飲み会の後

飲み会の後

※この話は時系列的には「思いがけず隣の美人のお姉さんと仲良くなりました」の54話〜60話あたりの話になります(この話だけで独立しています)



「お帰りなさい」


リビングに現れた存在に立夏りっかは声を掛ける。


無言のまま立夏に近づいた存在は、ソファーに座る立夏を背後から抱き締めて首筋に顔を埋める。


「お疲れさま」


立夏がくっついてきた存在に首を向けると、唇を塞がれる。


アルコールの匂いがするのは、飲み会の後だからだ。


「慰めた方がいい?」


素直に頷いた存在をソファの隣に招くと、すぐに立夏に抱きついてくる。


維花ゆいかがこんな風に甘えてくるのは時々あって、決まって上の人たちとの飲み会の後だった。


「今日は何を言われたの?」


部門のマネージメント層が集まる月例会議には、PM(プロジェクトマネージャ)である維花も招集が掛かっていた。いつもは同じプロジェクトなので2人で行動することがほとんどだが、この時だけは別行動になる。


会議の後の飲み会で、いつまでも独身であることをいじられたり、ずっと立夏と一緒のプロジェクトなので、そろそろ手放せと言われたり、毎回些細なことで維花は拗ねて帰ってくる。


「来年度、サブリーダやれって」


それがグループのサブリーダを指していることは、立夏にもすぐに想像がついた。PMとしての経験を十分積んだからこそ、そろそろ組織として役職者を目指せというのは、会社としては当然のことだ。


維花は組織運営側に回る気はないと拒否し続けてきたが、ついに命令になってしまったのだろう。


「それで拗ねてるんだ」


「そういうの興味ないから。立夏と一緒にプロジェクトやっていれば、わたしはそれでいいの」


それは立夏も同じだった。それと同時に、上は維花を放っておかないだろうというのも分かっている。


ぎゅっと立夏の体を抱き締めてきた維花を、立夏も抱き締め返す。


「知ってる。でも、サブリーダならまだPMと兼務でやれるんじゃないの?」


「そうだけど、手を抜かずに立夏をPMに育てろって」


「私はまだいいんじゃないかな」


維花がPM、立夏がPL(プロジェクトリーダ)というのがここ最近のプロジェクトでのパターンだった。


立夏はまだまだ維花のようにはいかないと自分では思っているものの、上の思惑は違うのだろう。


「うちのグループは中堅層が手薄だから、PMPL層を厚くして行きたいって。立夏はPLとして育てるなら誰がいい?」


「維花の話だったんじゃないの?」


維花の愚痴を聞いていたはずなのに、どうして話題が自分に移るのだと維花を見つめ返す。


「わたしが上に引っ張られるなら、立夏も一緒に引っ張られるのは当然でしょう? 直接育てるなら誰がいい?」


「私より下の層だと……都築つづきさんかな」


一緒に仕事をした20代の若手を何人か浮かべて、自分が育てるなら、と直近で関わっている後輩女性の名を出す。


「立夏、都築さんを気に入ってるよね」


仕事とは関係のない部分で、立夏は少し前に彼女の心配をよくしていた。それに維花も巻き込んだので維花も事情を知っていたが、声のトーンが落ちたことに気づく。


「拗ねないの。そういうんじゃないの。ただ、都築さんを見てると、私も同じだったなって思い出しちゃうんだよね。都築さんみたいなタイプって、自分の仕事はきっちりしようとするんだけど、それを広げることには積極的じゃないんだよね。だから、きっかけを与えてあげたいなって思ってるの。維花が私を引っ張ってくれたようにね」


立夏は維花と付き合うようになったことがきっかけとはいえ、仕事の上で維花は立夏を後輩として育ててくれた。恋愛感情ではなく、そういう意味で自分も後輩を育てて行きたいという思いは立夏にある。


「内向的な性格だと、そうなっちゃうよね。そう思うと、立夏って性格変わった??」


「可愛げはなくなりましたよ」


「そんなこと言ってないでしょ。可愛げはこれ以上ないってくらいにあるから。わたしのだから誰にも見せなくていいけど」


「私がいいって言うのなんか維花だけでしょ」


「本気で言ってる?」


「なんで??」


立夏の問い返しに維花は口を紡ぐ。


「立夏は今の立夏でいいから、気にしないで」


維花がその手の輩を牽制しまくって、実際に立夏に告白する存在なんか出て来ていない、ということを立夏は知らない。


「じゃあ、都築さんを育成対象にして、状況に応じてプロジェクトの体制を考えようか」


強引に維花は話を戻して、立夏もそれには頷いた。


「でも、ずっと維花と一緒のプロジェクトで仕事をするのは無理だって分かっていたけど、もうしばらくは一緒に仕事したいな」


「立夏〜 それ以上上の役職は頑張って拒否するから、わたしも離れたくないよ」


「維花に上の仕事もして欲しいけど、離れたくもないんだよね。矛盾してるよね」


「わたしは立夏以上に大事なものなんかないよ?」


維花の額が立夏のそれに当てられ、そのまま唇にも吸い付いてくる。維花が軽く吸い付くと、次は立夏が吸い付くを繰り返して、徐々に本気度が増して行く。


「私って、強欲だなって、時々思うんだよね」


立夏の服を脱がせに掛かった維花を止めることもなく、その様を見守りながら立夏は呟く。


「そう? わたしの方がいつも求めてること多いでしょ」


「維花のは甘えたいだけでしょ。同じ職場で働いていても、都築さんは恋人と一緒じゃないと嫌だなんて言わないのに、私はそう思ってるから」


「立夏、可愛い。立夏のそういうところ大好き。わたしも同じ気持ちだから大丈夫。それに、都築さんは部門も仕事内容も違うって分かってるから望まない的なところもあるんじゃない?」


「それはあるかもしれないけど、先輩なのに全然節度がないなぁって」


「わたしは今の立夏でいいよ。むしろわたしにずっとくっついていて欲しいから」


「じゃあ、私の傍にいて」


「立夏飲んでる? なんで、今日はこんなに素直なの」


「飲んでません。維花のせいでしょ」


拗ねた声を出す立夏を維花は抱き締めて、その肌に吸い付く。


「ベッド行かないの?」


「立夏が可愛すぎるから、離せるわけないじゃない」


その言葉に、立夏もしょうがないか、と拒否を出すことはなかった。


触れ合いたい、その思いは立夏も同じなのだ。

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