フットサル 後編

3ゲーム目は立夏も再びゲームに参加し、その様を相変わらず維花は目で追っていた。維花であることに気づいた休憩中の一人に声を掛けられ、少しフットサルのことを話す。


立夏にちょっかいを出す存在がいないかどうかをチェックするために同行したが裏の維花の目的で、フットサルは正直どうでも良かったが、コートを走り回る立夏が見られたのは眼福だった。


「叶野さん、国仲と仕事以外でも仲いいんですね」


声を掛けて来たのは立夏よりも年上の男性社員で、維花の知る限り結婚をしているという情報はない。


「時々遊びに行ったりしているくらいだけど」


「その……国仲って彼氏がいるかどうかってご存知ですか?」


こういう輩がいると思っていたと維花は今日ついてきて間違いはなかったと確信する。


「そこまで詳しく聞いてないけど、恋人がいるとは聞いているわ」


「……そうですよね。最近特に可愛くなった気がしてたんですよね」


つまりそれは維花とつきあい出してからの期間になるだろう。人目にも違いが出てしまうほど立夏の魅力が増したことに嬉しさはあるものの、気づいて欲しくなかった思いもある。


「順調そうだから、山木くんが入り込む隙はなさそうよ」


後輩だとしても不穏分子は早めに潰しておくに限ると、維花は決定打を突きつけておく。ただでさえ男性が多い職場で、明るくて人当たりの良い立夏は目をつけられやすく、油断はできないのだ。





その日は昼過ぎまで数ゲームをして、その後集まったメンバーで近くのファミレスで軽く打ち上げをしてから、夕方前には帰路についていた。


家に帰るなり汗を掻いたからと立夏はまずシャワーを浴びに向かう。その後は気怠さを感じながら二人でリビングのソファーで並んで寛いでいると、立夏のスマホに連続で通知が届く。


スマホを取りメッセージを読み上げた立夏は、


「維花、私に彼氏がいるってフットサルのLINEグループで盛り上がってるんだけど、何か言ったでしょう?」


立夏に心当たりがなければ、それは一緒に行った維花に起因しているとしか思えない。


「立夏につき合っている相手がいるか聞かれたから恋人がいるとは答えておいたよ? 間違ってないでしょ? 恋人じゃなくてパートナーって言った方が良かった?」


「そうだけど、それは言っちゃだめ」


同じ職場で更に直属ということもあり、女性同士ということを除いても二人の関係はなかなか公表し辛いものだった。だからこそ、職場では隠そうということで二人の間では話がついている。


「でもフリーって思われているのはわたしが嫌だから」


維花の独占欲だと言われてしまい、立夏としても悪い気はしない。じゃあ、いいですと無言を貫こうとスマホのオフスイッチを押す。


「私のこと言ったんだから、維花も恋人いるって言って」


「わたしはもう結婚なんてしないんだろうなって思われてる年齢だよ?」


三十代後半に入ると、結婚しないのだろうと回りからもそういう視線を向けられることが多くなる。今の維花の立ち位置を考えても、最早独身男性の恋愛対象に入るなどとは維花は1ミリも考えていなかった。


「でも、いつ何があるかわからないし」


「聞かれたら奥さんいるからって答えようか?」


答えて欲しいけど駄目ですと、立夏は身を起こし隣に座る維花に上半身だけ抱きついていく。維花も立夏の腰に両手を回すと、それを受け止めて自らに引き寄せる。


「可愛くって、積極的で、何でもしてくれるいい奥さんだってすごく自慢したいんだけど、わたし」


自然と顔と顔の距離が近づき、立夏のおでこに維花は自らの唇をつけながら甘えた声を出す。


「そういうのは藍理さんだけにしておいてください」


「だって、藍理に言っても、なつきの方がって言い争いにしかならないから」


この同期は二人で何を言い争っているんだと、立夏は思わず頬を染めてしまう。


「首の見えるところにキスマーク残せば、諦めて貰えるかとか、そういうこと考えてるんだよ?」


「それは勘弁して欲しいな。見えないところならいいけど」


「じゃあ見えないところにいっぱいつける。一番効果があるのはここになんだけどね」


そう言って維花は立夏の左手を持ち上げると、薬指の根元に唇をつける。


「…………結婚してなくてもつけてる人もいるから、適当な指輪しておこうか? ペアリングだって言えば追求されないと思うし」


「それ適当なやつじゃ駄目でしょ? つけるならちゃんとペアリング買おう? わたしは休みの日だけつけるならバレないし」


「それなら……でも高いのじゃなくて、ほんとにプレゼントレベルで贈り合えるやつでいいよ」


念のためと立夏から釘刺しが入るが維花は不服げだった。


「維花の気持ちは嬉しいけど、目的が違うでしょう?」


「わかりました。本気のはちょっと保留で、明日ペアリング見に行こうか」


「思い立ったらすぐなんだから」


笑いながらも立夏は近づいた維花の唇を受け入れていた。


パートナーがいるということをアピールしたいという思いは維花にも立夏にもあるのだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る