honey moon 第3話 結婚式の日

時差ボケと、翌日は出発が早いこともあって、現地への到着日は早めに眠りにつくことにした。


いざベッドに入って、いつもと違う広さにどこに寝ようかと立夏は悩むが、結局いつもと同じ距離感がいいと維花の傍に収まる。


ベッドの上で迷いながらもすぐ隣で床になった立夏に、


「ベッド、広く使えばいいのに。今日なら大の字になっても寝られるよ」


「維花の呼吸音が聞こえる距離に慣れているから、離れたら聞こえないでしょ」


「一緒に暮らし始めた頃は、わたしの傍は緊張して寝られないって言ってたのに」


「あの頃は先輩としての維花が意識から抜けてなかったからです。今じゃ、プライベートはこんなにゆるゆるなのに、仕事になるとチームをきっちりコントロールできるんだろうって不思議に思ってるくらいなんだから」


「ディスられた?」


「さあ?」


拗ね顔の維花の腕が伸びて、立夏の腰に巻き付く。横寝のまま維花に引き寄せられて、風呂上がりの匂いに包まれる。立夏も同じ匂いのはずだが、維花のものだと思うだけで体が嬉しさを感じてしまう。


「立夏が甘やかしたせいで、こんなわたしになったんだから、責任持って最後まで面倒みてね」


「半分以上は元からでしょう」


「でも、甘えてもいいってことを気づかせてくれたのは立夏でしょう」


確かに維花を放っておけなかったのは立夏だ。今まで出会った誰よりも関わりたいと願って、維花と付き合うことを自分で選択した。


だから、これは立夏が望んだ結果だとしても、それをストレートに表現できるかと言えばそうではない。


「甘えていいとは言ったけど、甘えすぎでしょ」


「いいの。立夏愛してる〜」


猫なで声で立夏を抱き込んだ維花に、小さく文句を出しながらも逃げ出すことはしなかった。


「維花、そろそろ寝よ。明日も早いんだから」


不服げな声を上げていた維花に再度促すと、渋々維花は立夏を離す。


「明日、楽しみだね」


「だからって2徹は駄目だからね。今日は何も考えずに早く寝て」


「じゃあ、手だけ握っていて」


そのリクエストに立夏は渋々頷いて、維花と接している方の手を維花に伸ばした。


 



翌朝、ホテルまで迎えに来た車に乗り込んで、2人は式場に向かう。


今日の結婚式の出席者は、当人たちを除けば立夏の家族だけだが、合流はせずに2人だけで先発することになっていた。


30分程度で目的の場所に到着して、建物に入るなり立夏は立ち止まって呆けてしまう。


海を背景に自然の延長線のように立てられたチャペルは、紹介動画では綺麗でも実物はそこまでではないだろうと内心立夏は思っていた。


だが、目に入った光景は映像と遜色がないものだった。


まだ準備もされていない小さなチャペルの一番奥、十字架の向こうにはめ込んだように青い海と白い砂浜が見える。


「ここで感動して動けなくなっちゃ駄目だよ立夏。これからが本番なんだから」


背後から触れた維花に促されて、立夏は意識を戻す。


「キャンプでいろんな場所に行ったけど、こういうのはなかったよね」


「でしょ。日本ではこんな場所まずないし、自然に繋がってる感が良いよね」


「そうだね」


そんな話をしている内にスタッフに声を掛けられて、準備の為に別々の個室に入ることになる。


維花と離れることに心細さはあるものの、ドレスアップした維花への期待も膨らむ。


個室でスタッフの指示に従い立夏はウェディングドレスを身につけ、イスに座ってじっとしている内に華やかな飾り付けがされていく。


胸元までのドレスは着慣れていないせいか、心許なくて気になってしまうが、維花にこれがいいとリクエストされたので仕方がなかった。


こうして晴れの日を迎え、実家を出た時にこれからは維花と2人で暮らして行くと決意したはずなのに、再び胸に去来するものがある。


立夏は押しかけで同棲を始めたようなものなので、事実を持ってまわりの黙認を得た。それでいいと思ってきたのに、節目に立つと嬉しさと悲しさを同時に感じてしまう。


準備を終え控え室に案内されると、そこには立夏の両親たちが到着していた。


今日の参列者は立夏の両親と、兄の妻と幼い兄妹で、兄は仕事の都合で欠席だった。


立夏の兄は、まだ維花とのことを認めたとは言いきれないのでそれは口実かもしれないが、義姉たちだけでも来てくれたことは嬉しい。


「立夏ちゃん、綺麗〜 よく似合ってるわ」


立夏に一番に声を掛けて来たのは義姉で、会うのは久々だったが雰囲気は変わっていない。


「義姉さん、遠いところわざわざ来てくれてありがとう。維花はまだ準備中?」


「維花さんならチャペルの下見をするって、さっき出て行ったわよ」


そう言ったのは立夏の母親で、黒留袖姿だったことに驚く。


「それ、持って着たの、お母さん」


「もちろんでしょ。娘の結婚式なんだから。ホテルに着付けできるスタッフがいて良かったわ」


着られたのであればいいか、とそれ以上追求することを立夏は諦めて、視線を入口に向ける。


式場に行ったという維花を探しに行くべきかと悩んでいた所に扉が開く。


「立夏。立夏も終わったんだ。綺麗〜 抱きつきたい〜」


控え室に入ってきたのは維花で、立夏を見つけると真っ直ぐに近づいてくる。


「維花…………」


「変かな?」


変なわけがなかった。シンプルなデザインが良いから、と維花は広がりもレースも控えめのドレスを選んだはずなのに、一目で視線が維花に縫い付けられてしまう。


普段の維花はメンズを好んで着ているので、立夏の意識も薄くなっていたが、維花はメイクをすれば普段の中性感が女性寄りに近づいて、誰もが目を奪われる美人になる。


そのことを視覚が捕らえて、脳内に焼き付く。


「立夏? どうしたの?」


「このまま飾っておいていい?」


「なんで!? やだ。立夏に触れさせて〜」


「崩れるから今は駄目でしょ」


我に返って立夏がたしなめると、両手を伸ばしてきた維花も諦めたようで手を下ろす。お互いウエディングドレス姿で可動域は極めて低く無茶はできなかった。


「立夏、世界一綺麗だよ」


「世界一は維花だから、それは認めません。新人の頃の維花が走馬灯で駆け巡っちゃった」


「生死の境を彷徨った、じゃないんだから」


「そのくらい維花が綺麗だってこと。私のだから今日だけでいいけど」


改めて維花が美人だと思い出し、普段も女性らしい格好とメイクを維花にさせれば、いらぬ敵を産みかねないと立夏は独占欲を出す。


「今日だけじゃなくて、わたしは立夏のものだよ」


「知ってる。神様の前でも誓ってね」


「そのための結婚式でしょう?」


「そうだね」


その後スタッフから声が掛かるまでの間に、両親と義姉たちに改めて挨拶を終える。


「お時間ですので、チャペルに移動をお願いします」


スタッフからの声がかりで、その場にいた大人は顔を見合わせてから移動を始めた。

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