花火デート
花火デート
「花火大会?」
「行かない?」
「いつ?」
「来週の土曜」
向かいに座る一緒に住んでいる恋人の
「珍しいね、維花がそういうイベントに行きたいっていうの」
「わたしだってキャンプ以外に行きたいって言うことはあるから」
ちょっと拗ね気味の維花に嫌なわけじゃないから、とフォローを入れる。
「何か用意しておくことある?」
「途中まで車で行って、そこからは少し歩きになるからスニーカーで行くくらいかな」
「分かった。花火っていつも遠くからしか見たことなかったから」
「人が多いから好きじゃない?」
「そうじゃないけど、行く人がいなかったからなだけ」
花火を見るために高い場所に登って花火を見たくらいの経験は
でも、社会人になってからはきっかけもなくて、せいぜいテレビで花火が映し出されているのを見るくらいだった。
「じゃあ、花火デートしよう」
花火大会当日、立夏は用事があるからと午前中から実家に戻っていて、維花が3時に車で向かえに来てくれることになっていた。
維花からのもうすぐ着きそうという連絡に、立夏は腰を上げて、両親に挨拶をしてから外に出る。
すぐに維花の車が到着して、高さのある助手席になんとか座り込んだ。
「お迎え有り難う」
「立夏、浴衣着たんだ。その色よく似合ってる。このまま家に連れて帰っていい?」
「花火大会に行くんでしょう。お母さんが着付けできるから、頼んでたんだ」
立夏が今着ている浴衣は、母親が数年前に唐突にくれたものだった。
いい年して、早く恋人を作って嫁に行けという圧力なんだろうかと、今日まで一度も袖を通したことがなかった。維花と花火大会に行くから着たいと母親に言うと、二つ返事で着付けを承諾してくれた。
「それならわたしも着たかったな」
「どっち用のを着るの?」
「男物、かな。立夏といちゃいちゃしたいし」
「それもお母さんと話をしたんだけどね。着られることは着られても、肩幅がないから見た目が格好良く見えないんじゃないかって。私は、維花は女物も似合うと思ってるんだけど、折角の花火大会だからくっついて歩きたいし、声を掛けなかったの」
「それは大事。立夏が見知らぬ男に声を掛けられても困るし」
「もういい年なんだし、それはないよ」
「そんなことない」
どちらも譲らないまま目的の場所の近くまで車で向かって、そこからは花火がよく見えるという河原まで徒歩だった。
空には真夏の太陽が照っているものの、それほど暑いと感じないのは、常時維花とキャンプに行って体が暑さにも寒さにも強くなっているからだろう。
キャンプに行き始めの頃はキャンプの後に体調を崩すこともあったが、最近では体が慣れてしまって、キャンプの後でも普通に仕事に行けるようになった。
「買い物はよく行くけど、こういうデートらしいデートは初めてじゃない?」
同じ目的の人が多いようで、歩道を歩く人は多く、皆同じ方向を向いている。
「思い返してみるとそうだね。キャンプに行った方が立夏と2人きりを楽しめるから楽しいんだもん」
「自分がキャンプ好きなだけでしょ」
「それもあるけど、立夏に2度とキャンプに行きたくないって言われたら困ったかも」
「じゃあ私とキャンプどっちを取る?」
試しに聞いてみようと、倦怠期のカップルのようなことを立夏は口にしてみる。
「比較するものじゃないでしょう? 立夏はパートナーで、キャンプは趣味なんだから」
「逃げた」
「いいじゃない」
一人で行くではなく、立夏と行くのがいいと言ってくれているのだからいいか、と追求はそこまでにする。
河原に入ると、あちこちで人が座り混んで花火を待っている姿が目に入った。
場所取りをしなくて良かったのだろうかと、その段階になって立夏は気づくが、維花に引っ張られるまま川上の方に歩いて行く。
「ここでいいの?」
パイプイスが並べられた一角があり、こういうのは偉い人が座る席じゃないんだろうかと維花に確認をする。
「うん。事務やってる
「それでいきなり行こうって話になったんだ」
「そう」
「維花があちこちで女の子にちょっかい掛けてるってことは分かりました」
そっと腕を引き抜くと、逃げようとする手を維花に捕まれて引き戻される。
「経費請求で分からないことがあって聞きに行った時に、ついでに話しただけだからね」
「……じゃあいいけど」
「わたしも三上さんに話を聞くまでは、そんな席があるって知らなかったんだけど、こんなきっかけでもないと行かないだろうなって思って誘ったの。あっちに屋台もあるから何か食べ物を買おう?」
そのまま手を引かれて、屋台でいくつか食べ物と飲み物を買ってから、札の貼られたパイプイスに並んで座る。
「車で来なかったら飲めたんじゃない?」
屋台には当然ビールも売っていたが、維花は車で来ているので飲むことはできない。
「そうだけど、昔、花火に行って、帰りにすごく歩いて疲れた思い出があるんだよね。だから立夏にも悪い思い出にはなって欲しくないなって、ちょっとでも楽できる交通手段にしました」
考えなくではなく、立夏のためにわざわざ車で来ることを選んだという優しさに嬉しさはある。
「もう……で、それは前の恋人とのこと?」
「大学の時のことだから違います。前に付き合っていた恋人は遠距離だったし、お互いの家を行き来するだけで半日がかりだったから、そんなに遊びに行った記憶はないなぁ」
「ふぅん」
「家で飲んでばかりだったし、今、立夏とキャンプに行くのに比べたら、もったいない時間の使い方したなって思ってる」
「キャンプはもったいなくないんだ」
「もったいないくないでしょ。立夏と一緒にいて、助け合ってキャンプするって最高じゃない?」
「ソロキャンがいいって言ってたのに」
「ソロキャンはソロキャンの良さがあるけど、今は2人じゃないと行きたくない」
「もうっ……」
困った人だな、と呆れ声を上げるが、立夏も維花と一緒にキャンプに行くのを嫌だと思ったことはなかった。
2人での家で過ごし方とキャンプの過ごし方に違いはあって、維花の言うように準備を全部自分たちでしないと行けない分、協力し合って感が強いのだ。
屋台で仕入れてきた透明のパックを開くと、維花が指を自分の口元に当ててアピールしてくる。
「熱さでやけどしないようにね」
パックを持ち上げながら、たこ焼きを一つ爪楊枝で突いて維花の口に放り込む。
「そんなに熱くないよ」
維花はそう言うものの、手で口元を押さえているそぶりは見せたので強がりかもしれない。
「もう一つ食べる?」
「立夏が先に食べて」
維花は別のパックを開け始めて、それぞれ分け合いながら、花火の開始を待った。
「こんなに近くで見るの初めてかも」
「花火は遠くから見るのも綺麗だけど、近いと迫力が違うよ」
そんなことを言っている内にアナウンスが始まって、花火の開始を告げる。
花火が上がり始めると会話する間もなく、空を見上げることだけに集中した。
花火の鮮明さと、花火玉の弾ける音と流れる音。花火が消えてしまうと、夜空に次はどんな形の花火が上がるのだろうかと期待を持つ。
スマホを抱えている人もいるけど、撮ることに夢中で見るのがおざなりになる気がして立夏は止めておいた。
薄闇だった夜空が、徐々に色を濃くして、夜の世界になる。
フィナーレを飾る花火がその空を埋め尽くして、やがて夜空に静寂が戻る。
時間にして1時間くらいだろう。
「終わったね」
立夏と同じように無言で空を見続けていた維花が口を開く。
「うん」
「どうだった?」
「まだ花火の音が残ってる感じがする。もう終わっちゃったんだ、もっと見たいなって贅沢かな」
「そんなものじゃない? 一瞬で終わるからこそ、花火は人を魅了するのかなって思ってる」
「キャンプに行って、夜空の星を見るのも綺麗だなって思うけど、花火はそれとは違う華やかさがあるよね」
「そうだね。また来ようか?」
「うん」
花火の後、河原から抜けるのには時間が掛かったものの何とか駐車場まで戻って、維花の運転で家に帰りつく。
「疲れた。早くシャワー浴びたい」
玄関からバスルームに直行しようとする立夏を維花の手が止める。
「維花が先に入る?」
「そうじゃなくて、ずっと我慢してたんだから、もういいでしょう?」
そう言われて何のことだろうと思っている内に、維花に抱き締められてキスが重なる。
「せっかく立夏が浴衣を着てるんだから、もっと堪能させて」
「汗いっぱいかいたから……いや、かな……」
維花が何を求めているかを悟って逃げようとするが、それを許してはもらえずにベッドに行こうと誘われる。
「明日にしない?」
立夏は花火を見て満足だったが、維花はそうではないらしい。
せっかく恋人と花火大会に行くのだから、浴衣を着たいとしか立夏は思っていなかったが、維花には効果がありすぎたということだろう。
「立夏がわたしをその気にさせちゃったから、だめ」
どうやら引き下がる気はないらしく、立夏の夜はまだまだ終わりそうになかった。
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以前書いてあったものですが、公開するタイミングを失していたので、そろそろ花火大会が多いシーズンだな、と公開しました。
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