしょ? 立夏が独占していいから」


そう言われると立夏としても悪い気はしない。


もう指輪の交換もしたし、結婚証明書にも署名したので維花を誰にも渡す気はないが、普段は自分の容姿に無頓着のくせに、ここぞとばかりに仕掛けてくれる。


「さっきの維花ももうちょっと堪能したかったのに」


「でも、あの格好だと立夏を抱っこできないじゃない。折角だからチャレンジしたいんだもん」


「それならダイエットもうちょっと頑張ったんだけど」


結婚式前が決まってから、立夏は人並みに食事の量を抑えたり多少は減量を試みたものの、仕事が忙しいと間食をしてしまって、目標までには達していない。


そんなことが今更ながらに悔やまれてしまう。


「イメージトレーニングは十分してきたから大丈夫」


イメージと現実は違うでしょ、と言う言葉は全く届きそうにない維花の笑顔に、チャレンジして諦めて貰おうと決める。


「じゃあ、行こうか」


維花の差し出した腕に、胸を高鳴らせながら立夏は自らの腕を絡ませていた。

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