channelシリーズ 番外編

海里

フットサル(releaseの後日譚)

フットサル 前編

金曜日の夜、同棲中の恋人である叶野かのう維花ゆいかはリーダー会議で帰りが遅く、多分そのまま飲みになると言われていたため、立夏りっかは一人で夕食を済ませる。片付けまで終えたところで丁度スマホに着信があった。


それはLINEの通知で、維花からでないことはそれだけでわかったが、アプリを立ち上げてメッセージを読む。


維花とは一緒に住んでいて、仕事場でもほぼ毎日顔を合わせているのに、それでも密にメッセージをやりとりしてしまう。ほんの一言二言だがそれだけで幸せだった。


開いたメッセージの送り主は会社の同僚からのものだった。用件は、明日会社の有志で催すフットサルの参加メンバーが少ないため、来ないかというお誘いだった。


以前はフットサルには時々参加していたが、維花とつき合ってからは二人でのデートをついつい優先させてしまい、立夏はかなりご無沙汰だった。幸い明日は維花との約束はなく、今日飲んで帰ってくるのならゆっくりしたいだろうと、立夏は参加の返事をしていた。





「まだ早いんじゃないの?」


ベッドから起き上がった立夏に、起きないだろうと思っていた隣で眠る存在からの声が届く。


「ごめん、起こした? 昨日の夜に、会社のフットサルチームの練習に参加することになったから行ってくるね。帰ってくるのは早くても3時過ぎると思うし、維花はゆっくり寝てていいよ」


ほぼ目が開いていない状態だったにも関わらず立夏の発言に維花は一気に起き上がり、ベッドの上で聞いてないと抗議を出す。


「だから昨日の夜、急に決まったから。維花飲み会だったし、まだ眠いでしょ。寝てていいよ」


「わたしを置いて行くの?」


大げさなと思うが、家では維花が甘えん坊なのはいつものことだった。


「疲れてるんじゃないの? まあ一緒に行っても文句は言われないだろうから、フットサルに興味があるなら一緒に行ってもいいよ?」


「じゃあ行く。立夏がフットサルしてるところ見たい」


「スポーツ系全然興味ないって言ってなかったっけ?」


「ないよ。フットサルもサッカーと何が違うかも良く分かってない。でも、立夏のことは何でも興味あるから大丈夫」


はいはいといつものことだと肩を竦めていると、維花に唇を奪われる。


「おはようのちゅー忘れるところだった。用意するから待ってて」


立夏が溜息交じりに頷くのを確認してから維花はベッドを降り、部屋を出て行った。おそらくシャワーを浴びに行ったのだろう。


立夏が出かける準備をしている内に維花も用意ができ、二人で手を繋いで駅までの道のりを歩く。


今日の維花は淡い色の綿のパンツに、大きめの白と濃いグリーンのTシャツを重ね着し、サングラスを載せている。じっくり見ると骨格の細さはわかるのだが、ぱっと見は全く女性に見えず、立夏も手を繋いで歩くことが気にならなくなっていた。


改札を入り、乗客がまばらな電車に乗り込んだところで、フットサルのLINEグループに、付き添いが一人一緒に行くと連絡を入れておく。


「いつも何人くらいでやってるの?」


「その時に依るけど15人前後かな。今日は人が足りないって言ってたから10人いるかいないかくらいなのかも。10人いないとゲームできないから」


「そうなんだ」


「今まで誘われたことない?」


「ないなぁ。藍理あいりがそういうの真っ先に断るタイプだったから」


「確かに藍理さんは絶対参加しそうにない」


大抵こういうものは新人の時に先輩か同期に声を掛けられるかで決まる。立夏は同じ部門の同期が男性ばかりだったため、誘われて行くようになったのだ。


だが、維花の同期である三坂みつさか藍理は女性にしか興味がないと公言する人物で、大多数が男性で構成されているフットサルに好き好んで寄って行くわけがなかった。





目的の駅で電車を降りて数分の場所に、指定されたフットサルコートはあった。


集まったメンバーからウォーミングを始めていて、立夏もそれに加わる。維花は見ているだけでいいからと、近くのベンチに座り、早くも見学を決め込んでいる。


そのまま参加メンバーが10人を超えたところでゲームが始まり、1ゲームめが終了し休憩に入ったタイミングで立夏は維花の元に戻っていた。


維花の隣に座ると、スポーツドリンクを買ってくれていて、それを遠慮なく口に含む。


「結構走り回ってたね」


「久々だったから明日筋肉痛になりそう」


「じゃあ今日はお風呂でマッサージしてあげる」


「それ、お風呂じゃなくてもできることだよね?」


「お風呂だから効果があるんじゃないかな」


下心が見え見えの人の太ももを立夏は掌でぺしっと叩く。


国仲くになかさん」


背後から立夏を探る声に視線を向けると、今年社会人二年目になる後輩女子の姿があった。フォロー担当というわけではなかったが立夏は社内にいることも多く、質問を受けることも間々あったため顔と名前は一致している。


羽積うつみさん。羽積さんも来ていたんだ。よく参加しているの?」


一年以上立夏は全くフットサルに参加しなかったこともあり、羽積がフットサルに参加していたことは今知ったことだった。格好もそれなりに動けるものを着ているところを見ると何度か参加しているのだろうとは分かる。


「はい。あの……隣の方、国仲さんの彼氏さんですか?」


それはもちろん維花のことを指しているだろう。メンバーが揃った所ですぐにゲームを始めてしまったこともあり、普段参加していない唯花が関係者であることに今まで気づかなかったのもおかしくはない。


隣を見るとにやにやしている維花があり、どうやら自分で口を開く気がないらしいとわかる。とはいえ、会社の人間にまで嘘を貫き通せる自信はない。


「この人叶野さんだよ? 普段着が男っぽいから男性に見えたのかもしれないけど」


さすがにいつものように名を呼ぶわけにはいかないと、会社モードに切り替えて維花を呼ぶ。


「えっ……?」


「お疲れ様です、羽積さん」


そこでようやく維花がサングラスを外して口を開き、その声に流石に羽積も気づいたようだった。


「休出すると叶野さんこんな格好で来てるから知ってる人は知ってるけど、羽積さん初めて見たんだ」


「はい。いつもスーツだったので、びっくりしました」


「休日くらいは楽な格好したいから」


「だ、そうです。メンズが似合っちゃうしな~ 叶野さん」


軽い口調で濁しておいたが、羽積の目にはハートマークが浮かんでいるように見えなくもない。


「叶野さんもフットサルされるんですか?」


「わたしは一回もしたことなくて、今日は立夏が行くって言うから、ちょっとついてきただけなんだ」


「えっと……たまたま昨日の夜、叶野さんと話をしていてね。明日会社のフットサルに行くって言ったら、見てみたいって言ったから誘ったんだ」


立夏と呼ばれたことはさらっと流して、羽積にむけて辻褄が合うように説明を追加する。間違っても、今朝ベッドの中でなどとは立夏は言えない。


「叶野さんと国仲さんって仲いいんですね」


「叶野さん、私が新人の頃のフォロー担当だったから。今もたまに二人で遊びに行ったりすることあるんだ」


「そうだったんですね。国仲さんの彼氏に見えました」


「じゃあそういうことにしておこうか?」


「叶野さん、間に受けないでくださいよ」


事実だとしても、流石に会社の関係者にそれは伝えられないことだった。それなのに悪ノリする維花に後で文句を言おうと心の裡でメモを取る。


「立夏、顔赤いよ? つきあう?」


「何言ってるんですか!! 羽積さんごめんね、仕事の時以外の叶野さん、結構緩いから」


「いえ、大丈夫です。ちょっと驚きましたけど……」


そこへ休憩終了の声が掛かり、羽積は2ゲーム目に参加するらしく、コートに戻って行った。


「もう、人前でああいうこと言わない」


「大丈夫大丈夫。単なる冗談にしか受け取られないから。でも、顔を真っ赤にする立夏にキスしたくて我慢できなくなりそうだった」


「我慢してください」


「だめ?」


「可愛く言っても駄目。家に帰ってから」


「はーい」

 

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