第38話 生徒会
そこには生徒会選挙を控える青橋星美が立っていた。
「青橋さん……」
「あなたが何をやったのかは聞きましたわ。そしてもうラグビーが出来ない体になってしまったことも。そしてその反省文は嘘であることも知っています」
「何を言い出すのです。この反省文が……嘘だ、なんて」
「ではその涙はなんですの?」
そう言われて、濡れている頬を触れる。赤頭は書き終えてからずっと涙を流していたのだ。
「こ、これは……」
「あなたは簡単に泣くような人ではない。それは反省の涙ではありません、自分を信じることが出来なった悔し涙です。二年生を助けようとしたあなたの正義を私は認めます。カツアゲから救おうとしたあなたの正義を私は認めます。他の喧嘩も、あなたなりの正義を持って行ったことだと私は認めていましてよ」
「そんなことを言ってよいのですか。それにいま俺と話していることが他の生徒に見つかれば、選挙に影響が出る……だから――」
「正義を笑う票は要りません」
青橋の瞳は屈託がなく、真っすぐとしていた。
「正しいものは正しい。あなたのやった行いは正しかった。その結果がどうであれ、正義が間違っているなどとは言わせない――」
そう言うと、大股で赤頭に近づいた。すると持っていた反省文を取り上げて、びりびりに破り捨てるのだった。
塵紙と化した反省文を投げ捨て、その紙吹雪の中で仁王立ちし、赤頭に手を差し伸べた。
「私が生徒会長になった暁にはあなたを副会長に推薦します。私はあなたの正義が必要です。だからあなたは自分が思う正義を貫きなさい」
「頼られる」それは初めての経験だった。「期待」をされることはいくらでもあった。「あいつならやってくれる」「あいつが決めてくれる」だが「あなたが必要です」と言われたのは生まれてこの方一度も無かった。
赤頭はその差し伸べられて手を、この泥沼に垂らされた一筋の糸を、心の赴くままに握り締めるのだった。
そして青橋は宣言通り、驚異の得票数で生徒会長に就任した。
まさにそれは正義の勝利だった。赤頭の行いを偽善と言った者も、ラグビー人生を終わらせた二年生も、嫉妬に狂った三年生も皆、青橋に投票したのだ。
赤頭はその陰りのない背中に憧れた。気品を持ち、正義感に溢れ、堂々たる姿で凛と振舞う青橋の後姿に惚れたのである。
あのとき会長が反省文の提出止めなければ、一生に自分を否定して生きることになっていた。
正義などはいらないのだと、本気で思い、今頃ゲームセンターでたむろして煙草でも吸いながらカツアゲをする側になっていただろう。
問答無用で開かれる悪の道に転がり落ちていっただろう。だがいまこうして、生徒会の副会長を務めている自分がいる。会長の隣に立てる自分がいる。
その恩義を裏切った。あの廃れた自分から、何も知らなかった自分から、変わったのだと勘違いしていたのだ。
すると青橋はしゃがみ込み、うなだれる赤頭と視線を合わせた。
「あなたが変わる必要なんてありませんことよ」
赤頭ははっと顔を上げる。
「私があの職員室の前で言ったことを覚えていますか」
「自分の正義を貫けと……」
「今回ばかりはその正義が少し間違っていただけです。人は一人では無力です。あなたの正義が暴走しないように私がいて、私の正義が暴走しないようにあなたのいるですよ、赤頭」
「会長……」
「こんな場所にいては他の生徒に迷惑ですわ」
会長が手を差し伸べたのはこれが二回目である。そして赤頭が人生で涙を流したのもこれが二回目だった。
自分のミスを埋めるために、さらなる過ちを犯してしまった。赤頭は立ち上がり、深々と頭を下げるのである。
「会長、申し訳ございませんでした。俺を、この俺を生徒会の副会長にして下さい」
「よろしいですわ」
赤頭はもう一度、生徒会に就任した。生徒会室の扉に手をかけた赤頭はふっと息を吐いた。もう決して逃げない、そう心に誓うと、堂々と扉を開け放った。
「副会長、待っていましたよ」
青橋が赤頭を連れ戻すことを信じて待っていた生徒会役員が全員のその復帰に歓迎し、出迎えてくれたのだ。
「すまなかった。みんな本当にすまなかった……」
赤頭は何度も謝った。だがその表情は緩んでいて、実に幸せそうだった。自分の居場所はここにしかない。ここで正義を貫くのだ。
振り向くと会長が笑っている。
「さぁ溜まっている業務を再開させますわよ」
手を叩き、皆が指定に席に着く。副会長の席は懐かしかった。じっと見つめて、小さく微笑んだ。一か月以上も離れていたのに、机の上にはホコリ一つない。
帰ってくることを信じていた皆が、いつでも帰ってこられるように掃除を欠かさなかったのだ。
副会長の席に着いた赤頭は会長のほうに目を向け、さわやかな声で言った。
「会長、今月の生徒会が管理する部費はどのくらいですか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます