honey moon
honey moon 第1話 出発
「疲れた〜」
指定されたシートに腰を下ろし、立夏は全身の力を抜く。
仕事帰りにそのまま空港に向かって旅立つという計画を立てた当初は、出発は遅い時間だし余裕はあるだろうと思っていたが、実際に移動してみると出発ゲートに到着したのは入場開始の10分前だった。
定時に上がるつもりが切りよく終われなくて、会社を出たのは予定より30分以上後ろ倒しになったのがいけなかったかな、と思いながらも、早く出ても維花との合流まで待ったはずだと立夏は自分の行動を正当化する。
維花は今日は客先に出ていたこともあって、直帰して着替えてから出発するから、と途中の乗り換え駅で合流する約束をしていた。
駅の構内で移動をしながらスマートフォンを確認すると、もうすぐ駅に着くと維花からのメッセージがある。
目的のホームに到着して、乗り降りの邪魔にならないように壁沿いに備え付けられたイスに腰を下ろす。ここまで来れば空港までの時間は読めるので、安堵したと同時に疲れも襲ってくる。まだ間に合うと思いながらも失敗はできないと緊張を感じていたので、その疲れだろう。
「お待たせ」
電車を2本乗り過ごした後、大きなスーツケースを転がしながら維花が姿を現す。
立夏より維花の方が活発に動き回ったはずなのに、維花は寝起きかと疑うほどの元気さで、満面の笑みを見せる。
「まだ時間あるから大丈夫。スーツケースありがとう」
二人分の旅支度を詰め込んだスーツケースは、よく見るサイズよりも一回り以上大きくて、維花がよく一人で持って来られたものだと感心する。
「キャンプ道具に比べれば軽いよ?」
「そうだね。小石が敷き積もった河原とか、獣道かっていうような草の中を進まなくていいしね」
「立夏ちゃんご機嫌斜め?」
「そんなことないけど、維花がキャンプ道具より軽いって言うから、過去がフラッシュバックしてきただけ」
「ほら、でも最近のキャンプ場は結構整備されてきてるじゃない」
その言葉に立夏は返事はせずに次に到着した電車に乗り込む。
少なくとも維花がキャンプ場を選ぶ理由は、整備されたかどうかではなく、行きたいと思ったかどうかなので、今後も何に遭遇するかは保証がない。
ある程度は慣れなので、立夏も初めの頃よりも動じなくなっているのだが、だからと言ってなんでもOKにするのは悔しさがある。
空港の最寄り駅に到着すると、まずは航空会社のカウンターでスーツケースを預け、出国手続きをすませる。
空港の広い通路を出発ゲートに向かって歩き始めた所で、立夏の掌に触れるものがある。
視線を斜め上に向けると、デレた維花が確認できる。
「もうっ……」
「いいじゃない。もう海外にいるようなものなんだし」
二人で生活はしているし、キャンプにも旅行にも何度も一緒に行った。手を繋ぐことなんて今更な関係だったが、心が弾んでいるのはこの旅がハネムーンだからだ。
ピンポイントで知り合いがこの出発ゲートにいる可能性は極めて低いだろう。少なくとも維花や立夏の周辺では海外旅行に行くメンバーは固定化されているし、そういうメンバーは混雑時を避けて長期旅行をすることが多い。
それも見越しての手つなぎであると立夏も分かっていたが、手を振りほどいて維花の腕に自らのそれを巻き付ける。
「するなら、これくらいしてもいいんじゃない?」
「立夏が大胆〜」
「先に手を出してきたの維花でしょう」
そんなバカップルな会話をしている内に飛行機への入場案内が始まって、並んで飛行機に乗り込む。
「離陸したらすぐ寝ちゃうかも」
「仕事した後だしね。じゃあ、立夏が窓際ね」
「維花は眠くないの?」
「寝るかもしれないけど、わたしの方がバタバタしそうだから」
それに立夏は反論もなく2人席の奥側に入って、通路側に維花が座る。
日頃は維花の方が睡眠時間が長いが、キャンプに行くと維花は朝早くからあれこれしてる。非日常になると、元気が出るのは維花のいつものことだった。
「そういえば、維花と飛行機に乗るの初めてだよね?」
「そういえばそうだね。いつも車で出掛けちゃうから」
二人にとってのお出かけは、通勤を除けばほぼ維花の車だった。今までも旅行に行ったことはあるが、飛行機を使ったことは一度もない。
「飛行機が苦手じゃないよね?」
「ないよ。単にキャンプに行くってなると、道具も持って行かないといけないから、他の選択肢がないだけ」
「なら良かった」
「後は、どうせなら立夏と2人きりの時間を過ごしたいから、車がいいってなっちゃうんだよね」
「家ではいつもそうなのに?」
「日常の立夏も必要だけど、非日常の立夏も大事なの。隣に立夏が座ってるって思うと、運転も楽しくなっちゃうしね」
維花は長時間の運転は苦痛ではないようで、疲れると癒やして〜と抱きついて来るのが常だった。
「人目のあるところで、いつもみたいに抱きついて来たら駄目だからね」
「いいじゃない新婚旅行なんだし、そのために家に帰ってこの格好に着替えて来たんだから」
維花は声を出せば女性だと分かるものの、30代後半になっても中性的で肌にも張りがあるので、20代のかわいい系男子に見える。
自分の方が年上に見られたらどうしようと内心で立夏が思ってしまうくらいだが、維花はそんなことを考えもしていないだろう。
今の容姿じゃなくても維花のことは好きになったはずだが、綺麗な顔で維花に覗き込まれると立夏は弱い。
「もう……」
「割り切って楽しもうよ。この旅行はわたしたちの夢をほんの少しでも、叶えられるイベントなんだし」
自分たちの関係は、法律が変わらない限り不安定なものだと維花も立夏も理解はしていた。だからこそ、親しい存在にしか自分たちの関係は打ち明けて来なかったし、理解を得られないのであればそれは仕方がないと割り切ってもいた。
そんな中、立夏の父親が不意に言い出したのが「結婚式をしないのか?」だった。
誰に祝って貰える関係でもないと、二人の間でそのことが話題に出たこともなかったが、立夏の晴れ姿を見たいと言われて検討した結果が、今回の結婚式&新婚旅行だった。
「常識的な立夏は、この旅行ではお休み。2人でハネムーンを目一杯楽しもう?」
「……検討はします」
今すぐは切り替えられないので、維花の隣で眠って起きてから考えようと早々に立夏は目を閉じた。
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周年記念にはこの2人にいつもなってしまいます。
この話は 思いがけず隣の美人のお姉さんと仲良くなりました の84話〜90話の裏の話になります。
1話で終わらなかったので、続きはそのうち更新予定です。
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