honey moon 第4話 誓い

結婚式をすると決めた後、立夏は改めて維花に親兄弟は呼ばないのかと確認したが、維花の答えは誰も呼ぶつもりはない、だった。


迷いのない維花の答えに、どうしても折り合えない人たちなのだろうとそれ以上の追求はしなかった。


30代にもなれば、人それぞれで望みも正義も違うということは分かってくる。


子供の頃に無邪気に言っていた『みんなが仲良くする』なんてことは、簡単に実現できるものでなく諦めも必要であることを知った。大抵の人は自分の周辺をなんとか居心地良くすることだけで精一杯なのだ。


だから、今日は維花とバージンロードを歩く存在は誰もこの場にはいない。


それなら二人で一緒に歩こうと立夏は提案したが、立夏は父親が出席するのだから父親と歩くべきだと諭される。


「一人で先に歩いて立夏を待ってる。離れるわけじゃないんだから、そんな顔しない。立夏が一歩ずつわたしの元に近づいてくるのを待つなんて、最高の時間じゃない?」


どこまでも前向きな維花に反論はできずに、立夏はそれを承諾した。


維花には別れを告げる家族過去はなく、今を共に歩く立夏だけが存在すればそれでいいのだ。


チャペルに入り、ヴァージンロードの最後尾で立夏の向かいに立つのは、正装をした立夏の父親だった。


父親は今朝から立夏と視線を合わせるだけで、まだ一言も言葉は交わしていない。


結婚式をしないのか、と言い始めたのは立夏の父親だが、維花とのことを初めて告白した当初は、聞く耳を持ってくれなかった。前触れもなく娘が女性をパートナーにすると言いだしたのだから、あの時の父親の態度は無理もないことだと立夏は今でも思っている。


それから、きっかけがあって維花とのことを許してくれるようになったが、今父親はどんなことを考えているんだろうかと様子を伺う。


仕事人間で母親がよく愚痴をこぼしていたのは知っているが、一方で立夏が小さな頃はあちこちに連れて行ってくれたことはよく覚えている。


父娘の距離は近すぎず遠すぎずだったが、娘に対して愛情を持っていてくれたことは確かだった。


「本当に後悔しないの?」


「とっくに家を飛び出したお前に言われてもな。戻って来る気なんてないんだろう?」


「戻る気はないよ。維花は、何があっても一緒にいたい人だから」


立夏の父親は深い溜息を吐いてから身を起こし、沈黙のまま腕を立夏に差し出す。


立夏には父親と手を繋いだ記憶はない。どこかで手を繋いだくらいはあるだろうが、それは記憶に残らないほど幼い頃の話だ。


それもこれが最後になるのかもしれない、と口元を引き締めて父親の腕に立夏は手を添える。


すぐにチャペル内にオルガンの音が響き渡り、それに促されるように一歩ずつ前へと立夏は歩みを進める。心臓の鼓動と歩みを進める足音だけが立夏の世界を占める。


この瞬間に過去を思い出したりするのだろうと立夏は想像していたが、あったのは無に近い自分と視線の先で待っている維花の存在だけだった。


灯火のように光るあの場所に行きたいと、体が維花に向かって行く。


傍にいると言うくせに、行動力のある維花に引っ張り回されて、立夏はくっついて行くのに毎回必死だった。時にはゆっくりしたいのに、一緒にいないと意味がないと、維花はいつだって立夏も歩くことを促してくる。


引っ張り回される方は大変なのだと言っても、維花は立夏の手を離してくれない。だから、一緒に走るしかないのだ、ともう心も決まっている。


「ありがとう、お父さん」


維花の目前で、父親から手を離す際に、その言葉は自然と零れていた。


「帰ってきても面倒は見ないぞ」


それがやせ我慢であることを立夏は知っている。


「帰るつもりは1mmもないから」


「立夏」


待ちわびたのだろう維花に名を呼ばれ、立夏は維花と並ぶ位置に移動して正面の祭壇を見る。


到着した時にも見たが、祭壇の奥には額縁に入ったように澄み渡った青空と海の青が存在を示していて、これが楽園というものなのかもしれないと立夏は感じていた。


牧師の声で式は進行し、やがて2人の前まで牧師が近づいてくる。


馴染みのある誓いの言葉のフレーズが牧師から紡がれ、まずは維花に答えを求める。


「はい。誓います」


迷いのない凜とした維花の声は、顔が見えなくても立夏の胸にすっと落ちる。


手を繋ぎたい衝動に駆られながらも、次は立夏の番だった。


2人が付き合い始めて一緒に居られることは喜びだったが、順風満帆かと言えばそうではない。それでも一緒にいるという選択を意地でも押し通して来た。


それをこれから先、挫けずに続けて行くという強い決意を込めて立夏も誓いを立てる。


指輪の交換を、と促され、向かい合ったことでようやく互いを視認することが許される。


維花の差し出した手に立夏が手を乗せると、維花の手で指輪が填められていく。


今までペアリングはしていたが、お互いに填め合うということはしなかった。立夏は背筋にくすぐったさを感じながら、維花が指輪を指の付け根まで填め込むのを見守る。


今回は絶対に妥協しないと言った維花とジュエリーショップを巡って選んだ指輪は、シンプルなフォルムだが今まで立夏がつけていたペアリングよりも存在感を示している。


維花の手にも揃いの指輪を填めると、維花もまた立夏に抱きつきたくて必死で我慢していることに気づく。


「それはもうちょっと我慢して」


維花にだけ聞こえる小声で伝えると、維花の顎が小さく上下する。


次いで出た誓いのキスをと牧師が言い終わらぬ内に、維花は立夏との距離を縮めてベールを捲り上げていた。立夏が維花のベールも捲ると、待ちきれぬとばかりに維花の顔が近づいてくる。


それは唇を触れ合わせるだけのキスだった。


シンプルなキスでも、2人にとってこんなに緊張したのは初めてキャンプの時以来だった。


「愛してる」


離れ際に維花が囁いた言葉に、格好つけたがりだと文句を覚えながらも、立夏の頬は真っ赤に染まっていた。 

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