honey moon 第2話 到着

到着した空港から街の中心部までシャトルバスで移動をして、まずは身軽になりたいとチェックイン予定のホテルにスーツケースを預けに向かった。


ホテル前は賑わいのある通りだったが、リゾート地だけあって道ゆく人にスーツ姿の人はいない。


「頭がなんかへん……」


「時差ボケってやつだね」


「維花はなんでそんなに元気そうなの。ちょっとしか寝てないよね?」


「遊べる時は遊ぶ方に意識が向くから、気にならないんだよね」


「維花の体ってでたらめすぎる。本能だけで生きてるよね」


「それはそうかな。本能が何があっても立夏を離したら駄目って言ってるから」


「もうっ……」


立腹する様を見せながらも立夏は、維花の腕に巻きついて力を込める。


「それ、わたしへのサービスにしかならないよ?」


「知ってます」


「せっかく海外に来たんだから、目一杯楽しまないとないね」


悔しいので立夏は無言の同意をして、


「だからって、ここでキャンプ行くとか言い出さないでね。ホテル取ってるんだから」


「考えたことには考えたんだけど、キャンプに行くならそれメインで準備したいから諦めた。次にする」


「ほんとキャンプバカなんだから」


「でも、折角だしレンタカー借りて名所巡りしない?」


「それも今回はだめ。右側通行の道路なんて走ったことないでしょ」


「ないけど何とかなるよ」


「私が助手席で気が気じゃないからだめ。折角の新婚旅行なんだからノーリスクでお願いします」


「じゃあ諦めるしかないか」


「そうして。いつもバタバタしてるんだから、今回は2人でのんびりするでいいじゃない」


「そうだね」


歩みを止めた維花に何かあったのか、と立夏も足を止めて見上げると、すぐ眼前に維花の顔が迫っている。


その段階になって、立夏も維花が何の為に足を止めたかに気づくが時既に遅し。反応するより前に維花の唇が重なっていた。


「もうっ」


触れるだけのキスに続いて立夏は抗議の声を上げる。


「ここだと誰も気にしないよ」


人通りのあるストリートでなんて、いつもの立夏なら絶対に許可しない場所だった。確認もせずにしてきたことには怒りは覚えたが、海外だしいいか、と途中で霧散してしまう。


「今回の旅の間だけね」


「分かってます。でないと立夏本気で怒って口聞いてくれなくなるし」


「それは自業自得でしょ」


そんなことを言い合いながら、ホテルを出た後に向かったのは、近くのビルに入っているサロンだった。


このサロンは今回の旅と結婚式のコーディネートを依頼したショップのもので、明日の結婚式の事前準備のために訪れる約束をしていた。


日本語が話せるスタッフと打ち合わせをして、立夏にも明日なんだという実感が湧いてくる。


立夏の父親の言葉から決まった結婚式だったが、そこから先に話を積極的に進めたのは維花だった。


海外挙式にしようと言い出したのも維花で、話を聞くだけでも行ってみようと誘われて、流れに乗せられるまま結婚式が決まっていた。


それまで立夏は、維花との結婚式は誰も望まないだろうと初めから真剣に考えることもしなかった。だが、維花が望んでくれたから前向きになれたのは事実だった。


「明日はよろしくお願いします」


そう言ってサロンを出てから、目的もなしに手を繋いで街を歩く。


見慣れない街は、行き交う人の何割かは日本人のようだったが、聞こえてくる言葉も複数の言語が入り交りで異国感はある。


「潮風って、時々なら心地いいんだよね」


海が近いせいか吹く風には潮の匂いが混ざっている。ずっとこの風を感じていたら重く感じるかもしれないが、時間の流れを緩やかに感じさせてくれるものだった。


「初めて立夏と海に行った時のこと思い出すね」


2人での初めての海の記憶は、初めて結ばれた時のものだった。


あの頃の立夏と維花の距離感は、まだ互いに触れるには気を遣い合う、近いけど踏み込みきれないものだった。


「なに思い出してるの」


「立夏こそ。耳が真っ赤になってるよ。あの時の立夏可愛かったな〜って、昨日のことのように記憶が蘇って来ちゃった。迷って最後の一歩を踏み出せないわたしに、立夏はいつも手を差し伸べてくれるよね」


「だって放っておけないんだもん」


「わたしの最大の幸運は立夏がそう思ってくれたことかな」


「大げさなんだから」


「死が二人を別つ時まで一緒にいようね」


「それは明日の台詞でしょう?」


「そうだった。あと一日が待ち遠しいな」


「維花がこんなに楽しみにしてくれるんなら、もっと早く考えれば良かったなってちょっと思ってる。私は頭が固いから固定観念で無理だって決めつけて、望むこともしなかったんだよね」


「わたしはどうしてもってわけじゃなかったけど、タイミングが合えばやりたいなってくらいだったかな。藍理あいりとなつきちゃんがしたって話は聞いていたから。でも、やるってなったら、折角の一生に一度のイベントなんだし、記憶に残る形にしたいじゃない」


「そうだね」


維花の友人である三坂みつさか藍理がパートナーの高埜たかのなつきと結婚式をしたことは、立夏も以前ちらりと話を聞いたことはあったが、自分事に結びつくとは思っていなかった。


維花が迷っている時は立夏が手を引っ張って、立夏が迷っている時は維花が手を引く。そんな風に生きることに慣れるほど2人は一緒に時間を過ごしてきた。


「じゃあ、明日に向かってまずは腹ごしらえしようか」

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